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神無月  作者: 込枝啓
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四月初め。ようやく春らしい陽気が訪れた。かと思えば、翌日には忘れ物を取り戻しに帰ってきたような気軽さで、冬は凍てつく寒さと共に雪を振り撒いたりする。この天気の気まぐれさと言ったら、文句のひとつでも言ってやりたいくらいだ。


暖かいのか寒いのか、体調管理の為にもチェックせねばならないと思っているものの、毎日調べるのはなかなか面倒臭い。まあこれはただ単に僕が物臭だからだろうが。


僕は昨日郵送されてきたダンボールに手を伸ばした。そこから真っ白なワイシャツを取りだし、袖を通す。それから、平凡な色の平凡なズボンとブレザーを身につけた。仕上げに朱色のネクタイをきつく締めながら、新しい学校生活への複雑な心情で胸を満たした。期待や希望は皆無に近く、不安というか憂鬱というか、そんな類いのネガティブな感情が強く、自然と眉間にシワができてしまう。


何故早朝からこのような嫌な気分にならねばならぬのか。理由はひとつ。僕が入学した柳瀬高等学校とかいう学校の入学式が今日らしいのだ。


らしい、というのは、何故入学できたのかも分からないし、そもそも僕の意思ではないので、何故入学させられたのかも知らない。しかもこのことを知らされたのは昨日で、あまりにも唐突で勝手なこのような暴挙、気が乗らないどころか最早許し難い。恐らく鞍葱の差し金だろうとは思うが、義務教育の中学ですら出席率が足りずに権力のみで無理矢理卒業したというのに、本当によく入学できたものだ。


ちなみに権力とは、鞍葱のことである。


非科学技術研究機関、通称MRO(Magic Research Organization)。鞍葱はそこの、長なのである。


鞍葱が機関のトップだと聞いた時は耳を疑ったものだが、四月馬鹿でも嘘でもないようだ。しかもMROといえば、今では小学校の教科書に載るくらい有名な機関である。そうは言っても、あくまでも今では、であるが。


僕が耳にした時はあまり知られていない無名で無実績の機関であった。歴史自体はかなり古く、大正時代から存在する(名称は現在と異なる)。しかし、研究対象としているモノが一般に認識されるのが難しいが為に、研究は困難に困難を重ねた。それ故結果が出せずに無実績のレッテルを貼られ続けたのだが、その研究対象物というのはつまり、オカルトーー"霊"と呼ばれるものである。出現するのも稀であるし、体質的に見ることができない者もいる。そんなものを証明するなど、そう容易にできる訳がなかった。


しかし、ある時転機が訪れた。幸か不幸か?皮肉気に鞍葱に尋ねると、愚問だと笑い飛ばされた。






『大洪霊災』






「アレは、人類最大の悪夢だ。そして…僕らにとって最大の好機。幸か不幸か?考えるまでもなく、前者だろう?」




そう言い切った鞍葱には正直驚いたが、最初から答えは分かり切っていた。


あの災害以降、霊災は多発。また、霊力の氾濫により、ほぼ全ての人間が霊をみることができるようになった。


霊を前にして政府も警察も無力化。災害が起きてから霊について調べ始める者もいたが、それではとても間に合わない。陰陽師の数も年々減少しているため、潰しては沸く霊に対応しきれなかった。


つまり、鞍葱率いるMROにとって、これ以上ない活躍の場か与えられた訳だ。


ここでひとつ、MROの計画は早まった。"霊"と闘いそれを滅する者、陰陽師。それに似た、ヒトガタ対霊兵器。鞍葱の理論は完璧で、理論だけなら何年か前に完成していた。


しかし、それを造るのに必要な材料がまだ揃っていなかったのだ。MROはそれを慌てて掻き集め、創り上げた。


材料とは、条件を満たす子供だったそうだが、その“条件”とは何なのか、未だに聞き出せないでいる。…まあ、それは置いておいて。とにかく、白羽の矢が立ったのは僕と長瀬隆哉、それから珠咲茜だった。


僕らはそれから、"霊"を狩る者、霊狩師たまかりしとして闘いに身を投じることとなった。そう、MROの便利な忠犬として。


…僕に関しては忠犬とは言えないかもしれないが。 中学の出席数が足りなかったのはほぼ霊狩をしていたせい、つまりMROの仕事をしていた為であり、それ故鞍葱の権力を行使して無理矢理卒業した訳なのだが。




「一応義務教育だからねぇ。卒業しないと色々面倒だろう?本来なら仕事をしてはいけないんだからね。それに学校に通う暇があるなら、霊狩の他にも僕の仕事を手伝って貰いたいんだけどー」




鞍葱は椅子に踏ん反り返ってそんなことを言っていたはずだが、気が変わったのだろうか。どうせまた何か変なことを企んでいるに違いない。高校に行く気がしないのも当然である。


大体、鞍葱とはそれ以来一度も会っていない。ロンドンかどこかに出張だそうで、僕としては厄介事面倒事が減るので出張はとてもありがたいことなのだが、高校進学について何も聞いていなかったので流石に戸惑った。取り敢えず、隆哉に連絡をとってみる。仕事の連絡は急を要し、かつ確実性を求められるために式神を使用するが、今回は私用なので携帯電話でいいだろう。


厚さ5ミリ、縦横3×7センチ程の黒い板を指で軽く押すと、折り畳まれていたそれが開き、倍ほどの大きさになった。明るい光を発するそれを操作し、隆哉へと電話をかける。すると思いの外早く繋がった。




「もしもし、隆哉?」




『ああ、高校のことだろう?僕もつい昨日知ってさ、君からの連絡を待っていたところだよ』




僕がこのことを知ったのも昨日。いきなり制服やら教科書が郵送されてきたのだ。それから、今日の日程も。




「待ってないで電話くれればよかったのに」




『君の家のことだ、お姉さんや月ちゃんに見つかってパーティーでもしてるんじゃないかと思ったからね。邪魔するのも悪いかと思って…。連絡が今になったってことは、正解かな?』




「パーティーなんてしてねーっての。まあ確かに喜ばれて大騒ぎになったけどさ!」




『楽しそうで何よりだ。ところで不信には思われなかったの?』




そうなのだ。姉の初ういと妹の月は郵送された制服やら教科書を見て、何も疑うことなく、ただただ無邪気に喜び笑っていた。確かに僕は彼女たちがいつまでも無邪気でいられることを望んでいるし、笑っていて欲しいと願ってもいる。だがそれも度が過ぎるのではないだろうか。僕が初と同じ高校に入りたくて二人に内緒で受験したんだと自分の都合よく捉えたようだが、まったく幸せな奴らだと言いたい。




『いいじゃないか、君が望んだものだ…今君が頑張っていることへの最高酬いだろ。しかしそうか、お姉さんと同じ高校か…実際シスコンなんだから、あながち間違ってないんじゃないのかな』




「シスコンじゃねーよ!?間違ってるよ!?くっそう、入学式前日に郵送なんて明らかおかしいじゃないか、アホ姉妹が!」




『それでも守るべき者もない僕には羨ましいよ』




羨ましい。その言葉に僕は息をのみ、沈黙する。同情も謝罪も隆哉に対しての冒涜にしかならない。




『絶対に、守り徹せよ。彼女たちも、秘密も、嘘も、全て』




「…言われなくても」




それじゃ、学校で。そう言って通話を終えた。携帯電話を閉じて、深く息を吐き、目を伏せる。そうやって重い心を吹き飛ばす。




「まだこんな時間か」




時計は5時48分を指している。霊狩の仕事のおかげで睡眠時間は不規則かつ短時間でも問題ないような体になっているので、どうしても早起きしてしまうからだろう。


伸びをしてから、どう暇を潰すか考え始めた。

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