血染めの人形劇
3年前
「ミーナ、何か面白いことないんですの?」
「いきなりそんなこと言われても何も出来ませんよ、景那」
昼休み、何気無い日常を来星最強と謳われた少女たちは屋上で過ごしていた。
「あーあ、彼はまだ来ないですし、あの子も校外で留学説明会があるとかで登校自体が遅れると言っていましたし…何よりも今年に入ってからというもの、挑戦者もめっきり減りましたわね…」
景那はあまりに退屈になってしまった近頃を嘆きながら口を尖らせて愚痴を垂れる。
「そういえば、景那は聞きましたか?」
「聞いた…って何のことですの?」
突然思い出したように話題を変えたミーナに景那は興味をそそられた様子で首を傾げながら答える。
「今年、Aクラスにとんでもない怪物が入学したって専らの噂なんですよ」
「………ようやく退屈に終止符が…面白いことを聞きましたわ。早くワタクシたちの所に現れないかしら…」
景那は忘れかけていた刺激に恍惚の表情を浮かべ、未だ見ぬその一年生に想いを馳せる。
「ですが、まだ一年生ですから幾ら何でも、新学期が始まってから一月も経っていない内に我々に会いに来る可能性はその人物が余程の自惚れ屋でも無いかぎり有り得ないと思いますよ?」
ミーナは完全に一人の世界にトリップした様子の景那を苦笑しながら見やり聞こえてるかどうかも分からないがとりあえず、件の人物が現れる可能性が低いことを言ってみる。
その時、屋上への扉が開かれ、二人はそちらの方へ注目する。
「遅かったですわね、早く昼食にしま…」
景那はそこまで言うと、屋上に上がってきた人物が自分の見知った人間の気配ではない事に気付く。
「何方でしょうか?」
ミーナは扉の向こうにいる人物に警戒しながら声を掛ける。
「やっぱり、ここにいると思いましたよ」
そう言って屋上に現れたのは彼女たちの見知らぬ少女、彼女は周りを見回しながら口を開いた。
「けど、2人だけ…ですか…待ち伏せとかいうわけでもなさそうだし。初めまして、みーな・はるべると さん、ゆうき かげやす さん」
少し舌足らずな喋りをする少女の得体の知れない雰囲気に二人は警戒しつつも問い掛ける。
「貴方は誰なんですの?」
「自己紹介が遅れて申し訳ねーです。アタシ、一年のつづり あかつきというんすが、早速戦ってくれませんかね?」
暁月はそう言うと、不敵な笑みで二人を見つめた。
「ミーナ、彼女ってまさか…」
「そのようですね…Aクラスに入った怪物…名前は聞いていましたが、貴方がそうでしたか」
「流石、R4。既に耳に届いていらっしゃる様で。なーんかそんな不名誉な呼び名が付いてるみてーだけど…。ま、実際アタシはそんなの全然気にしないけどな」
早く戦いたくてウズウズしているのか、すっかり敬語が無くなった口調で暁月がケタケタと笑う。
「まさか、こんなにも早くチャンスが来るだなんて思ってもいませんでしたわ」
暁月の不敬な態度に少し表情を引きつらせた景那が彼女を睨みながら言う。
「とはいえ、相手の実力や能力が未知数な以上、迂闊に手を出すのは不味いでしょう。まずは私が様子を見ます」
そう言ってミーナは景那より一歩前に出ると、構えの体勢を取る。
「むぅ…先を越されるのは癪ですが、ミーナの言葉にも一理ありますわね。でも、だからと言ってR4に負けは許されませんわよミーナ」
先陣を切ったミーナに不満の表情を浮かべた景那だったが、仕方なく彼女に譲った。
「ですが、負けないように戦ったら、景那が戦えなくなってしまいますよ?」
「はっ…言われてみれば…ぐぬぬ、ミーナ負けなさい!今回だけはワタクシが許しますわ!」
「負けるなと、言ったと思えば、今度は負けろですか…相変わらず景那は無茶振りしてくれますね」
ミーナは、景那のメチャメチャな発言に苦笑しつつ暁月に名乗る。
「私は、ミーナ・ハルベルト。R4のメンバーにして、闇夜之静寂の二つ名を持つもの。いざ尋常に勝負です!」
「えーと…アタシは綴 暁月。入学したての一年生…二つ名はその内付くと思う。尋常に勝負だ」
得体の知れない少女、暁月と、R4の一角、ミーナの戦いはこうして幕を開けた。
しかし、ミーナたちは気付くべきだったのだ。
いつの間にか、この得体の知れない少女のペースに乗せられていたという事に…。
「ぐっ…こちらの攻撃は全て効いているはず…なのに何故…」
数分後、膝をついていたのはミーナだった。
彼女は口元の血を拭うと、ボロボロになりながらも一向に倒れる気配の無い暁月を見上げる。
「来星最強のR4も、所詮この程度だってのか?とんだ期待外れだぜ…過大評価し過ぎたな」
息切れすらしていない暁月は、既に満身創痍のミーナを見下ろし明らかに落胆した様子で服に付いた埃を払う。
「何がどうなってるんです?ミーナの"闇夜之静寂"を一身に受けて気絶どころか膝もつかないなんて…これじゃ正真正銘の怪物じゃないですの…」
"闇夜之静寂"ミーナの持つその力は自身の気配の一切を遮断し目にも留まらぬ速さで相手の視界から消え失せ、死角から放つ一撃必殺に等しい奇襲攻撃。
しかし暁月はその攻撃を"避ける事なく全て受けて"おきながら一度たりともよろけなかったのだ。
異名に違わぬ怪物ぶりに流石の景那も立場の悪さを実感せずにはいられなくなっていた。
「くっ…ナメるな!」
再び立ち上がったミーナは姿を一瞬で消すと、次の瞬間には暁月の背後へと回り込み、上段蹴りを放つ。
「甘い!」
と、暁月はそれを知っていたかのように背後に向かって裏拳を放つのだが、その拳は何故か空を切り、暁月に僅かな隙が出来てしまう。
暁月のカウンターも折り込んで彼女の頭上から二度目の奇襲を掛けるミーナ、それによって生まれた僅かな隙はミーナが暁月の脳天に全力の一撃を叩き込むには充分すぎる時間。
ミーナが天高く振り上げた踵はガコッ!という鈍い音を立てて寸分の狂いもなく暁月の頭にヒットし、勢い良く地面に顔面を叩きつける。
「はぁ…はぁ…」
暁月が起き上がる事なく死にかけの虫のように手足を痙攣させていることを確認すると、ミーナは止めていた息を吐き出して地面にへたり込む。
「ミーナ、大丈夫ですの⁉︎」
呆気に取られていた景那も慌ててミーナの元へ駆け寄る。
「えぇ…なんとか…かなり厳しい状況でしたが…」
「っていうかあれ…まさか死んじゃったりしてませんわよね…?」
「多分、大丈夫でしょう…こちらも負けないように必死でしたので…保証はしかねますが…あれだけの攻撃を受けても倒れもしなかったタフさなら問題無いはずです…」
「それはやり過ぎじゃ…ッ⁉︎」
景那はピクリとも動かない暁月を気にしながらミーナに尋ねる。
ミーナの言葉に慌てる景那だったが、視界の端に映ったモノに言葉を詰まらせる。
ミーナも、景那の様子に気付き、振り向くと、先程まで起き上がる気配もなかったはずの暁月が何事も無かったかの様に立ち上がっていたのだ。
「フフフッ…どうしたの?まさか、あの程度の攻撃で終わったとでも思っていたのかしら?ざーんねん、"私は"まだ生きてるわよ?」
明らかに先程までの様子とは違う暁月にミーナは冷や汗を流し、景那は顔を青くしていた。
「景那、大丈夫ですか…?流石にここまでしぶといとは驚きですね…」
ミーナが心配そうに顔を覗き込んでくるが景那の意識は別の事で埋め尽くされていた。
彼女が表情を強張らせた理由はミーナの渾身の踵落としを受けてもなお立ち上がったことでも、そこから再び戦いを継続することでもなく、暁月が立ち上がる際に見せた、先程の彼女とは全く違う不気味な笑みを見てしまったからである。
「ミーナ…もう辞めるべきですわ…彼女には勝てない…彼女を気絶させて止めようとしている内は絶対に…」
「景那…それはとっくに気づいてます。ですが、敵前逃亡は私たちにとって負け以上に恥になる行為です…。ですから、最後まで戦わせてください」
景那はミーナに退くように言うが、彼女はそれを受け入れず、暁月と再び対峙すべく構えの体勢を取った。
「残念だけど貴方とのお遊びはもう終わりよ」
暁月はそう言って、靴を鳴らすと彼女の背後に魔法陣が浮かび上がり、そこから機関銃がミーナに銃口を向けて現れる。
「ミーナ!逃げっ…」
「真っ赤な血の花を咲かせなさい…」
景那の言葉も虚しく、次の瞬間には無数の銃声と共に、ミーナの体から夥しい量の血が噴き出す。
「がっ…⁉︎」
それから少し遅れて、自らの血の海に倒れ伏すミーナ。
「ミーナ!キッ…貴様ァァァッ!」
景那は怒りに任せ、暁月に飛びかかる。
「感情なんていう鎖に囚われ、怒りに燃える獣を御する事なんて…」
「ガハッ…」
「造作もないわ」
暁月は景那の肩を吹き飛ばした銃器をクルクルと回し、つまらなそうに景那とミーナを見る。
「くっ…貴方…一体…何者なんですの…」
肩の出血を必死に押さえながら立ち上がる景那に暁月は答える。
「私はただの新入生よ」
血の海に浸り、狂気じみた暁月の笑みと景那の制服が赤黒い血に染まっていくのを力無く見つめながらミーナの意識はブラックアウトした。
そして3年後の現在、ミーナは過去の出来事を思い返しなが深夜の街中を疾走していた。
「(景那が現れた…これまで一切音信不通だった彼女が今になってどうして…。いや、それより気になるのは、綴さんと戦ったということ…彼女を捕らえに来たような様子…だとしたら何の為に………)」
「こんな時間にそんなに急いで誰かお探しですのミーナ?」
疾走しながら思考に耽っていたミーナだったが、不意に聞こえた声に足を止めた。
忘れるはずも無い独特な口調のその声にミーナは無意識の内に構える。
「こうして面と向かって貴女に会うのは2年ぶりですか景那」
ミーナの脳内では絶え間なく本能が警鐘を鳴らしているが、彼女は至って冷静に声をかけてきた人物を睨み付ける。
「正確には2年と2ヶ月と3日…アナタに会えない間ワタクシ寂しかったですのよ?」
景那はニタリと笑って闇の中からミーナの前へと姿を現す。
「自ら卒業式の翌日以降彼と共に音信不通になった癖に…久しぶりに現れたと思えば突然入替戦に乱入…一体、何が目的なんです?」
海奈は景那に対して抱いていた一番の疑問をぶつける。
数年前から続く怨恨で入替戦に乱入などという真似をするとは昔の景那からは想像もつかなかったからだ。
「そんな、親の仇を見るような目で見ないで下さる?ワタクシと貴方の仲じゃないですの」
だが、景那はそれには答えずクスクスと笑いながら手を広げる。
「えぇ、もしアナタが別の場所に現れたなら私もこんな目でアナタを見ることは決して無かったでしょう」
「そんなこと言わないでくださいな、ワタクシ達はただ楽しいことを追い求めているだけですのよ」
「楽しいこと…それが綴さんを襲ったことと繋がるとは到底思えないのですが?」
「そんな事はどうでも良いじゃありませんの、それよりもわざわざ会いにきたのにはアナタに用事があるから、要するにお誘いに来たんですの」
「誘い?」
「ええ、ワタクシ達の仲間になりなさいミーナ」
「私がそんな誘いに乗るとでも?」
景那はミーナに手を差し伸べるが、彼女は景那の手を払い協力の意思は無い事を示す。
「アナタはこの誘いに首を縦に振ることしかできない。何故なら今のアナタには大切なお嬢様がいるんですもの…」
「⁉︎」
景那の口から出た言葉に動揺を露わにするミーナ。
「大切な大切なお嬢様がどうなっても構わないならどうぞ、先へお進みなさいな。でも、その間にワタクシはアナタの屋敷に行かせて頂きますわ」
「景那ッ…どこまで外道に堕ちるつもりですか…彼女は私たちの恩師…斎雅先生の娘ですよ!」
「……それの何が問題なんですの?無駄なしがらみは排除するのが当然ではなくて?」
ミーナは抑えきれなかったものを吐き出すように景那に詰め寄り胸ぐらを掴むが、彼女の返した反応に耳を疑い戦慄した。
-今彼女は何と言った?目的の為なら恩師の娘を手に掛けることさえ厭わないと?-
ミーナの思考回路がその結論に至るまでさほど時間は要さなかった。
「目標達成の為に最良の手段を選んでいるだけですわ。それに、ワタクシがあまり気の長い方では無いことはアナタもよく知っているでしょう?早く答えないと、今すぐにお嬢様の可愛い顔が真っ赤に染まりますわよ」
そう言って、景那は足元を指差す。
-今の彼女は狂っている…否、思い返せばあの日から既に彼女は狂っていたのかもしれない-
そうこうしている内にも刻々と時間は過ぎてゆく。
「貴方の好きな夜の闇。でも同様にワタクシにも夜の闇は味方してくれるんですのよ」
景那の卑劣な脅しに血が滲む程に拳を握り締めるミーナだったが、ふと力を緩めるとこう言った。
「分かりました、その代わりお嬢様には今後一切手を出さないと約束してください」
「聞き分けの良い子は好きですわ。勿論です、今のワタクシ達はアナタさえ手に入れば余計な殺しをする手間も省くことができますもの。ようこそミーナ、我らの咎人之園へ」
そうして景那とミーナは漆黒の夜の闇へと溶けるように消えて行く。
「…申し訳ありません…旦那様、お嬢様…」
ミーナの呟きの後にはヘッドドレスとメガネが残されていた。
お久しぶりです煉獄です。
これにてRANK.Dは一区切りとなります。
まさかの主人公の出番がほとんどないという暴挙になってしまいましたが、それに関しては申しわけありません。
次回の更新からは「居候は戦国武将」か「アウトルーラーズ」の更新になるかと思います。それらが一区切りついた際には再開したいと思います。
楽しみにしてくださっている方々には申しわけありませんが気長に待っていただけたら幸いです。




