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 ヘクルプル大陸の最東にある国、アウグスト。その国にあるアメルという街は海に面していた。街は崖に沿って作られており、住民の多くはそこに家を建て住んでいた。街の大きな通りは海に平行して三つあり、一番上の通り沿いにはホテルやレストランが、真ん中の通りには役所や商店が並び、一番下には漁師たちの組合と彼らの住処、そして馴染み客の集まる飲食店が集まっていた。

 この街の主な特産物は牡蠣や帆立といった貝類などの海産物、そして、街の後ろにある丘や山にある畑から採れる夏みかんである。それらは海路でアウグストの首都や同盟国、東の大陸へと運ばれる。だが、これらが一番の産業ではない。この街の主な産業は観光業だった。この地域の気候は抜群に良く、夏は涼しく、冬は比較的暖かかった。そのため避暑地や避寒地として重宝された。雨季は十月に十日ほどあるが、それを嫌に思う人はいなかった。アメルの人々にしてみれば、それは観光客のあまり来ない休みの日として、大いに喜ばれた。さらにアメルの東には、ゴルトンと呼ばれている島があった。そこを訪れるために、まずアメルで一泊するというのが多くの観光客の常であり、習わしのようなものだった。島には高さが異なる塔がいくつも建っていた。一番高い塔はアメルの街からも見え、日の出と共に、その塔の影が街へと流れた。その塔の頂上からは世界が一望できるといった噂もあった。島にある塔は誰がどうのように建てたのか分かっていなかったが、人々は、誰が疑うこともなく神が建てたのだと確信していた。問題は、どの神が建てたかということだけだった。あるものは海の神だと言い、あるものは島の神、もしくは空の神だと言った。だが、アメルの人々は星の神だと信じていた。アメルという街は元々、星の神を信仰している人々で作った街なのだ。


 この世界は火の神、水の神、風の神、土の神の四つ神が創った。その世界から様々な神が生まれた。それらの神は四つ神のいずれかを親に持ち、その他の神に兄弟を持った。多くの神は自然を創り、司ったが、二級神であった生死の神は、一級神になるため動物を創った。そして、その時生まれたのが戦いの神であった。生と死の神は、この事を四つ神に伝えず、自らで管理しようとする。だが、戦いの神は生死の神には従わず、どんどんと力を蓄え、攻の神と守の神という新たな神を作りだした。戦いの神は攻の神と守の神を使い、生死の神を二つに分け、生の神、死の神とした。二つの神は自らが生み出した子神、戦いの神に支配された。同時期に戦いの神は人間を作る武具に目をつけた。そして、生の神と死の神を使い、争いを起こさせる。それは四つ神が創りだした世界を自分のものにするためだった。その頃、ようやく四つ神は世界の異変に気付く。しかし、戦いの神の力は強大なものになっており、人々は神界に届く山、ベドザリーでさえも戦を繰り広げていた。四つ神は争いを収めるために龍人と呼ばれる神の使いを世界へと送る。彼らは人々を四つ神から授かった様々な神力で抑えた。しかし、戦いの神は人々をさらに焚き付け、神殺しの命を出す。その勢いは龍人たちにも抑えることが難しく、四つ神はついに自らが創った世界におりて、戦いの場に出てきた。これを待っていた戦いの神は四つ神を殺そうとするが、四つ神は抵抗し、相討ちとなる。この時に全ての神の力は弱まり、世界に溶ける。全ての神は力を蓄えるために、長い眠りについた。残ったのは神の創った世界、自然や動物、少しの人々と龍人、そして人々の作った武具。ベドザリー山に埋もれた武具は神武具と呼ばれている。それらには神の力が宿っており、錆びたり、折れたり、欠けたりすることがない。


「それが、この世界の簡単な歴史だな」

 オルガルデピリオは、若い漁師が小さな子供たちにそう説明するのを聞きながら、パンと帆立入りのスクランブルエッグを食べていた。本当に簡単な説明だなとオルガは思ったが、それに何を付け足すべきかは分からなかった。

 小さな食堂がある第一通りでは、漁から帰ってきた父親と遊ぶ小さな子供たちがたくさん見られた。オルガは週に四日か五日は、それを見ながら昼食をとるのが日課だった。

 オルガは宿屋で働いていた。一番上の第三通りにある、観光客用のホテルではなく、出稼ぎに来た人や、旅人のための安宿が彼の職場だった。主な仕事は部屋の掃除だった。だが、それだけで食っていくことは出来ず、近くにある食堂やパブでウエイターや手伝いをして暮らしていた。しかし、多くの人がそれらを彼の仕事だとは思っていなかった。彼は多くの人が思っている彼の仕事の事を、「お遊び」と呼んでいた。実際、それは彼にとって簡単に出来ることだった。他人はその「お遊び」を拍手喝さいで迎えてくれるが、彼にとって自慢できるものではなかった。だが、その「お遊び」がいい小遣い稼ぎになることは承知していた。

「今日も投げるのかい?」と腕を振りながら若い漁師が食堂に入って来た。

「たぶん、投げるよ。今日はアンジェホテルで投げるんだ」

「へぇ。じゃあ、随分稼げるな」

「そう願うよ。でも、もうすぐ雨季だからね。あんまり人はいそうにないよ」

「お前の仕事にも時期っていうものが、あるんだな」

「そういったものは何事にもあるよ。それよりも、賭けるかい?」

「はっ」と若い漁師は笑った。「賭けになるもんかい」

 日が沈むと、オルガは階段を上がり、第三通りへと出た。そして北に少し歩いた。アンジェホテルの、噴水や星の女神の彫像がある玄関を通り過ぎ、隣のホテルの塀とアンジェホテルの塀の間にある細い道へと入った。その道を進むと、少しひらけた場所に出た。アンジェホテル側の塀には、縦長の入口があいていて、その上には同じ材料で作られた質素なアーチがかかっていた。オルガはそこに入って、アンジェホテルの裏口から中へと入った。

 宿泊客が食事をとっている会場にオルガが入ったのは、彼らがデザートを食べ終わり、食後にブドウ酒を飲んでいる頃だった。彼は普段着ない、恭しい服装に着替えていた。皺一つない黒いズボンにパリッとした白く清潔なシャツは着心地が悪かった。

 司会者はオルガを、海が見える一番目立つ場所に移動させた。

「さぁ! ここにいる若い青年! 歳は十七だが、腕は確かだ! ええ? 何をするのかって? もちろん、お客様も分かっておられるでしょう。この青年、この歳でナイフ投げの名手なのです」と口ひげを上品に生やした司会者は言って、オルガの左手を掴んで掲げた。

 驚いたか驚いていないか、宿泊客は拍手で彼を迎えた。オルガはその反応を、ありがたいと思ったかのように笑顔をつくり、軽くお辞儀をした。

「名をオルガルデピリオ。そう、街の近くにある星の神の使いが現れたという丘を守りし一族の一人であります。黒い髪に数本見え隠れする金色の髪。これが星の神に関係しているという何よりもの証拠。彼は星の腕と名付けられた通りに、この両腕でナイフを操ります」

 この司会者は外見とは違い、お喋りにあまり気を使わないのかな、とオルガは思った。星の腕。今は亡き両親が彼に付けた名前だった。

「さぁ! さっそく、その技を見せていただきましょう。まず、あそこにある的。あれにナイフを当てて貰いましょう」

 オルガは司会者が手で示した方向を見た。オルガが入って来た扉の横に、大きく輪切りにされた木があった。直径はオルガの片腕くらいだった。

 オルガは腰に隠していたナイフを手に取った。客は彼を鼓舞するかのように拍手をした。彼は客の緊張を高めるため、拍手が消えて静かになるまで間を置いた。ワイングラスがテーブルに置かれる音や衣擦れ、客のひそひそ声が目立ってくると、ナイフの柄を握り、的の方へと投げた。ナイフは回転せずに、ほぼ真っすぐの軌道で空中を進んでいった。客はそのナイフの軌道を、首を回しながら追いかけた。オルガを見ていた多くの目が、一斉に反対側に向くのをオルガは楽しんだ。ナイフは見事、的の真ん中に突き刺さった。     

 彼には、その「お遊び」は簡単なことだった。目を閉じても出来た。寝ていてもできるかもしれなかった。だが、それは星の守り人として生まれてきただけでは習得できないものだった。子供の頃から、ナイフを投げてきたからこそ出来るものだった。

 その後、オルガはいくつかの木の的にナイフを投げ、テーブルに並べられた蝋燭の火を消し、最後は美女の頭の上に乗せたフルーツに投げた。客は彼のために、いくらかのお金をテーブルに置いて、会場から出て行った。疲れた者は部屋へ、飲み足りないものはバーや街へと出かけた。給仕は食器を片づけ、オルガのために置かれたお金を集めた。オルガはその中からいくらかを貰い、控室に戻り、普段の着心地のいい服装に着替えた。皺のあるパンツに、柔らかいシャツが彼のお気に入りだった。

 ホテルを出て通りに出ると、「終わった?」と女がオルガに話しかけた。

「終わった……けど」と彼は躊躇いがちに返事をした。

「じゃあ、お金くれない?」と女は言った。

 女は銀色の長い髪と淡い金色の瞳を持っていた。目元は大人っぽく上品で、落ち着いた雰囲気を表していたが、頬は少しふくよかで、幼いと思わせた。そんな複雑な印象を彼女は持っていたが、ほとんどの男は彼女のことを「美女」と呼んだ。

「嫌だよ」

「なんでー? 頂戴よ」

「お前ね。自分で稼いだらどうなの? そんな外見なんだし、体を売れとは言わないけど、お酒を注ぐだけでも稼げるだろう」

「嫌」

 彼女がそう言うと、オルガは渋々、今さっき貰ったお金の半分を彼女に渡した。

「ありがとう。さすがオルガ」

「また酒に使うの?」

「半分はそう。半分は洋服代とかに消える」

「ああ、そう」とオルガはため息まじりに言った。

「うん。じゃ、私はこれで」と彼女は手のひらをオルガに見せて、下へと続く階段へ消えた。彼女がはいていたロングスカートの赤い色がオルガの目にまとわりついた。

「ピピのやつ……」。そう呟いて、オルガは彼女の心境について考えた。だが、詳しいことは何も出てこなかった。彼女の心境について考える時、オルガの頭に出てくるのはいつも兄だった。ナイフの投げ方を教えてくれた兄。そして、兄の恋人だったピピ。

 オルガは空を見上げた。いくつもの星が瞬いていた。

 兄の事を考えた。オルガより、八つ年上だった兄。不思議な力を持っていた兄。血の繋がりがない兄。それでも仲良しだった。

 そんなことを考えていると無性に悲しい気持ちになっていた。お酒を飲みたいな、オルガはそう思ったが、それを本気で欲するほどではなかった。だが、ピピはどうだろうかと考えた。そうすると、また兄が出てきた。

「ああ!」とオルガは大声を出した。そのせいで、通りにいた何人かは驚き彼を見た。

 オルガはピピと同じように階段を下った。だが行く場所は違った。彼は明日のために、今日はもう寝ることにした。


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