暁之宴~あかつきのうたげ~
「さぁ、本日の大一番がやって参りました!大将戦、綴 暁月選手 対 桐生 景信選手!」
響の一声で両者が舞台に上がる。
「初めまして暁月さん。私、桐生 景信と申します」
「悪いがアタシに負ける奴の名前を覚える気はさらさらねーんでな。さっさと掛かって来いよ」
一礼する景信とそれを冷たくあしらう暁月、彼女の反応にも然程気にした様子のない景信は貼り付けたような笑みのままゆったりとした動作で構えた。
「でしたら、まずはお手並み拝見」
先手を打ったのは景信。
彼は軽くバックステップを踏むと、そのまま自身の影へと沈んでいった。
その姿を見た暁月はフムと息を漏らす。
「成る程、だから影潜か」
地上は危険と判断したのか暁月は常人を遥かに超える跳躍で景信の次の手を待ち構える。
「読みは悪くないですが、足りませんね」
しかし、景信はそんな暁月の行動を読んでいたのか天井に出来る影、つまり暁月の頭上から現れ彼女を急襲する。
「チィッ、ここまで移動できんのか!」
「地上にどうぞお帰りください」
ガコッという鈍い音を立てて景信の拳が暁月の右頬を打ち抜く。
予測を超えた攻撃に堪らず落下する暁月だが空中で器用に体を捻って着地の態勢をとる。
「グッ…」
「逃がしませんよ」
しかし天井のライトにぶら下がっていた景信は再び天井の影に潜ると、追撃すべく暁月の落下地点に出来た影に移動する。
「調子に乗るなッ!」
暁月も負けじと歪んだ影に向かって懐から取り出したナイフを投げるが、それも飲み込まれ手応えを感じることが出来ない。
「残念」
「また外した!?」
「忘れ物ですよ」
景信の声に、再びの頭上からの攻撃を警戒するが何も起こらない。
しかし、一瞬警戒を解いた瞬間を見計らうように、ギャラリーとフロアの壁の影からナイフが飛んできて、暁月の身体に突き刺さる。
「クソッ…⁉︎」
そのまま、受身を取れず床に叩きつけられる暁月。
「まだ本気じゃ無いとは言え、姉様をここまで翻弄する…桐生って男…一体何者なの…?」
凛音は姉が珍しく苦戦しているのを見て、驚愕の表情を浮かべる。
「うっ…ぐっ…」
床に叩きつけられた影響で軽度の呼吸困難に陥った暁月は必死にもがく。
「口程にもありませんねぇ。R4のリーダーともあろうものがこの程度だとは…少しガッカリです」
景信が再びフロアに現れ、暁月の太腿に刺さったナイフをゆっくりと抜くと、逆手に持ち直して落胆の表情を見せる。
「はっ…何…分かった…よな…口聞い…てんだ…ザコ」
暁月は苦しそうに声を絞り出すと、誰が聞いても負け惜しみにしか聞こえないセリフを吐き出す。
「ザコはどちらか、あの世でよく考えてきたら良いですよ」
そう言うと、景信は何の躊躇いもなく暁月の心臓にナイフを突き立てる。
その瞬間、会場が水を打ったように静まる。
「ほら、終わりましたよ。何をボーッとしてるんです?ゴングを鳴らして下さい」
自分の勝利が決まったにも関わらず、一向にゴングが鳴らない事に腹を立てた景信は実況を睨みながら、終了のゴングを促す。
「なーに勘違いしてるのよ。姉様は終わっちゃいないわ」
しかし凛音の言葉にハッとして景信が振り向くと、そこには確かに立ち上がっている暁月がいた。
「馬鹿な…確かに心臓にトドメを刺したはずなのにどうして…どんなトリックを使った!」
景信が狼狽えるのも無理は無い、ほんの十数秒前に心臓を一突きして自分が殺したはずの相手が何事もなかったように立ち上がったのである。
誰であろうと動揺は隠せないだろう。
「これで終わりだと思ったのなら残念でした…さぁ、愉しい愉しい殺戮の始まりね」
暁月がニタァと不気味に笑うと、今までの口調とは全く違う口調で喋り出す。
「こっからが姉貴の本気…本当の姉貴の姿だ」
暁月の放つ不気味な威圧感に離れている輝さえ緊張の面持ちに変わる。
「おっ…おい…アキラ大丈夫か?」
「どうしたの…?」
輝の様子の変化に、心配そうに輝の傍に寄る桔梗と彩葉。
「くっ…」
暁月に何かあると考えた景信はもう一度、影に潜る。
「どこから来ても無駄よ」
暁月のその言葉を聞いた瞬間、四方八方の影からナイフが飛び出し、容赦無く暁月の身体に突き刺さる。
「今度こそ…」
「フフ…フフフフ…無駄だと言ったでし、私にはこの程度の攻撃じゃ何も効かないわよ?」
再度影から出てきた景信に、突き刺さったナイフを抜きながらゆったりとした歩調で近づいていく暁月。
景信は異様な光景に一歩も動けず、彼女が歩み寄って来る様子を見ている事しか出来なくなった。
「ワタクシの二つ名の本当の由来、特別に貴方にだけ教えてあげるわ」
そして、二人の距離が零になり、暁月が耳打ちした途端、景信の顔から恐怖すら消えた。
「そんな人間がいてたまるか…」
「そんな人間がここにいるのよ…まぁ、人間と呼べるのかは分からないけど、良い勉強になったわね」
暁月が言い切った次の瞬間には、彼女の細腕がまるで紙を貫くように景信の腹に風穴を開けていた。




