ヤンキーとドジっ子⑶
翌日、学校にて。
「うー…何で今日に限ってアタシのが、学校に来るの早いの…いきなり出鼻挫かれたらチョーシ狂うじゃないのよ…」
普段通りであれば、桔梗の方が登校する時間が早い為、それを前提にした上で昨日の自らの言動に対する言い訳、もとい作戦を考えてきた彩葉だったが、そんな日に限って何故か彼より先に登校してしまったようで、彩葉が昨夜から先ほどまで目の下にクマができるほど必死に考えてきたセリフは全て空の彼方へ吹っ飛んでいた。
「あの馬鹿キキョー…こんな時に限って何てことしてくれてんのよ…」
そう言いながら頭を抱えて唸る彩葉であるが、一応寝る間も惜しんで彼女が計画してきた完璧計画は次のようなモノである。
朝、自分の隣である桔梗の座る席に真っ先に向かい、彼の目の前で机を叩きながらこう言うつもりであった。
「おはよーキキョー、昨日のは勘違いしないでよね。別にアンタのために言ったんじゃなくて、アタシのクラスメイトが暗い表情でいるのが嫌いなだけなんだから!」
これを開口一番で桔梗に向かって言い放つつもりだったらしい。
この完璧計画(笑)、どこからどう聞いても典型的なツンデレキャラのセリフにしか聞こえないのだが、昨夜から一睡もしていない彼女にはそれに気付く余裕など微塵も無かった。
更に桔梗が後から来たところで同じ事を言っても何も変わらない事にすら気付かないほどにフラフラの極限状態だった。
結局、疑問すら抱かずに新しいセリフをウンウン唸りながら考える彩葉だったが、教室のドアをガララッと開けて桔梗が入ってきた。
「彩葉、今日は早えのな、おはようさん」
そして、桔梗は自分より先に来ていた彩葉に対して、普通に挨拶してくるというこの時の彼女からすれば不測すぎる事態が発生した。
「招集!しょーしゅー!脳内会議開始!」
頭の中のちっちゃな彩葉が叫ぶとわらわらと様々なちっちゃな彩葉が脳内会議室に現れ討論を始めた。
「普通に挨拶してきましたよ!どういう事ですか!しかも何か昨日のことなんて無かったかのようにケロっとしてますよ!」
「キキョーからしたら最善の選択やったんやないの?意外と内心はメッチャ挙動不審だったりしてんやない?」
「そんな事はどーでもいいんだよ!今はこっちの対応を考えろ!」
「素直に挨拶を返すべきだと思う!」
「却下!そんなの更に言い訳するタイミングを逃すのが目に見えてるでしょ!」
「とりあえず、思いついたまま喋ってみる!」
「却下!今の状態で喋ったら頭がおかしい女だと思われる!そもそも、本来の目的を見失ってる!」
「ならばいっその事、デレてみるとかどうかの?」
「却下!誰得だよ!」
「それじゃ、どーすんだよ!」
やいのやいのと激論を交わす脳内だったが…なぜ、普通に挨拶してから言い訳するという選択は無いのか。
そして、この間、0.06秒。
会議の結論は…
「彩葉…昨日はサンキューな…」
すれ違いざまに掛けられた桔梗の言動によって再び空の彼方へ吹っ飛んだ。
「にゃにをっ…」
桔梗の不意打ちに思わず顔を真っ赤にしてしまった彩葉は結局、言い訳するタイミングを逃してしまい、乾いた笑いと共に机に突っ伏してしまうのだった。
「ちょっと、キキョ…」
「おーい桔梗、昼飯食おうぜー」
そんなこんなでズルズルと先延ばしになり、迎えた昼休み、午前中最後の授業も終わり、意を決した彩葉が桔梗に話しかけようとした瞬間、空気の読めない輝が先に桔梗に声を掛けてしまう。
そんな輝の鈍感さに彩葉は殺気の篭った視線を向ける。
「オッケー、食堂だろ?先に行っててくれ、次の授業の準備持って行くから」
「分かったー」
「チャンス…ねぇ、キキョー…」
「なぁ、桔梗。テルのヤツがどこ行ったか知ってるか?」
再び1人になった桔梗に話しかけるタイミングはここだと思った彩葉だったが、今度は舞琴が先に声を掛ける。
「ん?輝なら先に食堂行ったぞ?」
「まったく、テルのヤツまた購買かよ…しゃーない、作り過ぎたから俺の弁当分けてやるか」
「神楽、そんな事言って本当は輝の為に作ってきたんだろ?」
「なっ…ワケあるか!あっ…アイツは小さい時からの腐れ縁で…だから仕方なく…そう、幼馴染の情けってヤツ!」
輝の行き先に溜息をついた舞琴を見て、桔梗が茶化す。
そんな桔梗の言葉に図星だったのか、顔を真っ赤にして手を振る舞琴の様子を見ながら彩葉はハンカチを噛み千切りそうな力で引っ張る。
「何か寒気するんだけど…」
「大丈夫か?」
ブルっと身震いする舞琴に桔梗は心配そうに額をくっ付ける。
「「なぁっ⁉︎」」
違う理由で素っ頓狂な声をあげてしまう彩葉と舞琴。
しかし、そんな原因が自分とは知らない桔梗は別段気にした様子もなく笑いかける。
「別に熱は無いみたいだな」
「アホッ!恥ずかしいじゃねーかよ!」
「んぁ?あぁ、悪い」
桔梗の行動にようやく声を上げた舞琴の言葉で自分のしたことに気づく桔梗は苦笑を浮かべながら謝る。
「うぐぐぐぅ…」
そうこうしているうちに、舞琴と桔梗は食堂に行ってしまった。
結局、昼休みも機会を逃してしまった彩葉は半ばベソをかきながら午後の授業中、恨めしそうに桔梗を睨むのであった。
そんな視線を向けている彼女の隣に座る桔梗は不穏な気配に気が気でなかったのはまた別の話。
「結局、話しかけられなかったなぁ…」
とうとう放課後になってしまい、彩葉を除く選抜メンバーの皆は先に特別教室に向かってしまった。1人だけの教室で彼女は桔梗の席に腰掛け、すっかり意気消沈してしまっていた。
「もう…バカキキョー…」
「誰が馬鹿だって?」
今日何度目か分からぬため息と共に、これまた何度目か分からぬ桔梗への悪態をついた次の瞬間、聞き慣れた声で文句が飛んできた。
その声のする方へと彩葉が慌てて振り返ると、少しムスッとした表情の桔梗が教室後方の扉の前に立っていた。
「キッ…キキョー⁉︎わっ…キャッ‼︎」
「彩葉‼︎」
慌てた彩葉が立ち上がろうとした瞬間、前日の寝不足が祟ったのか、立ち上がるという何でもない動作で足が縺れてしまってバランスを崩し、立ったときに弾き飛ばした椅子に向かって一直線に倒れそうになる。
しかし、桔梗が間一髪で椅子と彼女の間に飛び込んで抱きしめる形で椅子に突っ込んで大きな音と共に倒れる。
「イタタ…って…キキョー、大丈夫⁉︎」
「痛ー…そりゃこっちのセリフだ…怪我したりしてないか?」
「このくらい平気よ…ってアンタ血が出てるじゃない!」
倒れた際に軽くぶつけて赤くなってしまった肘をさする彩葉だったが、心配して顔を覗き込んできた桔梗の頭から血が流れていることに気付き慌ててバッグからタオルを取り出し血を拭う。
「あー、さっきイスの角にぶつかったヤツか。こんなのただのかすり傷だし、何よりもお前のタオル汚れちまうだろ」
彩葉の慌てぶりに苦笑しながら血を拭う手を止めさせる桔梗だったが、彼女はその言葉に耳を貸さずに少し瞳を涙に潤ませながらバッグの中から小さめの救急箱を持ってきて手当てをする。
「バカ…バカキキョー…なんでアタシなんかのドジのせいで怪我してるのよ…」
「お前何言ってんだよ…仲間が危ない目に遭ってるのに助けないヤツがいるかよ…」
「だってアタシなんてドジばっかり踏むし、挙句にアンタまで巻き込んで…ゴメンねキキョー…アタシのせいで…」
そこまで言うと堪えきれなくなった涙が大粒の雫となり彼女の碧色の瞳から零れ落ちる。
そんな姿を見た桔梗は自然と彼女を優しく抱きしめていた。
「キ…キョー…?」
「本当にお前はアホだな…何のための仲間だよ…人間ってのは迷惑かけて成長することもできる生き物なんだ…絶対に誰にも迷惑かけずに生きてきた人間なんていやしない…迷惑かけて、学んで、同じ過ちを繰り返さないようにするのが人間だ…だからそんなに自分を責めるな」
「キ…キョ…うぁぁっ…」
彼の言葉は今の彩葉の心に響いたのか更に涙を零して桔梗の胸で泣き出してしまった。
そして、一頻り泣いて疲れたのか桔梗の胸で小さく寝息を立てていた。
「ったく…困ったもんだよお前には…目の下にこんなクマ作って…でもありがとうな…」
そう言って思い出すのは昨日、彩葉のかけてくれた言葉。
そして、恐らくあの様子から自分の言った言葉に動揺して寝れなくなってしまったのだろうと桔梗は勝手に解釈してしまい、彩葉がまったく別の理由で寝れなかった事など知る由もないのであった。
"もしダメだった時は、私が傍にいるから"
「俺だってお前が挫けそうなら隣にいてやるからな…」
桔梗は優しく彼女の金色の髪を梳くように撫でてやり、彼の言葉を聞いた彩葉の寝顔はどことなく幸せそうに見えたのだった。
そして後日、桔梗の特別教室への戻りが遅いことを心配し、教室にやって来た際にこの一部始終を目撃してしまった輝によってあらぬ噂が立てられ、2人が真っ赤な顔をしながらクラス中に弁解したのは、また別の話。
お久しぶりです。煉獄です。
大変長らくお待たせいたしました。
ようやく第一章に当たる登場人物たちの日常編が終わりました。
とは言ったものの、ここで紹介したのは姫華、桔梗、彩葉の3人のみでした。
一章であまり人物像の見えなかった3人でしたが、この一章で何となくどのようなキャラクターなのかご理解頂けたかと思います。
姫華も桔梗、彩葉のペアも私自身の趣味を思う存分詰め込んでいますのでなかなか存在感のあるキャラクターに仕上がったと思い満足しております。
さて、主人公であるはずの輝やヒロインであるはずの舞琴を全面に押し出した序章、入学編でしたが、今回はサブキャラに回った2人、ですが、お待たせしました。次回からようやく5人の入学から一ヶ月後、クラス入替戦編となる第二章へと突入します。
新しい登場人物や展開、その他もろもろ、どうぞご期待下さい!
ではまた次回の前書きでお会い出来ることを願っています。




