入替戦開幕⑵
「おーっと、スモークを切り裂いて飛び込んできたのはやっぱり彼女!Aクラスの斬り込み隊長、先鋒 燃え盛るは紅蓮の焔、焦土の支配者、火柱 杏子だぁ!」
「R4だろうと何だろうとアタシの焔で黒焦げにしてやんよ!」
「「杏子ちゃーん頑張ってー!」」
響のアナウンスと共に会場へと真っ先に現れたのは、炎のような真紅の髪をツーテールに結んだ少女。
杏子は拳を突き上げて高らかに勝利宣言した。
彼女に続いて現れたのは高校生とは思えない巨漢、床を踏みしめる度に体育館内が僅かに振動する程の重量である。
「続きまして次鋒 動かざること山の如し、不動の巨山、大倉 岳!」
「…只目の前の障壁をこの双拳で撃ち破るのみ」
「「ブチかませー大倉ー!」」
大倉は静かに拳を打ち合わせて闘気を全身から立ち昇らせる。
歓声の響き渡る中、負けじと響も声を張り上げて選手紹介を続行しており、場内の盛り上がりは最高潮に向けて着々とそのボルテージを上げていた。
「中堅、彼女の暴走は止まらない!爆烈疾走の蒸気機関車、粉民 結!」
「押ッ忍!今日も頑張るッス!」
「「「むすびちゃーん!」」」
タタタッと特設ステージに上がってきたのは道着を纏った小柄な少女、ピョンピョンと彼女が跳ねる度に後ろで髪を束ねたポニーテールの茶色が跳ねる。
小動物のようなその愛くるしい姿のファンたちが歓声を上げていた。
「そして、大将、曲者揃いのAクラス選抜メンバーを纏める柱にして、影潜の異名を持つ男。桐生 景信だ!」
しかし、大将の名が呼ばれた瞬間から会場が徐々に静まり返っていく。
誰もが目を瞬かせリング中央に立つ黒いローブの人物を注視していた。
「誰…あれ?」
クラスメイトであるはずのAクラスの誰かがそんな言葉を零した瞬間、観客全員がざわつき始めヒソヒソと話し始めた。
「…知らぬのも無理はない」
大倉が口を開くとそれを聞いた杏子と結がその一言を肯定するように大きく二、三度頷く。
「だってアタイ達もあの人の存在を今日初めて聞いたんスよね」
「アイツに関して分からないことが多過ぎるのよね」
「こりゃ面白そうだな、Aクラスの正体不明のリーダーか。不気味だが、一体どんな戦い方をすんだろうな」
桔梗が観察した選手の特徴を記すためのメモに何か書き込みながら笑った。
そう、桔梗の言う通りあのローブを纏った人物はどこか不気味なのだ。
誰一人として桐生 景信という人物についての情報を持つ人間が居ないのである。
まるで幽霊のような得体の知れない「桐生 景信」という存在に、輝は薄ら寒いものを感じて背中がジットリと汗ばむ。
「さて、続きまして皆さんお待ちかね。」
響のその言葉を聞いた会場が水を打ったように静まり返る。
彼女の次の言葉を今か今かと待ち続ける者たちの熱気は静まり返っても尚止まることを知らない。
「R4の登場だぁ!」
待ってましたと言わんばかりの大歓声が湧き起こる。
「まずは、先鋒!氷魔術なら右に出る者はいない。絶対零度、衣堂 霧夜!」
「キャー!キリヤ様ー!」
霧夜に向けて黄色い声援が飛び交う。
流石は来星女子が選ぶ人気男子でNo.1を獲得するほどのイケメンである。
青みがかった白い髪に鼻筋の通った端正な顔立ち、寒気のするような鋭い眼差しが女子に人気らしい。
「次鋒、全ての攻撃を跳ね返す無敵の鎧。
風神の化身・三神 涼介!」
「涼くーん!」
「かわいいー!」
涼介も、霧夜同様に黄色い声援を受ける。
彼も霧夜についでの人気No.2で輝たちと同じ1年生ながらR4にスカウトされた逸材である。
幼さの抜け切らないあどけない顔立ちが人気の要因なのか声援を受けた涼が観衆に応えるように手を振ると「可愛い」という黄色い声援が更に増す。
「そして、R4のNo.2、来星男女の憧れの的、紅蓮の焔姫、双女帝が妹、凛音!」
「ウォー!」
「キャー!」
「「凛音様ー!」」
そして、ここに来て声援が爆発する。
紹介と共にステージ上に現れたのは黒い髪を靡かせた女性と呼ぶには少し幼さの残る雰囲気をした少女。
彼女は身の丈ほどもある杖を携え、黒曜石のような漆黒の瞳がこれから敵として自分の前に立ちはだかるAクラスの面々を真っ直ぐに捉えていた。
「そしてー!我らが来星学園生、約500名の頂点にして歴代最強とも名高い、双女帝が姉。暁月!」
響の紹介と共に会場のボルテージは最高潮となる。
しかし、一向にそれらしい人物は現れない。
怪訝に思った響が再度呼びかける。
「暁月さん…?あかつきさーん?」
二度の呼びかけにも応じることなく歓声がざわめきに変わら始めた頃、痺れを切らした量が凛音に尋ねる。
「凛音先輩…暁月先輩は…?」
「姉様ならば既にそこにいるわよ」
姉の不在に謝る様子も無くギャラリーの方を指差す凛音、その先には突然場内の視線が自分たちの方へ注がれたとあって動揺している輝たちがいた、そんな中で咀嚼音だけが嫌に大きく響く。
ハッとした輝が慌てて周りを見るが舞琴、彩葉、桔梗、姫華、昴、海奈、彼の仲間たちは誰一人として何かを食べている様子は無かった。
一通り周りを見回した輝は現在進行形で続いている咀嚼音が自分の足元から聞こえてくる事に気付いた。
「あむ…んん…この玉子焼き、ちょっと味付けしょっぱ過ぎねーか?」
足元に視線を向けた輝たちの視界に飛び込んできたのは何かを頬張りながら文句を垂れている小柄な少女だった。
少女の抱えているモノが何なのかを理解した姫華が「あっ」と声を上げる。
「ワタクシたちのお弁当!」
彼女が指差す先にあったのは、メイドたちに用意させた料理の数々がたくさん詰まっていたはずの漆塗り5段重ねの重箱、それが見事に空っぽになってしまっている悲惨な光景だった。
「なっアンタ、いつからそこに!」
少女の突然の出現に驚く輝をよそに、指を舐めながら立ち上がった彼女は目を細めて歯を見せながら笑う。
その姿は獲物を見つけた肉食獣さながらの臨戦状態。
刹那、彼女から溢れ出した殺気で輝だけでなく少女の周りにいた者たちが一斉に一歩後ろへ下がった。
ほんの一瞬だけだが彼女の存在が小柄な見た目とは真逆の巨大な禍々しい何かに見えたのだ。
「さーて、腹ごしらえも済んだことだし…よっと」
少女は伸びをすると床を蹴って軽々と観客の頭上を飛び越える。
2階のギャラリーから会場の中心に設けられたステージまでは短く見積もっても15m程、高さの事を考慮したとしても小柄な少女が跳べる距離でない事は一目瞭然だった。
にも関わらず音も無く降り立ち体操選手のように両腕を広げてポーズを取る。
「姉様、カラダの調子はいかがですか?」
「美味い飯で腹いっぱいだぜ。それにりんね、そんなの愚問だろ?」
「そうですね、失礼致しました」
「おおっと、どこから現れた!紅色の傀儡姫!」
再び会場が盛り上がる。
その小さな体格から放たれる圧倒的なまでの存在感を間近で感じた桔梗が生唾を飲み込むと、輝同様に彼女の登場に驚いていた舞琴が目を細める。
「アレが…」
「そう、アレがR4の頂点、紅色の傀儡姫こと、暁月」
「マイク貸しやがれ」
「あっ…ちょっ…」
暁月は実況席に座っていた響からマイクをもぎ取ると、輝達の方を指差して挑発的な言葉を投げかけた。
暁月の第一声を期待した観衆が一気に静まり返る。
「早くここまで来やがれ、お前は特別だ。いつでも相手してやんぜ、我が愛しの愚弟…あ・き・ら・君♪」
暁月のその表情と言葉に輝を含む会場の全員が戦慄した。




