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ラスト・ラングナー 〜第七王女が家族全員ブチのめす〜  作者: 斜ー


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3/3

後編

 氷獄の回廊に、不協和音が満ちる。


 アマリアのベヒモス、ヒュドラが沈み、その巨体から立ち上る魔力の残滓が凍りついていく中、リザは一点を凝視していた。


「……ねえ、リザちゃん。ヒュドラを仕留めた一撃、とっても素敵だったわ。私にも出来るかしら?」


 氷柱の影から現れた第四王女リルルト・ラングナー。その瞳の奥には底知れない深淵が広がっている。


 彼女は、血を流して倒れる姉アマリアには一瞥もくれず、ただ熱狂的な眼差しを末妹のリザへと注いでいた。


「リルルト姉様……いつから?」


「最初からずっとよ。瞬きするのも忘れるくらいに。貴女の筋肉がどう収縮し、どの神経が魔力を伝達させて、その一撃を完成させたのか……ああ、たまらない。リザちゃん貴女は本当に私の『最高傑作』となるに相応しい素材だわ」


 リルルトは頬を赤らめ、ねっとりとした笑みを浮かべる。


「……悪いけど、姉様のコレクションに加わるつもりはないわ。私は、もっと強い相手と戦いたいの」


 リザが冷たく言い放つと、リルルトはクスクスと、喉を鳴らすように笑った。


「わかってるわ。だからこそ、大好きなリザちゃんの望みを叶えてあげたいの。今の貴女はあまりにも脆い。人間という器に縛られている。でも私の手で、その魂をより『効率的』な容れ物に移し替えてあげれば、貴女は永遠に、誰にも負けない最強の戦士として、私の隣で戦い続けられるのよ?」


 リルルトが指を鳴らす。


 背後の氷壁から、音もなく這い出してきた五体の人造人間キメラが戦闘態勢をとる。


 それらは先ほどアマリアが召喚した獣とは、全く種類の違うものだった。人の形を保ちつつも、関節の数が異常に多く、皮膚は硬質な魔導合金で覆われている。


「この子たちはね、私の愛の結晶よ……さあ、リザちゃん。貴女の強さの秘密を、私に詳しく教えてちょうだい」


「相変わらず趣味が悪いわね、リルルト姉様」

 

「──行きなさい、リザちゃんに愛の抱擁を」


 リルルトの穏やかな声。それが開戦の合図だった。


 五体のキメラが一斉に跳躍する。その動きには、生物特有の「溜め」がない。筋肉ではなく、内蔵された魔導機関による定速かつ超高速の突進。


「……クッ!」


 リザは右腕の負傷を庇いつつ、氷の床を蹴った。


 先頭のキメラが、肘から飛び出した刃を振るう。


 リザは首を最小限に傾け、刃を回避。同時に、左手の掌底をキメラの胸部に叩き込む。


【ミニマリズム】・浸透波。


 内臓を粉砕するはずの一撃。


 だが、手応えが違う。


「……何!? これ!?」


「無駄よ、リザちゃん。その子の内部は流体金属で満たされているわ。衝撃は瞬時に全身へ分散される……貴女の得意な『一点突破』は通用しないの」


 リルルトは戦況を冷静に分析しながら、楽しそうに実況する。


 彼女は焦らない。リザがどれほど強力な技を繰り出そうとも、それを「観察データ」として取り込み、即座に対策を講じていく。


 キメラたちの連携は完璧だった。


 一体がリザの視界を遮り、二体が左右から退路を断つ。そして残る二体が、死角である頭上と足元から同時に襲いかかる。


「……ハッ!」


 リザは空中で身体を捻り、独楽のように回転した。


 遠心力を乗せた回し蹴りが、頭上のキメラの頭部を捉える。


 衝撃でキメラの首が不自然に曲がるが、それでも動きは止まらない。痛みを持たない兵器は、頭部を破壊されない限り、あるいは動力源を断たれない限り、攻撃を止めない。


 リザの戦闘服が、キメラの刃に掠めて裂ける。


 白い肌に、赤い筋が走る。


「ああ……美しい……リザちゃんの血……ねえ、もっと見せてよ、もっと。それから貴女の絶望する顔が見たい。極限状態の貴女が、どんな『ミニマリズム』を導き出すのか、私に教えて?」


 リルルトは戦場の中心に立ちながら、一切の防備を固めていない。


 だが、リザにはわかっていた。あの姉の周囲には、目に見えないほど細く、そして強靭な「呪糸(じゅし)」が張り巡らされている。不用意に近づけば、蜘蛛の巣に絡まった蝶のように、一瞬で自由を奪われる。

 

 ──戦闘開始から三分。


 リザは防戦一方に見えた。五体のキメラの猛攻を紙一重で避け続け、カウンターを打ち込むが、決定打には至らない。


「どうしたの、リザちゃん? 動きが鈍くなっているわよ。あ、もしかして、右腕がもう限界かしら?」


 リルルトが、愉悦に満ちた声を上げる。


 リザの右腕は、先ほどのヒュドラ戦での負傷により、感覚が麻痺し始めている。キメラたちの攻撃を避けるたびに、その傷口が開き、体力が削られていく。


 が、リザの蒼い瞳の中には、冷徹なまでの「意志」が灯っていた。


(……五体。それぞれの魔導機関の同調率は、九十八%。制御しているのは、リルルト姉様の指先にある指輪ね)


 リザは、ただ避けていたわけではない。


 わざと攻撃を受け、わざと隙を見せることで、リルルトがキメラたちに送る「制御信号」のパターンを解析していたのだ。


「マルコ、言ったわよね。戦いとは、相手の呼吸を知ることだって」


「左様でございます、お嬢様。しかし、あのような物に呼吸はありますのでしょうか?」


 影で見守るマルコが、静かに答える。


 リザはニヤリと笑った。


「いいえ。動いている以上、そこには必ず『リズム』があるわ」


 リザが、一気に加速した。


 これまで見せていた速度を遥かに凌駕する、文字通りの「瞬身」。


 キメラたちの刃が、リザの残像を切り裂く。


「……!?」


 リルルトの眼鏡が、一瞬だけ驚きに曇る。


 リザが向かったのは、キメラたちではない。


 リルルト自身でもない。


 氷獄のドームを支える、巨大な氷柱。


 リザはその一本に、左拳を叩きつけた。


「──【ミニマリズム】・共鳴連破」


 ドォォォォォォォンッ!!


 氷柱が砕け散る。


 だが、ただ壊れたのではない。砕けた氷の破片が、リザの魔力を帯びて「特定の周波数」で振動しながら、空間全体に飛散した。


 キメラたちの動きが、一瞬だけガクガクと不自然に止まる。


「ジャミング? 氷の破片を共鳴させて、私の通信を阻害したの?」


「姉様のキメラ、完璧すぎて隙がないのよね。だから、『ノイズ』を混ぜてあげたの」


 リザは着地することなく、次の氷柱へと跳んだ。


 二本目、三本目。


 次々と破壊される氷柱。空間全体が、リザの放つ魔力振動によって狂い始める。


 制御を失ったキメラたちが、互いに激突し、自壊していく。


「あはっ……あはははは! 凄い! 最高よ、リザちゃん! 環境そのものを武器に変えて、私のシステムをオーバーロードさせるなんて! まさに戦いの天才ね! 私の愛するリザちゃん!」


 リルルトは、制御を失ったキメラたちの残骸の中で、狂おしそうに笑い続けた。


 彼女は、自分の不利な状況すらも、リザの「才能」を確認できた悦びとして享受しているのだ。

 

 残るキメラは、あと一体。


 リザは、その一体の頭部を足場にして跳躍し、ついにリルルトの前方へと着地した。


 呪糸の罠。


 リルルトが指を動かそうとした瞬間、リザは自身の血液──右腕から流れている自らの血を、リルルトに向かって散らした。


 血の飛沫が、目に見えない呪糸に付着し、その輪郭を露わにする。


「……そこね」


 リザは糸のわずかな隙間に、その華奢な身体を滑り込ませた。


 関節を自在に脱臼させ、骨格の形を変えながら、針の穴を通すような精度でリルルトの懐へ。


「──捕まえたわ、姉様」


 リザの右拳が、リルルトの鼻先に突きつけられる。


 動かないはずの右腕。


 だが、リザは麻痺した筋肉を、「紫電」による強制的な神経刺激で無理やり動かしていた。


「……あら」


 リルルトは、目の前に突きつけられた拳を見つめ、静かに微笑んだ。


 その瞳に、恐怖はない。


 あるのは、ただ深い、深淵のような愛情と執着。


「……打たないの? リザちゃん。ここで私を壊してしまえば、貴女はまた一歩、皇帝の座に近づくのよ?」


「言ったでしょ。皇帝になんて興味ない。でも、あんたを殺せば、もう二度とあんたの『実験体』として追い回されることもなくなるわね。それは、悪くない選択かも」


 リザの拳に、殺気が凝縮される。


 本気だ。


 リザは、この狂った姉を、ここで始末するつもりだった。


 だが。


 リルルトは、リザの右拳を、愛おしそうにそっと手で包み込んだ。


「……いいわよ。壊して。貴女になら、私はどうされても構わない。貴女の一部になれるのなら、それは私の本望だもの」


 リルルトの瞳が、怪しく光る。


「でもね、リザちゃん。この右拳はまだ私には届かない。私は弱いリザちゃんじゃなくて、強いリザちゃんが好き。次に会う時は、もっと、もっと面白い『絶望』を用意してあげる。覚えておいてリザちゃん……私は貴女の中から永遠に消えることはないから」


 リルルトは、リザの耳元で、甘く、毒を含んだ声で囁いた。


「それから、今回の『遺言の儀』……私はね、リザちゃん。貴女が最後に誰と戦い、どんな顔をして壊れるのか、それを最前列で見るために参加したの。だから、ここは一旦引いてあげる」


 リルルトが懐から取り出したのは、転移の魔導具。


「それ(宝珠)は、あげる。でも、『貸し』よ? 私の可愛いリザちゃん」


「──待ちなさい、リルルト姉様!!」


 リザの拳が振り下ろされる直前、リルルトの身体は紫色の光に包まれ、その場から消えた。


 後に残されたのは、リザの荒い呼吸と、冷え切った聖域の空気だけだった。

 

「……逃げられたわ」


 リザは、力の抜けた右腕をだらりと下げ、氷の床に座り込んだ。


 勝利。


 だが、心の中には、勝利の達成感よりも、拭いきれない「不気味さ」が残っていた。


 リルルト・ラングナー。


 彼女は一度も、本気を出していなかった。


 五体のキメラも、呪糸も、全てはリザの「強さの秘密」を暴くための試金石に過ぎなかったのだ。


「お見事でした、お嬢様。ですが、リルルト様は仰いましたな。『次に会う時』と」


 マルコが歩み寄り、リルルトのいた場所を見つめながら続ける。


「あの方は、おそらくこの儀式の『終着点』を既に見据えておられる。リザお嬢様、貴女という存在、その全てがあの方の食卓に並べられようとしている。厄介な方に目をつけられたものですな」


「……わかってるわよ。あの変態姉様のことだもの……でも」


 しかしリザは、不敵に笑った。


「次に会う時、私があの人の予想をさらに超えていればいいだけでしょ? 面白くなってきたじゃない。まさかあんな底の知れない化け物が、家族の中にいたなんてね」


 リザは宝珠をマルコから受け取る。


 その結晶は、リザの魔力を受けて、不気味に、そして美しく輝いている。


 北の聖域、氷獄の回廊。


 その最初の試練を乗り越えたリザだったが、彼女はまだ気づいていなかった。


 リルルトが仕掛けた罠が、物理的なものではなく、リザ自身の「強さへの渇望」そのものを利用した、より狡猾なものであることに。


「……行きましょう、マルコ。次は、スタウフ兄様ね。あのお堅い魔導師様も、リルルト姉様くらい楽しませてくれるかしら?」


「さあ、それはどうでしょう。ですが、スタウフ様はリルルト様とはまた別の意味で、『合理的』な御方ですからな」


 主従の影が、吹雪の中に消えていく。


 その様子を、遥か彼方、帝都の実験室から、リルルトはモニター越しに、恍惚とした表情で見つめていた。


「……ああ、リザちゃん。貴女のその闘争心、その瞳……本当に素敵よ。早く、私の実験台の上で、その全てを暴かせてちょうだいね」


 帝国の継承戦は、一人の狂った「愛」によって、さらに歪な形へと変質していく。


 最強の戦闘狂と、最凶の狂人。


 その決着は、まだ遥か先にある。


 リザ・ラングナーの「遺言の儀」は、まだ始まったばかりだ。


【完】

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