ジュラス・パンティー(エロス編)
某企画投稿作品第二弾。
前作とは違う登場人物です。
「所詮、男と言う生き物は欲望の塊なのよ! ふん、君はその迸るリビドーをぶつける事させ出来れば、誰でもいい訳なのね」
勘弁してくれ。
個人が経営している、落ち着いた雰囲気を醸し出しているこの喫茶店には、混雑とは言えないが、それなりに客が居る。
彼らはお店のマスターが作り出す凝りに凝ったコーヒーを飲みつつ、この店の雰囲気に身を任せ、太陽が傾く夕暮れ時を優雅に過ごしている。
しかし、その雰囲気にそぐわないプチ修羅場を作っているカップルが約一組。全く、迷惑な奴らだ。
……ああ、そうだよ。
僕らだよ! 悪いか!
まぁ悪いんだろうな。
「君はアレよ。要は女、若しくは女を感じさせるものならば、何だっていいんでしょ? 一応私は君の恋人の訳だから、君の迸るリビドーを受け止める役割がある。私もその事に関しては吝かでは無いわ。だけれでも、君にとってはその対象に特に拘りがある訳では無くて、それが偶々私だった。そうでしょ?」
テーブルを挟んで僕の向かい側に居る彼女は、目の前にあるコーヒーカップに口を付けた。
その表情には苦々しいものが浮かんでいるが、別にコーヒーの味が悪い訳ではない。
では何が悪いのか。
僕、なんだろうな。少なくとも彼女にとっては。
こういう状況に陥った場合、あまり僕が彼女に口を出す事は無い。
勿論、僕にだって言い分はあるのだ。
女なら誰だっていい訳じゃない、だとか、僕が何時リビドーを迸らせたのか、だとか、彼女に言いたい事は山ほどある。
しかし、僕は声に出さない。それを彼女に言っても証明する術は無く、それが言い訳の様に聞こえてしまうと、彼女の御機嫌グラフが底辺から一気にマイナスに方向に行ってしまうだけなのだから。
だけど、これだけは胸を張って言える事がある。
否。言わなければいけない事がある。
「違う。偶々君を選んだ、なんて事は無い。君だからこそ、僕は良いんだ」
僕は彼女を好いている。愛している。そればっかりは、いくら彼女でも否定はさせない。させたくない。
僕が出来る上での最大限の真摯な言葉を受けた彼女は、釣りあがっていたその目じりを少し下げ、その顔を赤くした。しかし、その口から突いて出た言葉は――
「ふ、ふんっ! 今更御機嫌を取ろうとしても遅いのよ!」
――まぁこうなるわな。
『じゃあどうすればいいんだよ!』という感じにツッコミたい気持ちを、僕はとりあえず抑え込む。
これくらいの事ならば僕等にとっては日常茶飯事で、大体はこの後に彼女は妥協点を見出し、今日のところはこれでお終い。後は仲良くイチャイチャラブラブする、と言うパターンなのだが、さて、どうなるか。
「……今回は誤魔化されないわ。私、怒っているんだから」
駄目だったー。
未だプリプリと怒る彼女を横目に、僕はコーヒーに口を付ける。
途端、口に広がる爽やかな酸味。そこから出る苦味も決して不快なものでは無く、このコーヒーが非凡では無い事を示している。
しかし、いくらこの店のコーヒーが美味しくても、状況は何も好転しない。
目の前の彼女は相も変わらずご立腹な様子であるし、先程からちらほらと周りの客たちも僕達の様子を見ている。それが非難の目線では無く、どちらかと言うと好奇の目線なのは、果たして良い事なのか悪い事なのか。
何故僕がこんな目に合わなければならないのか。
僕は彼女に気付かれない様に、薄く溜息を吐く。
吐いた息が、テーブルに置いてあるコーヒーの表面を軽く揺らす。
その揺れる様子を見ながら、僕は彼女が不機嫌になったあの出来事を思い出していた。
今日は彼女とデートで、昼食をファミリーレストランで一緒に食べた後に、今話題になっている映画を見て、そして映画の感想を語り合いながら和やかに近くの公園を散歩していたのだが……問題はこの後に起きたのだ。
パンチラ。
パンツ・チラリ。
パンティー・チラリズム。
まぁ呼び方はこの際どうでも良いのだが、とにかく心地よい午後の陽ざしを受けて、僕はそのパンチラを目撃した、いや、目撃してしまったのである。
言っておくが、目撃してしまったのは彼女の物では無い。
彼女の物を見てしまったらしまったで、それはまた別に諍いが起きたのだろうが、今回は違うのだ。
今回僕が見てしまったのは、年若い女性。
無論、その女性と僕と彼女は何も面識がない。その女性は偶々あの公園に居り、そこに偶々風が吹いて、そして偶々スカートがフワっと上がり、そして偶々その中身を僕は見てしまった訳だ。
さて、ここで少し話を変えるが、僕の愛しい彼女は自身の体型に些かコンプレックスを持っているらしいのだ。彼女は何と言うか、身も蓋もない言い方をしてしまえば、幼児体型なのだ。ちっこいのだ。あらゆるところが。加えて、彼女は下着のセンスも子供っぽい。一昨日は、水色と白地の縞々パンツを履いていた。何故僕が彼女の下着を知っていたのかは察して欲しい。こんな僕らでもやる事はやっているのだ。更に言えば、彼女は嫉妬深い。僕がちょっと女の人と話しているだけで、いや、いっそ僕の目が女性に行っただけで、彼女の怒りはあっと言う間に頂点に辿り着いてしまうのである。
そして僕がパンチラを目撃してしまった件の女性は、それはもう大人の色気が満載で、スタイル抜群。ゲスな言い方をすれば、ボンッキュッボン、てな感じであったのだ。ちなみにパンツも、それはもう大人な感じであった。ジ・エロティック・パンティー。
僕が例の女性のパンチラを見れたと言う事は、その時僕の隣に居た彼女も見れた、と言う事である。幼児体型の彼女が、自分とは真逆の大人な女性の、大人の下着を目撃してしまい、そして隣を歩いていた自分の彼氏は、その様子に釘付け。そして、彼女は嫉妬深い。これはもう何か起こらない訳が無い。
いや、普通目の前でパンチラが起きたのなら、見るでしょ? 老若男女問わず。
何と言うかですね、下心があった訳ではなくてですね。
違うんです、いや、本当、違うんですよ。
ホラ、あれだよ、あの……その……
スンマセンでしたー!
みたいな感じの言い訳と謝罪を僕は繰り出したのだが、彼女の御気に召す訳がなく、彼女の怒りはその低い沸点にあっさりと到達。デートの最後には必ず訪れるこの喫茶店に着いても、彼女の怒りは留まる事を知らず、そして先程言った僕の言葉にも、彼女は聞き耳持たない。
マジでどうしようか。
「……エロス、フィリア、アガペー」
僕が今こうなった原因と、そして今後の対処方法を脳みそフル回転で考えていると、彼女が突然、そう言った。彼女を見ると、髪の毛先をクルクルと指で回しながら、何やら思案顔をしている。
うん、意味が解らない。これは一体全体どう言う意図なんだ?
彼女はその幼い風貌とは裏腹に、小難しい話しをする事が多々ある。今回もそうなのだろうか。
僕がまたもや脳みそフル稼働で考えていると、彼女は僕の発言を待たず、その口を開いた。
「三つとも、愛の形よ。これらの意味の違いを説明する時は、古典ギリシア文化での意味の違いと、キリスト教文化での意味の違いがあるんだけれど、ここでは古典ギリシア文化での解釈を取るわ。いいわね?」
「はぁ……いいけど……」
一方的な彼女の問い掛けに、僕が間抜けな声を出して答える。
ぶっちゃけ、いいも駄目もない。
彼女が何を言いたいのかさっぱり解らなかったからだ。
ここは、イエスマンに徹するべきなのだろう。……多分。
「私なりの単純な解釈だけど、エロスは性的な愛、フィリアは精神的な愛、アガペーは自然的な愛。それで、エロスは恋人への愛で、フィリアは友人、アガペーは家族。こう言った解釈を取った場合、君が感じている私に対しての愛もエロスで、私が君に対して感じている愛もエロスになる訳よ。……ま、語感は余り良くないけどね」
まぁ確かに「あなたにエロスを感じています」なんて、どう考えてもいい表現には取れないだろう。
彼女は未だ毛先をクルクルと弄んでいる。これは彼女が何か物事を考える時の癖なのだ。
と、言う事は彼女は何か考えがあって、突然エロスがどうこうと語っているのだ。
では、僕はここで静観する事にする。とりあえず、僕がアクションを起こすのは、彼女の話が終わった後にしよう。
と思ったら、彼女は毛先を弄るのを止め、僕ときっちりと視線を合わせた。その目からは何の感情も見えない。
「でも、エロスと言うものは、肉感的で性的な愛なのよ。それは人に襲いかかる様な愛で、暴力的な荒々しさを持っている。その激しさ故に、精神的というより、身体を含めての全人間的情動な側面を含んでいるの。つまり、エロスの愛は性的な欲求と結びつきが強いということよ。私の考えなら、ね」
ははーん。
何となく、そう、何となくだけど、彼女が何を言いたいか解ってきた。
それでも、僕は口を挟まない。何にせよ、彼女の話は最後まで聞くべきなのだ。
彼女は手元のコーヒーカップに口を付け、喉を潤した。そしてカップをテーブルに置き、また語り始める。
「……恋人間の愛であるエロスが性的な欲求と関わっていて、君が誰かに性的な視線を向けたのなら、それはもう私を愛してはいない、と言う事じゃない? 例えば、今日みたいな女の人に見とれていたり。君はもう私みたいな小さい女はもう飽きたんじゃないの? だから、他人をイヤらしい視線で見る。私以外の人に性を求める。……所詮、男はそう言うものなのよ」
そこまで言って、彼女は黙ってしまった。これは、僕に何か言え、と言う事なのだろう
何やら彼女は好き勝手言ってくれたが、僕は彼女に飽きた、と言う事は全くないし、今日の女性だって、そこまで見とれていたりはしていない。勿論、彼女以外を性的な目で見る事も……まぁしてないとは言えないけど、少なくとも、彼女以外と「そう言う事」をしたいとは特に思わない。全部、彼女と言うフィルターを通した上での、僕の姿なのだ。
……ここで、彼女に「そんな事は無い」ときっぱりと伝える事は簡単だし、事実、彼女もそれを望んでいるのだろう。大体彼女がこう言う癇癪を起した時は、とりあえず僕が適当に謝り、それを彼女が受け入る、と言うパターンなのだ。
だけど、今日ばっかりはそうする事は許容出来ない。
僕は彼女する事なら、彼女の言う事なら、何だって、何時だって、受け入れる事ができる。
でも、僕の彼女に対する愛を否定されるのは、受け入れられない。
僕の彼女への愛は本物で、これは僕自身が良く解っている。
それを、その愛をエロスだか何だか知らないが、誰かに否定されたくないのだ。
それはいくら彼女でも、いや、彼女だからこそ、否定される訳にはいかない。
なら、どうすればいいのか。
答えはもう出ている。
「……いい加減にしろよ」
「え……」
秘技・逆切れである。
僕は普段から余り怒らないし、彼女に対してはそう言った素振りすら見せた事がない。
だが流石に、僕にだってタブーはあるし、踏まれたくない地雷も、確かに持っているのだ。
しかも、何かと理不尽なやっかみが多い彼女である。ここいらで一発かました方が良いのではないか。
加えて、僕は彼女を論破出来る様な口は持っていない。ここは多少強引でも、力技で押すしかないのだ。
無論、彼女に対する愛が冷めた訳では、一切無い。これは所謂愛の鞭なのだ。
彼女を見ると、僕の怒気を感じ取ったのか、すっかり怯えた様子で僕を見ていた。
ヤバい。可愛い。
もっと彼女の怯えさせたい、と言う無意味なサディズムが僕の中に目覚める。
まぁ愛の鞭なんだから、しょうが無いよね!
「君と別れたいとか、君が嫌だとか、僕が言った事、ある?」
「……そ、それは……」
「僕が他の女にデレデレしたとか浮気したとか、一回でもある?」
「…………な、ない」
「いつもいつも何でも無いことで騒いで、いい加減にしろよ!」
「ご、ごめんなさいっ」
僕が勢い良くそう言い、終いにはテーブルを叩くと、彼女がその小さい体を益々縮込ませて、か細い声で、謝罪をしてきた。
ああああああああ!
可愛い。
カワイイ
かわいい。
可愛い!
なにこの可愛い生き物。持って帰りたい。
いや、拙い。このままじゃ僕が変な性癖に目覚めかねない。
そもそもの目的は疑似的な会話SMでは無く、彼女に僕の気持ちを伝える事だ。そこは間違えてはいけない。
そこで僕はすくっと席から立ち上がった。その様子を見て彼女は僕が帰ってしまうのだと思ったのだろう、顔面蒼白で、「ごめんなさい」と呟きながら、首を振っている。
だが、僕は帰る気なんざ毛頭ない。僕は自分の席から少し歩いて、対面に居た彼女の隣に座った。
驚いて僕を見つめる彼女を横目に、僕は彼女手の触りの良い髪の毛に触れて、梳かす。
「あ……」
気持よさそうな声を上げる彼女。彼女は髪を手櫛で梳かされるのが好きなのだ。
僕は彼女の耳元に口をやって囁く。
「よく聞いて……」
彼女は目をぎゅっと閉じて、まだ少し怯えている様子を見せている。
「僕が好きなのは、君だけだよ。本当に僕、君以外の女なんて何とも思ってないよ」
僕は、思いっきり真剣にそう言ってあげた。
「え……」
目をぱちくりさせる彼女。
「ほんとう……?」
彼女は体の力を抜いて、へなへなになって僕にしな垂れかかりながら、聞いてきた。
「本当。僕は君だけが好き。君だけを愛している」
決まった……!
彼女は今や完璧に僕に抱きついて、これまた小さい声で「……私も」とだけ言った。
ごり押しにも程がある、お世辞にもスマートなやり方ではなかったろうが、解決したのなら、それでいい。これで僕と彼女がイチャイチャラブラブ出来るなら、何でもいいのだ。
ふぅ、何はともあれ、これで一件落着かな。
と思ったら。
「ひゅー。兄ちゃんやるじぇねぇか!」
「これはこれは。……君ももっと愛の言葉を私に囁いて欲しいのだけれどね」
「おっと、とんだとばっちりだ」
「うーん、青春だねぇ……」
「カップル爆発しろ」
何やら周りの客がワイワイ騒がしい。
まぁ、最後の方は大声を上げたり机を叩いたりしたから、注目されている事は予想できたのだけれど……
僕は居たたまれなくなり、彼女の手を引いて、店から出る事にした。
流石に羞恥プレイが過ぎる。
恐らく僕の顔も真っ赤になっているだろう。
しかし、会計をしようとレジの前に立つと――
「良いものを見せて貰ったので、御代は結構です」
マスター、見てないで仕事して下さい……!
******
「……ごめんなさい」
「気にしてないよ」
顔を赤くしながら喫茶店を出た僕らは、すっかり日が暮れた街を手を繋ぎながら歩いていた。
「……手を繋ぐと、暖かいね」
「そうだね」
季節はもう冬。その寒さは、生命の温かい灯を吹き飛ばしかねない勢いだ。
だけれども、隣に彼女が居るのなら、僕の心は燃え盛る様に熱く、その手が繋がれている日には、もう太陽の温度も目じゃないんだ。
これからも、願わくはこんな日が続きますように。
僕がそう祈っていると――奇跡が起きた。あまり起きて欲しくない類の奇跡だけれども。
「きゃあ!?」
この声は彼女のものではない。勿論、僕でもない。
僕達の目の前を歩いていた、女性のだ。
――パンチラ。
――パンツ・チラリ。
――パンティー・チラリズム。
――あ、白い。
いや、呼び方はどうでもいいって!
パンツを吟味している場合でも無い!
何これ。
何これ!
何で今日二回もパンチラを見るんだ。パンチラの神様が宿っているとしか思えない。
しかも、今この時は折角彼女を宥めた後なのに。
タイミング考えろ馬鹿野郎。
不意に彼女と繋がれたその手がギュっと力強くなるのを感じる。
恐る恐る隣を見ると、彼女は笑っていた。但し、口だけで。
「……見た?」
「いや、あの見たと言うかあのその、あれだ、エロスでアガペーがフィリアを……」
「見たのね?」
「ハイ見ましたスミマセンでした」
彼女が手を握る力がドンドン強くなる。僕は冷や汗を垂らした。
また僕は謝罪する作業に入るのか……
と一人項垂れる僕。すると。
「……私の事、愛しているんでしょ?」
「……は? え? あ、ああ。それは、勿論」
「……だ、だったら、証明して、み、見せてよ。エ、エロスでも、何でも良いから」
そう言って、彼女は何やらゴテゴテしたネオンが眩しい建物を指差した。
おいおいおいおい。
これは……予想外だった……!
真っ赤な顔。強く握られている手。彼女の息遣い。光を反射している髪。歳不相応な小柄な体型。
彼女の何もかもを頭に焼き付けて、僕は彼女と共に、ネオン輝く建物へ入っていった。
至極当たり前ではあるが、その後の事は勝手に察して欲しい。
ただ、彼女の下着はやっぱり子供っぽいピンクと白地のストライプだった、とだけここに記して置く。
ちなみにこの作品は、主人公がプレイボーイ臭い、と良い評価が貰えませんでした。
確かに、後から見ると、主人公が妙に女慣れしてるな、と思いました。
でもそのまま載せちゃう僕。