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 身勝手な計画が早くも崩れ、意気消沈しながらも、オルガは次の職場へと向かった。南へ向かう彼の足取りは昨日よりも重かった。手に縄がついていたなら、奴隷に見えたかもしれない。

 オルガは悪い予想をしていた。多くのハンターが来ているとなると、安宿は客がいっぱいだろう。しかも、態度の悪い客が。そうなると、オーナーは娘のクレルを宿には出さないかもしれない。そうなったら動かなければならないのは自分だ。それが、賞金首が捕まるまで続く……。つまり仕事を辞めることができない。

「はぁ」思わずオルガはため息をついた。吸ったことのない煙草さえ吸いたくなった。

 宿につくと、オルガは強く息を吐いて気合いを入れた。とりあえず仕事だ。

「あれ?」フロントに座っていたオーナー、アルベスオは驚いた表情で宿へ入ってくる青年を見た。「オルガ、どうした?」

「あ、おはようございます」

「おはようじゃないよ。星の降臨地はどうした?」

「ほしの……」オルガは徐々にそのことについて思い出した。「あ」

 オルガには今日、自警団としての務めがあった。

「おいおい。お前が忘れものなんて珍しいな」アルベスオは口ひげを触って笑った。

「そうでした。すっかり忘れてました」

「まぁ、まだ遅刻にはならんだろうから。なんならこっちの仕事もしていくかい?」からかうようにアルベスオは言った。

「……あの、おじさん」

「どうした?」アルベスオは宿帳を開きながら返事をした。

「お客さんは、ハンターが多いんですか?」

「いいや。昨日は客を取らなかった。何人か来たけど、満室だと言って追い返したよ。クレルがいるし、もうすぐ雨季休みに入るからな。そろそろ客を出したいんだよ」

 アルベスオは宿帳へ向けていた視線をオルガに移した。

「それより、おじさんって呼び方久しぶりだな。何かあったのか?」

「まぁ、少し」

「そうか」

 アルベスオはそう言っただけで、オルガの話を聞きだそうとはしなかった。オルガはそのせいで少し不安になった。彼が聞き出してくれれば、自然と言葉は出てくるだろうに。

「おじさん――」オルガはさっきの二の舞にならないだろうかと心配していた。だが、言うしかない。「今まで、仕事をくれて本当に感謝してる。父が病に伏してからずっとお世話になりっぱなしだ」

「いいんだよ。お前の父親とは親友だったし、その息子は親戚の子供よりかわいいよ」

「おじさん……。実は宿の仕事を辞めたいんだ」

 アルベスオは黙っていた。口ひげを触りながらオルガを見ていた。

 オルガはその沈黙に耐えられず、その理由についても自分から話した。女将の反応が脳裏によぎったが、それでも彼には説明以外の選択肢はなかった。何もなかったことには、もう出来なかった。

しかし、それは正々堂々としたものではなかった。オルガはまだ気づいていないが、彼は必死に逃げていた。責任という理由をつけて、彼は復讐をしようとしていた。彼にとっての復讐は、決して自分の感情に起因しているものではなかったのだ。

 では昨晩の誓いは何だったのだろうか。復讐しようと思ったのは一時の気の迷いか、ピピの感情に酔ってしまっただけなのか。しかしオルガは、まだ、ここの問題さえにも到達していなかった。ただただ約束と責任という主人に囚われた駒に過ぎなかった。いざとなったら責任さえも捨てるという覚悟は、情けないことに早くも彼の外へと流れ出ていた。

 その優柔不断な弱い意志に、オルガより早く気づいたのがアルベスオだった。「復讐」、果たしてそれはオルガのためになるのか、それは親友の子、自分が好んでいる人間の行いとして正しいのか……。そうアルベスオは考えていた。彼はオルガの話に驚きながらも、そこを見極めようとしていた。臆病さをはらんだ危うい挑戦は、彼にどんな試練を与えるのか。彼がまだ子供で、挑戦が御使いだったらどれだけいいだろうか。彼の決めようとしているのは、明らかに命に関わることだ。この試練は生半可な意地じゃできない。

「……とにかく降臨地に行ってこい」アルベスオは言った。「お前が責任を感じているならそれを全うしろ」

 その言葉にオルガは明らかに落胆した。それをアルベスオは確認した。

 オルガは一度弱く頷き、宿の外に出た。弱々しいその背中に、アルベスオは悲しくもなり、腹立たしくもなった。しかし、それを叱責しようとは思えなかった。オルガが今まで気丈に振舞っていたことを知っている。兄が死に、母が死に、父が死んでも、オルガは足を前に出している。

 道。アルベスオに突然舞い降りた言葉だった。

「オルガ」思わずアルベスオは名を呼んだ。

 その大きな声にオルガは振り向いた。逆光のせいで、オルガの顔が宿内からはよく見えなかった。

「降臨地に、ピピを連れて行け」

 ピピという名前にオルガは戸惑いの表情を見せ、アルベスオには何も言わずそのまま去っていった。

 その残像を目の中に覚えながらアルベスオは思った。

 オルガはまだ道を見つけていない。真っ白の光の中を用心しながら歩いているだけだ。それではいけない。彼には道が必要だ。

 しかし、なぜピピの名前が出たのだろう。……きっと、復讐をするとピピと一緒に決めたからだろう。そうアルベスオは答えを出したが、どうも落ち着かなかった。

 とにかく、と、アルベスオは椅子に深く腰を下ろした。

 こちらが他人の決断を許すも許さないも無い。それが分かったら許可してやろう。

 アルベスオは口ひげを触りながら宙を見た。そして、若かった自分と親友のことを思い出した。




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