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ラスト・ラングナー 〜第七王女が家族全員ブチのめす〜  作者: 斜ー


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中編

 帝国北端。そこは空そのものが凍りついたかのような、死の静寂が支配する地だ。


「氷獄の回廊」と呼ばれるその聖域は、そびえ立つ氷柱が迷宮のように入り組み、吸い込む空気さえも肺を切り裂く刃と化す極寒の世界。


「……寒い。けど、悪くないわね」


 リザ・ラングナーは、氷の床を軽やかな足取りで進んでいた。


 彼女の服装は、先ほどと変わらぬ軽装の戦闘服に、厚手のマントを羽織っただけ。常人ならば数分で凍死する環境だが、彼女の体内を巡る膨大な魔力が、血液を沸騰させ、極寒を相殺している。


 背後には、雪の上を一歩も乱さず歩くマルコの姿があった。


「お嬢様、この先の気流が乱れています。強力な魔力が空間を歪めていますな。第五王女アマリア様……既に到着されているようです」


「わかってるわ。この鼻を突くような、獣の臭い……アマリアのペットたちが、お腹を空かせて待ってるみたい」


 リザが視線を上げた先、氷のドーム状になった広大な空間が開けた。


 そこには、巨大な魔法陣が幾重にも重なり、その中心に一人の女性が立っていた。


 第五王女、アマリア・ラングナー。


 紫の髪を高く結い上げ、露出の多い真紅の魔導衣を纏った彼女は、手にした長鞭をしならせながら、侵入者――リザを見て冷笑を浮かべた。


「あらあら、一番最初に来たのが、あの『脳筋の末っ子』だなんて。お父様の遺産に興味はないんじゃなかったの? リザ」


「遺産なんてどうでもいいわ、アマリア姉様……ただ、ここに一番乗りすれば、あんたの自慢の『オモチャ』と遊べると思っただけよ」


 リザはマントを無造作に脱ぎ捨てた。


 その下にあるのは、極限まで鍛え抜かれたしなやかな肢体。


 アマリアは忌々しげに目を細めた。


「相変わらず不愉快な子ね。その野蛮な筋肉も、今日で終わりよ……出なさい、我が忠実なるしもべ! 氷結の蹂躙者、アイシクル・ベヒモス!」


 アマリアが鞭を氷床に叩きつけると、空間が割れた。


 次元の裂け目から現れたのは、体長十メートルを超える巨獣。全身を硬質な氷の鎧で覆い、六本の脚と、あらゆるものを粉砕する巨大な角を持つ特級モンスターだ。


「グオォォォォンッ!!」


 咆哮一つで、周囲の氷柱が粉々に砕け散る。


 その圧倒的な質量と魔力の奔流を前にして、リザは――笑っていた。


「……いい。最高よ。これなら、いい準備運動になりそうね」


 笑みを浮かべ、肩を回しながら悠然とベヒモスへと歩み寄るリザ。

 

「殺れ、ベヒモス!」


 アマリアの号令と共に、巨獣が動いた。


 その巨体からは想像もつかない瞬発力。氷の床を蹴り、一瞬でリザの頭上を巨大な前足が覆う。


 ズドォォォォンッ!!


 爆鳴と共に、氷の床がクレーター状に陥没した。


 だが、そこにリザの姿はない。


「遅いわよ」


 ベヒモスの鼻先に、リザは浮いていた。


 正確には、前足が振り下ろされる直前、その風圧を逆に利用して跳躍し、巨獣の頭部へと肉薄していたのだ。


「フッ!」


 リザの右拳が放たれる。


 魔力を一点に凝縮し、衝突の瞬間にのみ爆発させる技法。


 ガキンッ、という硬質な音。


 ベヒモスの眉間を覆っていた厚さ五十センチの氷甲が、蜘蛛の巣状にひび割れた。


「……硬いわね。流石は神獣の末裔ってところかしら」


「フン、無駄よ! ベヒモスの氷甲は、物理衝撃を九割カットする。貴女のような小細工なしの殴打など――」


「九割カット? じゃあ、あと十倍の威力で叩けば砕けるのかな? それとも……」


 リザの瞳に、冷徹な計算の光が宿る。


 彼女の戦闘スタイルは、ただの力任せではない。


 相手の防御膜の固有振動数、骨格の結合点、魔力の流れの継ぎ目。


 それらを瞬時に解析し、最小の力で最大の破壊をもたらす。


 ベヒモスが苛立ち、その全身から無数の氷柱つららを弾丸のように射出した。


 回避不能な弾幕。


 リザは空中で身を翻し、飛来する氷柱の側面に軽く手を触れた。


「なっ……!?」


 アマリアが目を見開く。


 リザは飛来する氷柱を避けるのではなく、その推進力を利用してさらに加速し、弾幕の中を縫うように、まるでダンスを踊るかのような優雅さで突き進んでくる。


「マルコが言ってたわ。戦いとは、相手の力を奪うことじゃない。『合流』することだって」


 リザの体が、ベヒモスの懐に潜り込む。


 巨獣が防衛本能で魔力を暴走させ、周囲の温度を絶対零度まで下げようとする。


「【最適解ミニマリズム】――浸透波」


 リザの掌が、ベヒモスの胸元に柔らかく触れた。


 一見すれば、愛撫のような弱々しい一撃。


 だが次の瞬間、ベヒモスの巨体が内側から大きく波打った。


 ドォォォォンッ!


「グ、ガ……ッ!?」


 巨獣の背中から、衝撃波が突き抜けた。


 外側の氷甲は無傷。だが、リザが放った振動は氷の鎧を透過し、内側の臓器と魔導回路をダイレクトに粉砕したのだ。


 ベヒモスが膝をつき、氷の床に沈む。


「……嘘でしょ? 私のベヒモスが、たった一撃で……?」


 アマリアの顔から余裕が消える。


 リザは着地し、乱れた髪を無造作にかき上げた。


「次、出してよ。もっと骨のあるやつ。召喚術師のアマリア姉様が、たった一匹で終わりだなんて言わないわよね?」


 ──間合いを取り、しばらく見つめあう二人。


「……いいわ、認めてあげる。貴女は確かに、ただの出来損ないじゃなかったようね」


 アマリアの瞳に、本物の殺意が灯る。


 彼女は懐から、禍々しい紫色の魔石を取り出した。


「でも、これはどうかしら? 古代神獣召喚契約――『双頭の氷獄蛇(ヒュドラ)』!」


 アマリアが自らの指を噛み切り、魔石に血を捧げる。


 瞬間、聖域の魔力が一箇所に収束し、先ほどのベヒモスを遥かに凌ぐ圧力を伴って、二つの首を持つ巨大な蛇が現れた。


 その蛇が吐き出す息は、触れるもの全てを「時間ごと凍結させる」という呪いの氷。


「リザお嬢様、少々厄介ですな」


 後方で見守っていたマルコが、初めて警告の声を上げた。


「あの氷息ブレスに触れれば、魔力循環そのものが凍結します。そうなれば、お嬢様の『最適解』も発動できなくなる」


「わかってる。触れなきゃいいんでしょ?」


 リザは口角を吊り上げた。


 恐怖はない。あるのは、困難な課題を突きつけられた時の、子供のような純粋な興奮。


 ヒュドラの二つの首が、左右から同時にブレスを放つ。


 絶対零度の奔流が、リザを逃げ場のない挟み撃ちにする。


 リザは動かない。


 目を閉じ、周囲の空気の流れを感じる。


 魔力が凍りつく直前、そのわずかな「密度の変化」を。


「……そこ」


 シュッ、とリザの姿が消えた。


 いや、消えたのではない。


 氷息が衝突する直前、そのわずかな対流の隙間に、針の穴を通すような精度で身を滑り込ませたのだ。


「なっ、消えた……!? どこ――」


「上よ、アマリア姉様」


 アマリアが見上げた時、リザは既にヒュドラの右側の首の真上にいた。


 手には、いつの間にか一本の短剣が握られている。


「そんな小さな刃物で、ヒュドラの外皮を――」


「さっきより堅そうだけど……神経節ポイントを叩く」


 リザは空中で短剣を逆手に持ち替え、ヒュドラのうなじにある、魔力が最も集中する一点へと突き立てた。


 ただ刺すのではない。短剣を媒介にして、リザ自身の全魔力を「針」のように細く、鋭くして流し込む。


「ギ、シャアァァァァッ!!」


 右側の首が狂ったようにのたうち、そのまま急速に石化――いや、自らの魔力で自らを凍結させ始めた。


「自壊……!? 自分の魔力を暴走させて、凍らせたというの!?」


「魔力の流れを少し『いじって』あげただけよ。逆流させれば、自分の技で勝手に凍る……次は左ね」


 リザは凍結した首を足場にして跳躍し、もう一つの首へと肉薄する。


 だが、アマリアも黙ってはいない。


「舐めるなッ!!」


 アマリアの鞭が、蛇の動きと連動してリザの退路を断つようにしなる。


 鞭の先には、魔力を吸い取る呪具が仕込まれている。


 リザは空中で体を不自然に捻り、鞭を回避。


 だが、その瞬間、左の首が至近距離から最大出力の氷息を放とうと、大きく顎を開いた。


 ゼロ距離。


 回避は不可能。


「――終わりよ、リザ!」


 アマリアが勝利を確信した、その時。


 リザは、逃げるのをやめた。


 逆に、ヒュドラの口の中へと、自ら突っ込んだのだ。


「お嬢様!?」


 流石のマルコも、目を見開く。


 リザは口内で荒れ狂う極寒のエネルギーの渦中、右拳を限界まで引き絞った。


「――【ラングナー流・体術】」


 紫の雷が、リザの右腕に収束する。


 皇族のみが使える、身体能力を爆発的に高める秘術。


 彼女はそれを、単なる強化ではなく、「拳の硬度を分子レベルで固定する」ために使用した。


「――三式・魔甲拳!」


 ドォォォォォォォンッ!!


 ヒュドラの頭部が、内側から爆発した。


 氷の破片が四散し、聖域全体が大きく揺らぐ。


 巨大な蛇の体が、力を失って崩れ落ちていく。


 その爆煙の中から、リザがゆっくりと歩み出てきた。


 右腕の服は破れ、肌からは血が滲んでいるが、その瞳はかつてないほどに輝いている。


「……ふぅ。今のは、ちょっと危なかったかなぁ」


 リザは軽く腕を振り、凝り固まった筋肉をほぐした。


「……ありえない……私の、私の最高の召喚獣が……」


 アマリアは膝をつき、呆然とヒュドラの残骸を見つめていた。


 召喚術師にとって、召喚獣の敗北は自らの死に等しい。彼女の魔力は底を突き、もはや戦う力も気力も残っていなかった。


 リザはアマリアの目の前まで歩み寄り、冷たく、だがどこか満足げに告げた。


「アマリア姉様。あなたの召喚獣、悪くなかったわ。特にヒュドラだっけ……あれって神獣? 神獣を召喚しちゃうなんて、さすがはアマリアお姉様。危なかったなぁ、本当に死ぬかと思ったわ」


「……リザ、貴女。どうして、そこまで……」


「言ったでしょ。私は皇帝になんて興味ない……でも、強者と本気で戦えるこの『儀式』だけは、思いっきり楽しみたいの。それだけ」


 リザはアマリアの背後に安置されていた、青白く光る「神獣の核」を無造作に掴み上げた。


 一つ目の宝珠。


 北の聖域、氷獄の主の力が宿る結晶だ。


「こんなビー玉、本当はいらないけど、一応私が預かっておくわ。文句があるなら、もっと強いペットを捕まえてから、取り返しに来なさいよ」


 リザが踵を返した、その時。


 カツン、という乾いた音が氷獄に響いた。


「……素晴らしい。実に素晴らしいよ、リザちゃん。君の筋肉の躍動、魔力の制御……どれをとっても一級品、最高だよ」


 氷柱の影から、一つの影が現れた。


 ショートボブの髪、眼鏡の奥で怪しく光る瞳、そして不敵な笑み。


 第四王女、リルルト・ラングナー。


 彼女は手に、怪しく光る注射器と、奇妙な形状の暗器を弄んでいた。


「……リルルト姉様。覗き見なんて、趣味が悪いのね」


 リザが身構える。


 先ほどのアマリアとの戦いで、リザの魔力も無傷ではない。


 そこへ、万全の状態の第四王女リルルト・ラングナーが現れたのだ。


「あら、ごめんなさい。あまりにリザちゃんが可愛くて、つい見惚れちゃったの……ねえ、リザちゃん。そのボロボロになった右腕、私が『改造なお』してあげましょうか? 痛くないわよ……ただちょっと、一瞬だけ、地獄を見るだけだから」


 リルルトの背後から、数人の人造人間キメラが音もなく這い出してくる。


 それは、かつて帝国の反逆者や罪人だった者たちを、彼女が弄り回して作り上げた、痛覚を持たない兵器だ。


「リザお嬢様、連戦になりますな。お怪我の状態はいかがです?」


 マルコが静かにリザの隣に立つ。


 リザは、滲み出る血をペロリと舐め、獰猛な笑みを浮かべた。


「……最高よ。腕が一本動かなくなってからが、本当の修行たたかいだって、あんたが教えてくれたじゃない」


 リザは、手にした宝珠をマルコへ放り投げた。


「マルコ、それ持ってて……さあ、リルルト姉様。あんたの気味の悪いオモチャ、全部壊してあげるわ!」


 極寒の氷獄に、再び戦いの火蓋が切って落とされる。




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