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思い出の味  作者: Castiel
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優しいレシピ

あなたの思い出の味は何ですか?


子供の頃食べた、母のカレー。


給食で食べた、揚げパン。


学食で買った、コロッケパン。


どれも、その時は何てこと無いものでも、今は大切な思い出の味。


大人になり色々な物を食べ、もしかしたら、今食べても美味しくないかもしれません。


けれど、やっぱりそれらはご馳走なのです。




婆ちゃんのいなり寿司が食べたい。

ここ最近は、そればかり考えてしまう。

高校を卒業後、上京してはや五年。

忙しい毎日に追われ、里帰りは年に一回するかしないか程度だった福井 真冬が、育ての親である祖母が亡くなったという連絡を受け一年近く振りに里帰りしてから早半年。本当は上京してからずっと祖母の手料理が食べたかったが、上京してから一年後に祖母は痴呆症になってしまい料理どころではなくなった。

「婆ちゃんのいなり寿司が食べたい」

今度は口に出して言い、大きなため息を吐く。

食べられないのは百も承知。

祖母のいなり寿司に近い物は無いかと色々食べてみたが、やはり祖母のそれとは別物。

祖母は正直言うと料理が下手だ、けれどいなり寿司は人に食べさせると、文句ばかりの近所のおばさんも、まあ!美味しい!これはどこのいなり寿司?と聞いてくる程美味しかった。

それに、思い出補正も加われば、店のいなり寿司なんてかなうわけなど無い。

真冬はもう一度大きなため息を吐いた。


朝になってしまった…。

食べ物の事を考えていて眠れないなんて、私凄い食いしん坊…。

そんな事を考えながら、ベッドを降りて身仕度をする。

メイクは濃くならないように、だけどきちんと。

髪は纏めてアップに。

スーツを着ると若干スカートがキツく感じるが、気のせいだと思い込み、マンションの一室である自宅から出る。

そして、隣の一室の鍵を開けて入る。

「おはようございます、失礼致します。」

返事が無いのは承知だ、午前7時、まだこの部屋の主は夢の中。

真冬はそのまま、キッチンに向かい持参したエプロンを着けて冷蔵庫を開けた。紅鮭とレタスときゅうりと玉ねぎを取り出し、冷蔵庫脇の棚からお手製の出汁パックと乾燥わかめ、ツナ缶を取り出す。

紅鮭に塩をふり、常温に置いておき、鍋に水を入れてお手製の出汁パックをいれて火にかける。

レタスは洗って水をきり食べやすい大きさにちぎり皿に盛り、玉ねぎはスライスして水にさらす。

ここで魚焼きグリルを温めておく。

玉ねぎの水を切りレタスの上に散らし、薄切りにしたきゅうりを見栄え良くのせて最後に油を少ししっかりめに絞ったツナをのせて、冷蔵庫に入れたついでに豆腐と山芋を取り出す。

紅鮭が常温になったのを確認して、温めておいたグリルに入れる。

鍋を見ると良く出汁が出ているので出汁パックを取り出して、山芋をすり下ろし、お玉一杯分の出汁をとろろに混ぜて置く、切った豆腐を残った出汁に入れて、一分程してからわかめを入れ火を弱火にし、味噌を溶き火を止めたら丁度良く昨夜のうちにセットしておいたご飯が炊きあがった。

ご飯をかき混ぜてから、鮭をひっくり返して焼き、焼き上がりを待ち皿に盛り、キッチンと繋がっているダイニングのテーブルへサラダと置いて、小さなサラダボウルと箸とすり下ろしたとろろを小鉢に二人分用意する。

時計を見ると7時半で急いでエプロンを外し、一番奥の部屋の扉をノックした。

「失礼致します。

社長、朝食の支度が整いました。」中から気配を感じ、すぐ三十代前半の男が顔を出した。

「おはよう、あれ寝不足?」

真冬が秘書として働かせて貰っている男、社長の大柴は寝起きを感じさせない顔で真冬の顔を見て言う。

「おはようございます。

はい、少し…」

この人は本当に良く人を見ているなと思いながら苦笑すると、大柴は寝不足はお肌に悪いよーと言いながらダイニングに向かい椅子に座る。

ご飯と味噌汁と醤油さしを、大柴の元へ運ぶ。

「頂きます。

今日は和食か。」

「サラダがありますけどね。」

サラダを大柴の分と自分の分ミニサラダボウルに分けて、頂きますと自分も箸を持つ。鮭をほぐし、ご飯にのせて食べると少ししょっぱいくらいの塩加減がご飯の甘みを引き立てご飯を進ませる。

途中で出汁が香る味噌汁でご飯を流し込むと朝からほうっとため息をもらす。

「今日の予定は?」

大柴が朝食をとりながら訊ねて来る。

スケジュールは頭に入ってはいるが、一応胸の裏ポケットの中にあるスマートフォンを取り出して、スケジュールを確認しながら伝える。

「9時より営業会議、

10時より来客、THREADの井上様

11時半より訪問、エイコーの野村社長

13時40分羽田発ANA875便で秋田へ、秋田空港へ秋田支社の関口がお迎えに上がりますのでその足でプラネットの斎藤会長へ訪問、新事業立ち上げの出資の件です。

16時半秋田空港発JAL1266線で帰って来て頂き、

18時半よりクールスタイルの山中課長と篠原様と会食。

20時に、新規立ち上げ事業の進捗報告会議。

以上になります。」

「おっ、珍しくゆっくり昼食べられそうだな。」

大柴の言葉に真冬もほっとする。

なんせこの社長は忙しすぎて、自分が食事をしたかどうかも忘れてしまう日々を送っている。

なるべく、お昼を食べたか訪ねるようにしているが、本人が忘れてしまっていては元も子もない。

「所で、珍しいな福井が寝不足なんて。」

「あ~、大した事では無いんです。」真冬は苦笑すると、味噌汁を啜った。

「大した事じゃないなら、教えてくれよ、気になるじゃないか。」

とろろに醤油をさして、混ぜながら大柴は真冬の顔を見る。

「社長は思い出の料理とかございますか?」

「思い出の料理?」

とろろをご飯にかけながら聞き返す。

「はい、子供の頃に食べて、考えると色々な事を思い出すような食べ物とか…。」

「あぁ、何となくわかる。」

「それを考えていて…、祖母の作ったいなり寿司なんですけど、食べたくてたまらなくなってしまって。」

真冬が照れ笑いを浮かべると、大柴はお前らしいと笑いながら、ざざっと気持ち良くとろろご飯をかき込む。

「食べれば良いじゃないか。」口をもごもごさせながら、大柴が簡単に言ってのけた。

「いや、祖母は亡くなっているので…」

無理なんですと続けようとしたら、大柴が被せるように口を開く。

「自分で試行錯誤して作れば良いだろう。」

大柴の言葉に目から鱗状態で、ああ、そうですね…、と辛うじて返すのみとなってしまった。

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