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第百一章 右から、四つ目

「右から、です」


俺は言った。


赤城さんの手に、定規があった。


***


箱の中に、十二本入っていた。

長さの順だった。


「……左から、数えた」


「右から、四つ目、と。言って、ました」


赤城さんは、黙ってふたを閉めた。


***


二月九日。火曜日の午後。

鷲尾の家の、書斎だった。


鍵は、黒服が開けた。


***


全部、揃っていた。


本の背は、高さの順だった。

机の鉛筆は、長さの順だった。


ほこりが、なかった。


***


息をするのが、悪い気がした。


***


棚の三段目に、桐の箱が並んでいた。

同じ大きさで、同じ間隔だった。


右から、四つ目。


***


赤城さんが、ふたを取った。

薄い紙をめくった。


面だった。


***


白かった。

木に、白く塗ってあった。


塗りが、ところどころはげていた。


冬至の山で見た面だった。


***


「……つけて、みろ」


***


持った。


軽かった。


裏に、字が彫ってあった。


***


『135°E』


***


ひもだけ、新しかった。


***


つけた。


穴が小さかった。

前が、半分しか見えなかった。


***


「どうだ」


「鬼の、面と。同じです」


「稽古、どおりだな」


***


「鬼の、ほうが。似合うとった」


肩の上で、メレオスが言った。


「角が、ないと。さびしいの」


「要らないよ。角は」


***


面を外した。


箱の底に、もう一つあった。


***


帳面だった。


黒くて、小さかった。


赤城さんが開いた。


***


字は、なかった。

数字だけだった。


左に一つ。右に一つ。


年だった。


***


「席に、就いた、年と」


赤城さんは言った。


「欠けた、年だ」


***


一番上の左が、一八八四だった。


行は、九つあった。

行ごとに、数字の形が違った。


***


前の人の欠けた年を、次の人が書く。


そうやって、続いてきたらしかった。


***


一番下の行は、左だけ書いてあった。

几帳面な数字だった。


右は、空いていた。


***


その下に、線が一本、引いてあった。

定規の線だった。


空の、一行だった。


***


「……次の、人の、欄ですね」


「そうだ」


「俺の、ですね」


「そうなる」


***


引き継ぎは、ここでもちゃんとしていた。


***


赤城さんは、帳面を見ていた。

右の列を、上から指でたどった。


「百四十年」

「不老不死を、探して」

「全員、欠けて、いる」


***


八つの年が、並んでいた。


***


電話が鳴った。

赤城さんのだった。


「……あと、十分、待て」


廊下に出ていった。


***


国の会議は、まだ待っていた。


***


「健司」


メレオスが言った。

帳面をのぞいていた。


「こやつらは。年を、取りとう、ないのか」


「そう、らしい」


***


「取らんのでは、ないぞ」

「止まるんじゃ」


「……止まる」


「入っとる、あいだ、だけじゃ」

「共は。五十六年、止まっとった」

「出たら。また、動く」


***


「知ってたのか」


「わしも。同じ、ものじゃからの」


***


それなら。


「……じいちゃんも」


「できた」


メレオスは言った。


「あやつが、開ければ。わしは、入れた」

「入れば。止まった」


***


「一度だけ、言うた」

「しまいの、ころじゃ」

「開けい、と」


「……じいちゃんは」


「開けん、と」


***


「それから」


メレオスは、少し黙った。


「止めたら。お前の、豆が、増えん、と」


「……豆」


***


「節分の、豆じゃ」

「あやつは、毎年。年の、数だけ、皿に、盛った」

「食うたのは、わしじゃ」

「毎年。一粒、増えた」


***


じいちゃんの皿は、毎年空だった。


うちでは、ねずみのせいになっていた。


***


「あやつは、一つ、頼んだ。わしは、聞いた」

「わしも、一つ、頼んだ」

「あやつは。聞かなんだ」

「……不公平じゃ」


怒っていなかった。


***


円卓が、百四十年欲しがっているものを。


じいちゃんは、豆で断っていた。


***


「健司」

「お主には、入らんぞ」

「頼まれても、入らん」


「頼まないよ」


「わしは。肩で、ええ」


***


戸が開いた。

赤城さんが戻ってきた。


俺を見た。


俺は、帳面の空の一行を見ていた。


***


「書くな」


「書きません」


「書きそうな、顔を、している」


「……欄が、あると。つい」


「書くな」


***


二回、言われた。


***


面を、箱に戻した。

帳面も戻した。


ふたを、閉めた。


箱は、俺が持った。


***


出る前に。


赤城さんは、左から四つ目の箱を、まっすぐに直した。


***


直さなくてもいいのに、直した。


***


三月五日まで、あと二十四日だった。


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