優しいレシピ
よしと小さく言い、混ぜ合わせた酢飯を一口摘む。
こんなもんかな。
時刻は19時、大柴を会食へ送りだし、自分は退勤させてもらい帰路に着いた。
きっと、帰ってきたら軽くお茶漬けでも食べるであろう大柴から、いつ連絡が来ても良いように、電話はキッチンとダイニングの隔たりに置いておく。
「えっとー、多分揚げの味付けが重要なんだよな。」
菜箸を揚げの上でコロコロしながら考える。
少し祖母のいなり寿司は甘めだった。
鍋にお湯を沸かし、揚げを油抜きして半分に切り出汁の味付けにかかる。
「重要なのは砂糖の量か…。」
少し考えて出汁に砂糖を醤油と味醂より少し多めに入れ、温める。
ちょっと甘過ぎかなと、迷いながら、揚げを沈めて弱めの中火で煮汁が無くなるまで煮詰め、あら熱が取れるまで置いておく。
ザルにあけて汁気を切り、俵型に握った酢飯を破けないように優しく詰めれば完成だ。
しばらく置いてなれさせてからダイニングに運ぶ。
「何か、緊張する…。」
祖母の味に近づいただろうか。
恐る恐る一つ掴み口に運んだ。
「ん!」
瞬間じゅわっと甘めの煮汁が口の中に広がり、ほろほろとほどける酢飯に絶妙に絡む。
甘過ぎかと心配していた煮汁も、お酢がキュッと締めてくどさを感じる事も無い。
「うん、美味しい!
けど…。」
何か違う…。
味は限りなく近い、けれどどこか違和感を感じる。
何かが足りない?ブーブー
携帯電話が鳴り、ディスプレイを見る。
「あっ社長…、もしもし、お疲れ様です。」
『お疲れ!もうすぐ家だから、軽く何か作っておいて。』
「いなり寿司ありますけど、お茶漬けにしますか?」
『あー朝のか、久しぶりにいなり寿司食べたいな。』
「了解致しました。
お待ちしてます。」
ピンポーン
『着いた』
「早っ!?」
「おー、これが例のいなり寿司かー。」
大柴は脱いだ背広を真冬に渡し、椅子に座りいなり寿司を摘む。
「それが、どうも祖母の物とは違うんです。」
大柴の背広をコートハンガーに掛け、お茶を入れにキッチンに向かう。
「美味いじゃないか、思い出の味はその思い出も込みの味だから、完璧な再現は難しいだろ~」
「そうなんですけど~、そういうのではなく、根本的な味が違う気がするんです…。」
お茶を出して、大柴の向かいに座りため息を吐き皿を見る。
「って、全部食べたんですか?
食べ過ぎですよー。」
「腹減ってたんだよ、この甘めな味付け俺好みだし。
もう無いの?」
「ありません、食べ過ぎです!」