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異世界恋愛短編

婚約破棄されたので帰ろうとしたら、隣国の第一王子に「面白い女」認定されました

掲載日:2026/06/15


「オリヴィア・サトクリフ! お前との婚約を破棄する!」


 蓮の花みたいなシャンデリアの明かりの下、第一王子であり婚約者のベンジャミンが高らかに宣言した。

 彼の隣には、亜麻色の髪をはらりと揺らした令嬢・ローラ。


「お前のような地味な女より、ローラのほうが百万倍可愛い!」

「でしょうね」

「しかも、お前は嫉妬深い!」

「物への執着心はありますけど、嫉妬は別に」

「ローラをいじめていたそうだな!」

「? なんでそういう話になるんですか?」

「言い訳するな!」


 言い訳ではなく、確認をしたいだけなのだが。

 そもそも私は、ローラという令嬢とは三回くらいしかまともに話したことがない。どこの馬の骨かも知らないのだ。

 そんな相手をいじめるほど暇ではないし、暇があるならもっと領地の帳簿を見たり、そろばんを弾いたり、積み上がった書物の消費に充てたいくらいなのに。


「というわけで、婚約は破棄だ!」

「かしこまりました」

「……え?」

「ですから、婚約破棄ですよね。承りました」


 ぺこり、と頭を下げる。

 なのに不思議だ。彼の要求を飲んだのに、ベンジャミンは目を丸くしていた。


「待て待て待て! もっとこう、泣くとか、怒るとかあるだろ!? 婚約破棄だぞ!?」

「いえ、ありませんけど」

「次のセリフとか考えてたのに! せっかくの舞台が台無しじゃないか!」

「妄想が実現できなくて残念ですね」

「お前、本当に俺のことが好きだったのか!?」

「別に」

「別に!?」

「親同士、と言っても、そちらの家が勝手に決めたことですし。そこに愛は、あるとお思いで?」

「……愛が……」

「では、ごきげんよう」


 私は優雅なカーテシーを添えて、その場を去ろうとした。夜会の最中に起きた婚約破棄。周囲の人たちは困惑したような顔で道を開けていく。“人ごみ”という海が割れるような光景は、なんだか前に読んだ神話を思い出したりした。


「実に面白い」


 知らない声が波を割いた。

 振り向くと──そこには、長い銀髪の美青年。


「隣国の第一王子、アンドリューだ」

「はあ」

「オリヴィア。この先、君の行くところはあるか?」

「これから家に帰ります」

「そうではない」

 

 歩み寄られて、右手をすくい取られた。


「婚約を破棄されたなら、俺のとこ来ないか?」

「なぜです?」

「まるで捨て猫みたいだから」

「はあ?」

「いや、失礼。言ってみたかっただけだ」


 などと言いながら、ひとり満足げに微笑むアンドリュー。


「面白い女だと思ったからだ」

「そのセリフ、もう何年も前の恋愛書物の流行りですよ」

「顔も好みだ」

「やっつけすぎません?」

 

 ここでハッと気づく。人ごみが戻った広間は、さらにざわつきが大きくなっていた。

 声高らかに婚約破棄を宣言した第一王子の顔は、茹でダコみたいに真っ赤だった。


「お、おい! オリヴィアは俺の婚約者だぞ!」

「さっき破棄していただろ。鳥頭か?」

「……っ!!」

「鳥の脳はクリーミーでまろやかと聞くが……お前の脳ミソは腐敗臭がしそうだな」

「お前こそ……! その舌には何の旨味もなさそうだな! 家畜以下だ!」


 まあまあ、なんて口の悪い第一王子たちなのかしら。

 付き合ってられないな。

 だから私は、帰ることにした。


 ■■■■■■


 翌日。

 隣国から正式な手紙が届いた。


《昨日の話は本気だ。迎えに行く》


 ああ、なんて雑なのだろう。読まずに食べたほうがよかったのかもしれない。でも、そうしたら仕方がないから返事を書かなければならないだろう。

 そうだ、これはダイレクトメールだ。ちょうどオレンジの皮とか、ピスタチオの殻が捨てられるゴミ袋が作れるチラシのようなもの。

 

 初めてもらったラブレターがこれか。けれど、いつか何かに使えるかもしれない。

 私はそっと机の中にしまった。


 ■■■■■■


 その三日後。

 白馬に乗った王子様が迎えに来た。ガラスの靴の代わりに、薔薇の花束を抱えていた。


「手紙は読んでくれたか、オリヴィア」

「ええ、まあ」

「オリヴィアの両親には、すでに婚約の許可を得ている」

「早いですね」

「第一王子だからな」


 その答えがイコールになるのかはさて置き。ここ数日の食事が豪華だったりした理由は、アンドリューが手回ししていたからなのだろう。


「いいじゃないか。アンドリュー卿と婚約しなさい」

「隣国っていっても馬車で半日もあれば行けるし。お母さんも賛成よ」


 どう口説かれたのか、本当に両親もこの婚約に賛成しているようだった。

 まあでもベンジャミンとの婚約は解消されたし。

 なにより、アンドリューの国は当国より治安も良く、財力も政治力もある。観光地もたくさんあり、都会的だ。そんな国の第一王子との婚約を拒む親なんて、きっといないだろう。


「前のより百万倍よさそうね」

「それな」


 などという親の会話は聞こえていないふりをした。

 というわけで。私は隣国へ嫁いだ。


 ■■■■■■


「ようこそ、オリヴィア。今日からここが君の家だ」

「ありがとうございます」


 アンドリューが抱えてきた薔薇の花束よりも鮮やかなドレスに身を包んで、私はカーテシーを添えた。


「俺の親は別邸にいる。好きに使ってくれていい」

「ありがたいですね」

「家はたくさんあるからな」

「そうですか」


 真にありがたいのは、嫁姑問題が起きないから、なのだが。そこは言わないでおこう。


 ■■■■■■


 暮らしはじめて数日。

 無駄に広い家だと思ったが、住んでみたら快適だった。


 朝起きれば、シェフ特製の美味しいご飯が用意されている。

 それから、アンドリューの財政管理の手伝いをする。

 仕事が終われば、これまた贅沢で美味しい夕食が振る舞われる。

 寝る前に、掘り起こしたという温泉に浸かる。

 シルクの寝巻きに着替えて、ふかふかの寝具で眠る。


「信じられないくらいのお姫様待遇ですね」

「当然だ。オリヴィアは俺の姫だからな」

「姫は姫でも、いばらのような棘がある姫ですよ」

「いばら姫か。なら、王子様のキスで目覚めさせてやらないとな」


 いたずらっぽく笑いながら、アンドリューがふいに顔を寄せてくる。さらりと長い銀髪が頬に触れた瞬間──ぱちん、と彼の額を目掛けて指を弾いた。


「……!」

「だから、いばらみたいな棘があるって言ったじゃないですか」


 にこりと微笑みを返す。


「王子様なら、いばらをかき分けるくらいの覚悟は必要ですよ」

「なるほど」

「まだ序の口です」

「実に面白い女だ」


 懲りもせず笑うアンドリュー。不思議と、この関係は嫌いではないと思えてきていた。


 ■■■■■■


 一方その頃。

 オリヴィアの元婚約者である第一王子、ベンジャミンはというと。


「オリヴィアがいなくなってから仕事が終わらない!」


 机に突っ伏して嘆いていた。

 当たり前だ。全部、オリヴィアがやっていたのだから。


「ローラ! 君も手伝ってくれ!」

「わたくしには、さっぱりわかりませんわ」

「は」

「お茶会しかしてませんもの」

「え」

「ベンジャミン様の仕事ではありませんか」

「お前だって、女なんだからできるだろう!? オリヴィアは平然とやってたぞ!?」

「……! 現婚約者の前で、昔の女の名前を出すなんて……信じられませんわ!」

「いや、そういうつもりじゃ」

「では、どういうおつもりで!? 『女なんだから』とは!?」

「あ、いや……。言葉のあやというか。少し手伝ってほしいな、なんて」

「嫌ですわ! それに、『君は笑っていてくれるだけでいい』と仰ったのはベンジャミン様ではなくて!?」

「う……」

「わたくし、これからお茶会がありますの! 失礼しますわ」


 ローラが退室するのとすれ違いに、形相を変えた側近が部屋に入ってきた。


「殿下!」

「……何だ」

「隣国との貿易が……止まりました……!」

「なぜ!?」

「オリヴィア様が管理していましたので!」

「え」

「あと、財政管理も! 外交文書の翻訳も!」

「ええ?」

「全部、オリヴィア様が!」

「……ええええ!?」


 素っ頓狂な叫び声が響いた。

 どうやら知らなかったらしい。かくいうオリヴィアも、ここまでやっていたとは自覚はしていなかっただろう。仕事は苦ではなかったし、世界のことが知れるのようで楽しくもあったのだから。


「オリヴィアを呼べ!」

「無理です」

「なぜ!?」

「隣国で幸せそうです。毎日」


 ■■■■■

 

 アンドリューとの生活にも慣れてきた頃。


「オリヴィア」

「何です?」

「家をもう一つ建てようと思う」

「いりません」

「海が見える家を建てたい」

「……海、ですか」

「いいだろ」

「ちょっと考えます」

「源泉かけ流し温泉つき」

「考えを改めてみます」

「オリヴィアの意見も取り入れたい。そこで子どもたちに囲まれながらすごそう」

「……悪くないですね」


 そんなやり取りをしながら、私たちは平穏に暮らした。


 ちなみに。

 隣国に嫁いでからしばらくの間、元婚約者からのダイレクトメールが山のように届いていた。

 内容は割愛するけれど、ちょうどオレンジの皮とか、ピスタチオの殻が捨てられるゴミ袋が作れるようなもの。エコだな、と思いながらきっちり山折り谷折りをしていった。


 ■■■■■


 私は今日も仕事をして、美味しいご飯を食べて、温泉に浸かって、隣で笑う夫を見ながら思う。

 婚約破棄されるのも案外悪くないな、と。


 そして元婚約者は──この日も報告書の前で頭を抱えて動けなくなっていた。


「誰か……オリヴィアを……。オリヴィアを呼んでくれ……」


 疲れ果てたベンジャミンは、オリヴィアの幻を追い求めているのだった。


お読みいただきありがとうございました!

オチはヒロインの名前がある名曲のフレーズを参考にしました


海の見える家に住みたい作者の願望です

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