ヤンキーとドジっ子⑵
夜もすっかり更けた深夜、とあるコンビニの駐車場…
「なーんだ…私に喧嘩吹っかけてくる位の男だからどんなもんかと思ったら、全然大した事無いじゃない」
美しい漆黒の黒髪を結い上げ、それが淡い月明かりに照らされて煌めかせる少女。
彼女の名前は、彩葉 イーフェンベルク。
イギリス人の父と日本人の母を持つハーフである。
彼女は口に溜まった血を吐き出し、吸い込まれるような碧眼で、自分を囲むように倒れている男たちを見下ろす。
「弱過ぎ…アンタらみたいのが何人いてもアタシには勝てないわよ」
何故、彩葉がこんな目に遭ってしまったのかと言うと、時はほんの数分前に遡る…。
「アンタら邪魔よ」
凛とした声のその言葉にコンビニの前で屯っていた不良達は振り返り驚く。
何故ならその言葉を言い放ったのが自分たちと変わらない見た目の少女だったからである。
そんな少女の澄んだ碧色の瞳に睨まれて男たちは一瞬、時が止まったような錯覚に陥った。
「カノジョ、頭大丈夫か?男相手にそんな事言ってよぉ」
最初はキョトンとしていた不良たちだったが、挑発してきたのが彼女だと気付くと、途端に下衆な笑みを浮かべる。
「邪魔だって言ってんでしょ。退きなさいよ」
「へっ…ガッ⁉︎」
そう言って彩葉は目の前に腰を下ろしていた不良をドカッと前蹴りで蹴り倒す。
そして彼女にいきなり蹴り倒された不良は、バランスを崩して顔面から地面に突っ込んだためにそのまま意識を飛ばした。
「テメェ!」
「ヤりやがったな!」
「フザケやがって!」
仲間の一人が気絶したことに呆気に取られていた残りの三人は、ハッと我に返ると激怒しながら立ち上がった。
しかしそんな不良たちを前にしながら、彩葉は臆する事なく不良達の怒りの火に更に油を注ぐような言葉をぶつける。
「煩いわねぇ…来るなら来なさいよ…ザコ」
「この…女だからって調子ノリやがって!」
神経を逆撫でられ、激昂した男たちはあっという間に彩葉を取り囲む。
そして、彼女の辛辣な言葉に我慢の限界を迎えた不良の一人が彩葉に殴りかかった。
しかし、バキッという鈍い音が響くと同時に、不良達だけで無く、コンビニ内で一部始終を見ていた客、店員は唖然とした。
何故ならば、いつも屯い近隣からも苦情が来るものの、そのあまりの横暴さに対応出来ずにいた迷惑な不良たち、その拳を彼らと変わらないような年齢の少女が避ける事もせずに横っ面で受けたからである。
「チッ…痛ってぇ…」
すると殴られたのがキッカケなのか、先程までの雰囲気から豹変した彩葉は舌打ちしながら悪態をつき、殴った本人にも関わらず未だに唖然とする不良の腕を掴んで捻り上げた。
そんな彼女の力は少女のそれとは思えぬほどに強力で腕を取られた不良も悲鳴を上げる事しか出来なくなる。
「イデデデデッ⁉︎」
「さて、近所迷惑なザコ共に鉄槌を下す時間だ」
腕を捻り上げていた不良を残りの2人に向かって突き飛ばすと、彩葉は殴られて口の中が切れたのか、端から零れる血を拭い少し赤黒くなった頬を撫でながら少女とは思えない凶悪な笑みを浮かべた。
そんな笑みを見て、不良たちは警察など比べ物にならないほど危険な存在に手を出してしまったことに気付くのだった。
そして、現在に至る。
「大丈夫ですか…?警察呼びましょうか…?」
「あーそうしておいてください。多分彼ら二度と居座ったりしなくなると思いますから、安心してください」
「あっ…ありがとうございます…彼らには長いこと迷惑していて…あの…良かったらコレ…冷やすのに使ってください…」
不良たちを完膚無きまで徹底的に蹴散らしながらも、目立つ傷といえば最初に受けた一発だけという彩葉を心配しながら、少し彼女に怯える店員に軽く受け答えして、彩葉は自分の買い物をして買ったものの詰まったレジ袋を受け取る前に、店の奥から現れた店長らしき男性の差し出してきた冷却シートの箱を受け取って帰路についた。
「やっぱり運動して熱くなったら冷たいアイスよね…ってそうじゃなくて‼︎はぁ…またやっちゃった…」
頬に先程もらった冷却シートを貼り、自宅への帰り道を歩きながらアイスを頬張る彩葉だったが、先程の乱闘もとい、一方的な蹂躙を思い出してブルーになる。
そんな落ち込む彩葉の目の前に見覚えのある人影が現れる。
「あり?キキョー?」
「あ?」
そう言って顔を上げたのは、おそらく部屋着だろう。
グレーのスウェットに黄色のパーカーというファッションセンスのカケラもない服装のクラスメイト、我妻 桔梗だった。
時は少し前に戻り、桔梗の家の寝室…。
毎晩、六畳ほどの狭い寝室に桔梗と椿は布団を並べて寝ているのだった。
今日も例外ではなく、2人は布団を並べて寝転がっていた。
「お兄ちゃん、電気消すよ」
「あいよ」
椿が部屋の明かりに繋がる紐に手を掛けながらそう言うと、桔梗は瞼を閉じて短く答える。
椿は桔梗の返事を聞くと紐を引っ張り明かりを消した。
そして、雨戸まで締め切った部屋を漆黒の闇が包み込む。
「おやすみお兄ちゃん」
「おう、おやすみ」
「………ねぇ、お兄ちゃん」
「何だ?」
椿は桔梗にそう言って寝ようと布団を被ってしばらく黙っていたが、唐突に口を開いて話しかける。
恐らく彼女に背を向けているのであろう、少しくぐもった桔梗からの返事が僅かに時間を置いて返ってくる。
「へっ…おっ…起き…やっぱりなんでも無い!お兄ちゃん、おやすみっ!」
「変なヤツ…」
いつもならばすぐに寝てしまうはずの桔梗からの思わぬ返事に、異常に慌ててしまった椿は自分から話し掛けておきながら話を切り上げると、布団に潜り込んでしまった。
そんな暗がりの中でも手に取るように分かる彼女の慌てぶりに桔梗は苦笑しながら再び瞼を閉じた。
「あー…ダメだ…寝れねぇ」
「んにゅ…もー食べれないよ…お兄ちゃん…ふへへ…」
しばらく寝ようと何も考えずにいた桔梗だったが中々寝付けず、結局身体を起こすと、ぐっすりと寝つき、夢の世界を満喫中の椿を起こさないように、静かに跨いで外へと出かけて行った。
「やっぱり外は静かだな」
耳を澄ますと聞こえて来るのは犬の遠吠えや救急車かパトカー、分からないが何かのサイレンの音。
それ以外の音はほとんどなく、彼の周囲は非常に静かだった。
「今日は満月か。そういえば久しぶりに空なんて見上げたな。あの日以来、空は嫌いだし」
空を眺めながら桔梗は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「あり?キキョー?」
「あ?」
そんな時、妙に間延びした感じで突然名前を呼ばれ、桔梗が視線を自分の正面に向けると、そこに立っていたのはホットパンツに白のTシャツというラフな格好で、手にコンビニの袋をぶら下げアイスを咥えた彩葉 イーフェンベルクだった。
「こんなところで何してんの?」
「こんなとこで何やってんだ?」
いきなり顔見知りと遭遇した為、僅かに動揺しながら声が揃ってしまう2人。
「「そっちこそ」」
二度も話しかけるタイミングが被ってしまい、変な空気が2人の間を流れる。
そんな気まずい空気を変えようと、2人は一言も交わすことなく近くの公園に移動し、灯りに照らされたブランコに腰掛ける。
そこで先に口を開いたのは彩葉だった。
「家…近所なんだね…いきなりだったからビックリしちゃったよ」
「あぁ、すぐそこのアパートに従妹と一緒に住んでる。別に親が居ないとかじゃねーぞ?」
「いや、キキョーの家庭の事情は聞いてないわ」
特に言う必要もなかった彼の情報に苦笑しながら手をヒラヒラと振る彩葉に、桔梗は少し赤面して話を逸らす。
「それもそうだな…それよりもお前、"ソレ"どうしたんだよ」
そう言う桔梗は自分の左頬をトントンと指差し、彩葉の左頬の冷却シートについて尋ねる。
「あ、コレ?えーとね…ちょっとコンビニ向かう途中でズッコケまして…」
明らかに嘘をついている様子の彩葉に呆れる桔梗だったが、普段から何もないところで転ぶような彼女の性格を考えると、一概には嘘だと言い切れなくなってしまった。
「で、こんな時間に空見上げてボーッとしてどうしたの?」
自分へあからさまな疑いの目を向ける桔梗から目を逸らして、慌てて話題を変える彩葉。
そんな彼女の様子に追求は無駄だと考えた桔梗は素直に答える。
「別に…寝れなかったから散歩しに外に出てきただけだよ。そう言うお前は夜中に何やってたんだよ」
「私は勉強しててお腹空いたから夜食買いに来ただけ」
「あぁそう…」
桔梗は会話が得意なタイプではない為、話を広げることが出来ず、そこで会話は途切れてしまい、再び2人に沈黙が訪れる。
しばらくの静寂の後、彩葉が口を開いた。
「ところで、キキョー。何か悩み事でもあるの?」
「は?」
彩葉からの思わぬ言葉に目を丸くする桔梗に、彼女は図星なのだと確信して鼻を鳴らして自慢げに語る。
「フフン…やっぱかー。表情がそう言ってるよ。私、人の表情から思考を読むのが昔から得意なの」
そこまで言うと先程までとは表情を一変させた彩葉が心配そうに桔梗の顔を覗き込む。
「言いたく無いなら言わなくても良い。けどもし話してくれるなら先に忠告しておくわ。私、嘘を見抜くのも得意だからあまり嘘交じりに話すのはオススメしないよ」
そう言って、彩葉は自分が座っていたブランコに座り直す。
彼女の言葉を聞いて、しばらく黙り込んでいた桔梗だったが静かにポツリポツリと語り出す。
「しょーもない昔のことを思い出してたんだ…」
そして、桔梗は彩葉に今悩んでいること、その原因となった過去の出来事を全て話した。
従姉である睡蓮のこと、彼女が好きだったこと、彼女の身に起きた不幸のこと、今でも彼女を待ち続けていることを。
彩葉は桔梗の話を最後まで黙って聞いていた。
そして、聞き終えると徐に口を開いた。
「睡蓮さんは生きてるよ…。きっとどこかで今でも」
「何でそんなこと言えるんだよ…」
彼女の言葉に思わず噛み付いてしまう桔梗。
確かに彩葉の言葉は何の根拠も無いただの願望に過ぎないかもしれない。
しかし、睡蓮の扱いは事故から8年経った今でも行方不明、少しでもその可能性に縋りたいが、いい加減諦めなければ先に進めないという葛藤が桔梗の心の中にあるのもまた事実だった。
「そりゃ、何となくだけど…。でも生きてるよ…。だから諦めちゃダメ、もう少し信じて待ってあげて?」
「でもよ…。」
どうしたらいいか分からなくなり俯く桔梗の手を彩葉はそっと握り、彼の目の前にしゃがみ込むと優しく声を掛ける。
「もしダメだった時は、私が傍にいるから。」
「はぁ⁉︎それってどーゆーことだよ!」
「え…?…あっ…べっ…別にそういうことじゃないから!うん、そうよ!じゃあ、また明日ね!」
彩葉の突拍子もない言葉に思わず赤面する桔梗。
最初は桔梗の赤面の理由が分からずキョトンとしていた彩葉だったが、理解した途端、彼女の顔も見る見る内に真っ赤になり、早口でまくし立てると慌てながら走り去ってしまった。
「俺の周りって、ホント変なヤツばっかだな…」
一人きりになった公園で苦笑しながら呟く桔梗の表情にはいつもの笑顔が少しだけ戻っていた。




