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神無月  作者: 込枝啓
4/5

学校


「なあ、月」




「なぁに、霜兄」




ここは柳瀬高等学校の生徒用玄関の奥にある掲示板前。霜は今年から高校一年生。妹の月は二歳下の中学二年生。この高校から徒歩15分程の所にある柳瀬第一中学校に通っている…はずなのだが。




「なぜここにいる…ッ!?」




「あ、霜兄のクラスは3だって」




「人の話聞けよ!」




月は霜の声を受け流しつつ、春の陽気のように笑いかけた。彼女は視線を霜から移し、掲示板に向き直る。掲示板には生徒のクラスと名前が行列をつくっていた。つまり、クラスの割り振りが書いてある紙である。


月は自分の髪を弄りながら、掲示板に貼り出された紙の上の文字を目でたどる。




「あ、私は5組かぁ…せめて隣がよかったね」




「暢気に自分のクラス確かめてんじゃねー…よ…?」




そこまで言って、霜は違和感に気づいた。


――自分のクラス?


ここは高校だ。月の名前が書かれている訳はない。霜はとりあえず、5組という文字の下に記された名を目で追う。見開き、そして疑った。




「…え、月さん?なんで高校のクラス分けの紙に月さんのお名前が載ってらっしゃるのでしょうか」




「ふふん、出来の悪い兄、霜くんを監視するためでござる」




「ござるじゃねーよ。どうしたんだよ」




「いや、だから、他意はないよ?うん、全然。霜兄の監視以外、何にも、ほんとだよ?」


視線を斜め上に向けながら、(声だけは)真摯に弁解する妹と、湿った視線を送る僕。




「他意って?」




「お姉ちゃんに負けたくないからだよ!そのために頑張って勉強して…ってうわああああああああああああ!??」




勝つのは勿論僕である。




「どしてだろ!?霜兄には嘘つけないよ!?そのスキルどこで習得したのっ」




「スキルも何も、昔から月はそうだっただろ。何故か僕だけには嘘つけないって。他のやつは狡猾に騙すのにな」




「人聞きが悪いなあ。まあ、霜兄なんてバカすぎて嘘もつけなそうだけど…ああ、もしかしてひがんでるの?」




「そこまでバカじゃねーよ。月は僕をバカにしすぎだ」




僕がバカというより、初と月の頭がよすぎるんだろ。その台詞は呑み込んで、月の思い通りに話をうまく逸らされてやる。まあ理由は分かったし、深追いすると月を傷つけかねない。そんなリスクを背負ってまで追求する必要はないと判断した。


初が創られた天才であるならば、月は創りあげた天才だ。いや、天才というのは生まれつき備わっている才能のことである為、本来これは適切な表現ではない。しかし初と月のそれは、多くの人に天才と称されており、かつそれ以外の表現を僕は知らない。


「霜兄!あれ、隆哉くんじゃない?」


僕の思考を中断させるような形で月が声をあげた。妹の指差す方向へ目をやると、見覚えのある顔がいた。




「や、霜。月ちゃんもおはよう」




「よっ、さっきぶり」




「おはよう、隆哉くん!」




隆哉の挨拶に僕が軽く手を挙げ、月がかわいい笑顔を向ける。




「つーか隆哉、月がこの場にいるの見て驚かないんだな」




さすがにツッコみが入るのではと思っていたが、隆哉は平然としていた。




「ん?どういう…って、まさかとは思うけど、そのまさか、かな?」




「えへへー。私月は、飛び級致しました!兄や隆哉くんと同学年だぜー」




月は待ってましたと言わんばかりに、発育途上の乏しい胸を張る。




「今の時代、飛び級は珍しくないとはいえ、流石だね…。うん、驚いた」




「お前それ、まじで驚いてるのかよ…爽やかに笑ってるだけじゃねーか…」




僕が目を細めると、隆哉は少し得意気に笑った。しかし、そんな表情も決して嫌味のように感じない。それどころか、どこか様になっているのだ。どんな表情をしていてもカッコよく映るとはどういうことなのだろうと、友人ながらに少し羨ましく思う。


隆哉は勉強も運動もできるので周囲に人が集まりそうなものだが、意外にも人見知りである為、あまり他人との交流がない。それでも顔立ちが整っているので女子に言い寄られることもしばしばだ。


僕は女子に言い寄られることがないどころか、避けられることもしばしば、という始末だ。世界は不平等で成り立っていると改めて認識させられる。そんなもの認識なんてしたくないのだ、何だって僕は隆哉が告白されるのを一回も逃さず目撃してしまうのだろう。


…いや、今はそんな愚痴を言っている場合ではなかった。慌てて意識を現実に戻し、隆哉に向き合う。




「その、飛び級が珍しくないってのは本当なのか?僕の記憶では、我が母国に飛び級制度は無かったと思うんだが」




「ああ。まあこんなご時世だからな、必死なんだよ。有能な人材収集に、さ」




「…なるほどな。職に就くのは早ければ早いほどいいってか」




大方想像がつく。政府は元より、MROもあの手この手で才に富む者を引き抜いているようだ。


僕らの部署は人事異動が少ないのであまり実感がないが、他の部署の人間が、人ばかり増えていって教育が追い付かないとか、増えても効率が悪いから意味がないとかぼやいているのを耳にしたことがある。




「さて、そろそろ自分のクラスに向かおうと思うんだけど。霜や月ちゃんも行く?」




「ああ。クラスも確認したし」




僕がそう言うと、月も笑顔で頷き、肯定した。




「じゃ、行こうか」




そうして僕らはそれぞれの教室に向かって歩き始めた。とはいえ1学年は皆同じ階にあるので途中までは一緒なのだが。


校舎は5階建てが2棟――北棟と南棟――があり、そして中央棟と呼ばれている3階建ての校舎の、計3棟だ。先程いた生徒用玄関は中央棟にある。そして僕らの教室は北棟の5階にあるので、かなり階段を上らなくてはいけないようだ。エレベーターがあるが、ロックがかかっていた。生徒が使えないようにしてあるということをその場で偶然出くわした教師に教えてもらった。


仕方なく階段で上ることにしたのだが、日頃鍛えている僕や隆哉はともかく、インドア派の月にとってはやはり辛いようだ。毎日上らねばならないというのに、この表情の消え行く様を見ているとこの先が思いやられる。


「し、しんどかった…」




「いや、よく頑張ったよ。なあ、隆哉?」




「ちょっ、やめて!霜兄が余裕な顔して私を宥めるなんて癪にさわるんだけど!ああもう、隆哉くんも笑わないでったら!!」




月がムキになって睨み付けてくるが、その仕種、言動、全てがかわいいのでむしろ心が安らぐ。隆哉も同じような心境なのか、謝罪しながらもやはり笑っていた。




「月はかわいいなあ。中学でも好意を寄せてくる男子は多かったんじゃないか?つーか、中学生のガキならともかく、同級生が月を好きになったらどうしよう」




「大丈夫。我が兄には関係ないことである。霜兄こそ、昔から女の子に軽蔑の眼差しをむけられてきていたようで心配なんだけど?」




「え…そうなの?僕って、そんなんだったの…?」




「ほぼ不登校で、学校来ても誰とも話さずに寝てばかりだったんでしょ?そりゃあ避けられるよー」




凍りつく空気。僕に集まる視線は哀れみの色に染まっている。




「…お前ってやつは…」




「隆哉そんな目を向けないでトラウマになるからやめてほんと!」




しかし落ち込んでもしかたない。実際、他人と関わるのに抵抗はあったのだ。人間不振とか対人恐怖症とかではないのだが、面倒ごとはなるべく減らしたいという気持ちが強かった。過去の自分は、面倒ごとの代名詞である人間関係(これは僕の偏見かもしれないが)を築くことから逃げていたのだ。しかし、何事も逃げることはよくない。そして変わることの大切さはよく理解している。僕は、手を固く握り、大々的に宣言する。




「僕は友達をつくる!あと彼女もつくる!」




だが僕の苦渋の決断は、沈黙と生暖かい空気に霧散し、吸収されていった。




「…そうだね」




「うん…」




ようやく重い口を開いた二人のこの反応。僕の固い決意を返して欲しい。


そして生暖かい視線をこちらへ向けないで欲しい。




「ああ、もうすぐ時間じゃないか」




「そだね。じゃ、お開きにしますかー」




「ちょ、まっ」




慌て止めるが、二人はそのままなにも言わずに去ってしまった。


薄情者、と叫ぶと廊下中に響いた。人が少なかったせいだろう、思ったよりも遠くまで響いてしまったようで、いくつか不審の目を向けられるがあまり気にしないことにしよう。僕もそろそろ教室へ向かうことにしようと足を前へと踏み出す。


一人廊下に取り残された僕は、改めてこれから通う我が母校と向き合った。これから始まる学校生活に対するネガティブな感情は、いつの間にか薄れていた。これは月や隆哉のお陰だろうか。なんにせよ、少し期待してもいいのではないかと思えてきたのだ。


先程の宣言だって、半分は本気だったのだ。彼女は荷が重すぎるが、友人の一人や二人(もちろん仕事関係以外で)つくってみたい。


足を止め、自分の教室のドアに手をかける。ここから、新しい生活が始まる。期待と不安を織り混ぜながら、僕はそっとドアを開いた。

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