星系を取りますわ
「従いもせず敵対もしないとはどういうことだ! こんな無茶を放置すれば税も物流も止まり星系ごと飢えるぞ!」
ジェドが声を荒げました。
戦艦一隻だけの武装勢力が領有宣言しても、こうなるのは当たり前でしょうに。
『アマリリス男爵も感謝を表明してはいますがそれだけですな』
「王家に追放されたわたくし相手に非難声明もなしですわね? 大変結構ですわ」
予想外に好感度が高いですわ。
今もジェドにしがみつくようにして宇宙港に留まる令嬢のおかげかしら。
小動物めいた雰囲気があるのに、わたくしに対して決死の覚悟の牽制の視線を向けてくるのは少しびっくりです。
ジェドはただの部下なのですけどね。
「だが、いくらなんでもこれは……」
華麗な近衛のパイロットスーツから、民間用の頑丈さ一辺倒のパイロットスーツに着替えたジェドが頭を抱えます。
相変わらずパイロット向きの体ですわね。
「戦艦一隻のみの武装勢力に対する評価なんてこんなものですわ」
わたくしは宇宙港全体を表示したディスプレイを見上げます。
奴隷市場関係者が全員逮捕されたことが知れ渡った結果、到着するはずの宇宙船はすべてキャンセルされました。
「爺」
『はい。接収した船の改造は順調です』
映像が切り替わります。
レッドシャークの「刀身」部分が円柱に変わった宇宙船が、宇宙港のドックに5隻並んでいます。
「麺棒?」
令嬢がぽつりとつぶやきました。
わたくしとジェドがじっと見ていることに気付いて、顔を赤くしてジェドの背中に隠れます。
「この宇宙港に本格的なドックがあったのか」
ジェドが発言して空気を変えました。
「装甲の張り替えが精一杯の簡易ドックですわ」
『犯罪者から接収した艦20隻を分解して再構成したのがこの5隻でございます。レッドシャークからレガリア・スピアを抜いて装甲と加速を半分にして、倉庫を詰めるだけ積んだ設計ですな』
設計からドックの運用まで全部してくれた爺が、少しだけ自慢げに語ります。
ジェドは、頭痛をこらえるかのように眉間を揉み始めます。
「残りの15隻はどこにあるんだ」
「余った武装は宇宙港の追加武装にしました。使い道のなかったパーツは倉庫の中ですわね」
「宇宙船に乗りたくても乗れない貴族子弟がどれだけいると……。いやいい、リゼルカが滅茶苦茶なのはいまさらだ」
ジェドはそこで一旦口を閉じ、真剣な表情でわたくしを真っ直ぐ見ました。
「これからどうする」
「それはわたくしのセリフですわ。ジェドがわたくしの部下を続けるなら、これまでの働きに対する報酬としてドルフィン級武装輸送船一隻を与えます。ジェドには他の4隻を率いてもらいます」
「俺は、既に戦死あつかいか裏切り者あつかいだろうが、近衛だ」
ジェドは絞り出すような苦しい声で、しかし最後まではっきりと発言します。
嘘偽りを口にしないのは好感を抱けますわ。
……令嬢、わたくしに対する視線が痛いですわね。
「王家から討伐艦隊が来るまでで構いませんわ。それに、入り婿でも嫁取りでも、船はあるほどいいですわよ?」
令嬢の表情と目つきが穏やかになりました。
ジェドを使って男爵家を支配下に置くのが、一番面倒が少ないかもしれませんわ。
「分かった。しばらく世話になる。最初は宇宙港の防衛か?」
「奴隷から解放した人間の中に、船を所有していないパイロットが何人かいます。雇われパイロットとして勧誘し、星系内の輸送に従事させなさい」
ジェドの端末に計画を送信すると、数秒で理解したようでした。
部屋住みの三男が近衛パイロットになれた理由が、よく分かります。
しかしジェドは動けません。
「この方の護衛はどうすればいい」
「わたくしが引き受けます。悪いようにはしませんわ」
ジェドは鮮やかな敬礼をする。
わたくしが主君としてひとつ頷くと、生身であるのにとんでもない速度でドックへ走って行きました。
「あ、あの」
令嬢が怯えています。
わたくし、人生のほとんどを宇宙船か宇宙居住地で過ごしてきたのですが、地表に住む小動物はこのような感じなのでしょうか。
「心配しなくても、傷一つつけずに親元へ帰してあげますわ。もっとも」
わたくしの口から小さな息がこぼれます。
演技ではありません。
「帰ってから無事に済みそうにないのが問題ね」
「な、何をするつもりなんですかっ」
オークション会場で売られそうになっても、泣いたりうずくまったりしなかったのがよく分かる態度ですわね。
ジェドにはもったいないかしら。
「あなたがアマリリス男爵のもとへ帰っても、犯罪組織に売り飛ばされないようにするつもりよ」
「えっ?」
令嬢は混乱して目を瞬かせました。
『この星系は事実上、犯罪組織の支配下にあります』
爺が立体映像で姿を現し、音声付きで説明を始めます。
それまで待機状態だったディスプレイに、ここ数十年の星系内情勢が図解入りで表示されました。
『王家が統治を放置し、惑星ごと、大陸ごとの領主が抗争を始め、不利になった領主が援軍のつもりで招き入れた傭兵がいわゆる宙賊ギルドだったようですな』
「他星系の賊とも繋がりがあるようね。王家が討伐艦隊を送り込んでくる前に片付けたいところだけど」
ジェドにとりにいかせたのは推進剤やエネルギーに必須の希少物資だ。
星系内で採取可能な小惑星は、すべて賊や賊の息のかかった勢力が占拠している。
表向きは貴族家の傘下を名乗っているのがタチが悪い。
星系内抗争で疲弊した貴族家には、犯罪組織に対抗するための力がないのだ。
「どうして、いえ、どこまで知って……」
奴隷として売られる直前でも張っていた意地が消え、静かに涙を流していた。
「ジェドが」
「ジェドさんには言わないでください!」
これはすごく勘違いされている気がしますわ。
「私はジェドさんに助けてもらいました。だからもういいんです。助けられただけの娘として、ジェドさんの前から消えますからっ」
『お嬢様。この方、強制されてではありますが、いくつかの犯罪に関わっているようですぞ』
爺は音声を使わず、仮面を介して文章で情報を伝えてきました。
宮殿のセキュリティには通用しないとはいえ、数世代前の技術をそのまま使っているこの星系なら爺のクラッキングで情報はいくらでも手に入ります。
「わたくしが統治を始める前の犯罪で責めるつもりはありません」
「でもっ」
「それはそれとして、わたくしからの要求がありますわ」
わたくしは仮面の下で目を細めます。
令嬢が、びくりと体を震わせました。
「ジェドが好きなら、言葉にして伝えることね。婚約者でなくても付き合っていれば、部下の配偶者候補としてあなたを守ることができます」
色恋に鈍いわたくしでも、この子がジェドを強く思っているのは分かりますわ。
「何、を……」
令嬢は息を呑んで、それ以上何も言えなくなりました。
『お嬢様。ジェドの艦隊が資源惑星周辺で賊の艦隊と交戦したようです。被害は2番艦が小破。全艦、採掘済みの資源を回収後に帰還すると報告が届きました』
爺が音声で報告します。
令嬢は、ジェドの無事を知って安堵しています。
「近衛艦とは艦特性がまったく異なる艦を率いて大勝利ですか。実に素晴らしい」
ジェドが勝利したなら、戦場に出てこないレッドシャークを故障したと思い込んだ別の賊が宇宙港を襲ってくるはず。
今度は不意打ちではなく真正面から賊を倒し、誰が一番強くて偉いか教えてあげなくてはね。
「宙賊ギルドも男爵の背後も、まとめて掃除しますわ!」
●第05話「宙賊ギルドを潰しますわ」
「リゼルカ・レッドシャークが命じます」
支配者は、支配される者に気持ち良く行動させるのも仕事のうちですわ。
良い政策を掲げ、美しい姿と声で命令を伝えるのは義務です。
「撃ちなさい。賊の船を一隻落とすたびに、星系は平和に近づくのです」
宇宙港ひとつであればわたくし一人で操作可能ですけど、常にわたくしが宇宙港に居続けることはできません。
ですから、志願者に宇宙港の対空兵器を任せているのです。
徹底的に分業すれば、短期間の訓練でも最低限の仕事はできるはずですわ。
『攻撃が始まりましたぞ!』
自称民間船の一部が輝きます。
宇宙港に取り付けたばかりのレーザー砲塔から照射を受けているのです。
「狙いをつけるのにずいぶんかかったわね」
わたくしの実家の星系なら、一般課程で学んでいる子供でも倍は早く狙えますわ。
『領民に武器を持たせない方針なのかもしれませんな』
「意図は分かるけど好みではないわ。社会全体で力を合わせないと、社会の維持も難しいでしょうに」
ミサイルなどの質量兵器は、敵船が残骸という名の質量兵器になったときに備えて温存中です。
光速のレーザーなら、質量兵器よりは狙いが付けやすいという理由もあります。
指定航路を外れて宇宙港への衝突コースにいる複数の宇宙船から、暗号化されていない通信が一方的に送りつけられてきました。
「助けてくれ! 俺は何もしていない!」
「ここどこ? なんで僕ここにいるの!?」
対空兵器を操作していた者たちが動揺します。
意図してではないのでしょうがレーザーの狙いが外れてしまいました。
「爺。敵艦の内部の映像を」
ディスプレイの隅に、薄暗く粉塵も舞っている船内が表示されます。
元気に助けを求める被害者の姿などどこになく、薬物か機械で「加工」され、命令された通りに船ごと宇宙港にぶつかるつもりの人々です。
「宇宙船の操縦室は救命艇がわりになるほど頑丈です。衝突前に船を破壊すれば、この者たちは助かるかもしれません」
これで撃てないなら、わたくしが遠隔ですべての兵器を操作するだけです。
もっとも、宙賊を憎んでいる者が、ただ震えているなんてありえませんわ。
わたくしの発言で罪悪感を減らされた者たちが攻撃を再開します。
レーザーによる急激な加熱で装甲が解け、パーツとパーツの接続部分も脆くなります。
『敵艦の進路がずれましたぞ!』
残骸というには元の姿を残した敵船が、宇宙港から逸れて遠くへ飛んでいきます。
近くの惑星の重力を振り切れるほどの速度はないので、後で回収しても生きてはいるでしょう。
『お嬢様。船のオーナーが、お嬢様が盗難船を撃破したと言いがかりをつけてきております』
なかなかの経済力を持つ星間企業のようね。
実際は宙賊の隠れ蓑でしょうけど。
「宇宙港への攻撃を宣戦布告なき奇襲攻撃と判断します。賠償金を即座に支払うなら許すと伝えなさい」
『直ちに!』
「わたくしの傘下に入った人間の家族を人質にして何かを要求してきたら、宙賊や関連組織の人間の処理を始めなさい。やり方は分かっているわね?」
『人命消費は節約して、精神的に最大限の衝撃を、ですな。昔を思い出しますな』
爺は教育AIですが、レッドシャークでわたくしと一緒に戦った結果、戦闘と戦闘に関わるあれこれも得意になっているのです。
休止状態のディスプレイにジェドの上半身が映ります。
無精髭なのは、激務で身だしなみの時間も確保できていないからでしょう。
「家族が宙賊の民間人に手を出すのか? それはさすがに……」
ジェドはしぶります。
適度な倫理観がある方が部下として使い易いですから、わたくしにとっては嬉しい反応です。
「驚かせるだけですわ。名目だけ民間人で実際は宙賊の人間を、有効に使って脅してやりなさい」
『現場判断も推奨しますぞ。ネットの情報がすべて真実とは限りませんからな』
「好きに言ってくれる。……だが分かった。任せられた戦力分は働く。……念のため聞くが、そちらの身内は大丈夫か。宙賊ギルドの手は長いと聞くぞ」
ジェドが真剣な表情で言います。
わたくしは、ジェドに詳しい自己紹介をしていないことをいまさら思い出しました。
「ヴァルティノア星系のヴァルティノア家に手を出せる組織なら、宙賊なんてせず表側の世界で活躍してますわ。心配は無用です。戦果を期待していますよ」
ジェドは疑問はまだあるようですが納得したようで、敬礼をしてからドルフィン艦隊を率いて出航しました。
艦隊の現在地はこの星系における宙賊ギルドの拠点近くですから、すぐに結果が出ることでしょう。
『お嬢様。ヤイアール輸送の代理人と名乗る者から通信要求が届いております。しかも超光速通信ですぞ!』
故障していない超光速通信機材は貴重品です。
レッドシャークに積んでいるのも受信用機材だけですわ。
「聞き覚えがありますわね。確か……実家の近くで活動していた輸送業者でしたか?」
王都星系に入ってからは貴族生活に慣れるので忙しく、重要度の低いことはほとんど忘れてしまいました。
パイロットに必要な技術と知識は全部重要ですから覚えてますけどね。
『このヤイアール輸送という企業、なかなか強力なセキュリティを使っているようです』
爺が一般的な情報しか引き出せないということは、かなりの技術ですわね。
わたくしは、髪と仮面の位置を直してから宣言します。
「繋ぎなさい」
通信用ディスプレイに、商人の服装をしていても暴力の気配を隠しきれない男が映し出されます。
これは、軍人ではなく賊ですわね。
しかし、この男、なんとなく顔に覚えがあるような気がするのですよね……。
「この星系はわたくしの管轄です。宙賊ギルドが何の用件かしら」
カマをかけるつもりで口にしました。
わたくしの支配領域では存在すら許すつもりはありませんが、領域外まで潰しに出かけている余裕はないですものね。
男の顔面が、痙攣するかのように動きました。
ぐる、と聞こえたのは、ひょっとして男の胃腸が悲鳴を上げた音でしょうか。
「ヴァルティノアの赤サメが、なんでこんなところにいるんですかい」
顔を青白くして、部下を呼んで薬を持って来させているようです。
何人か映り込んだ部下は動揺を隠せていません。
「古い呼び名を知っていますわね。今はレッドシャークですわ」
当時は赤サメの方が格好良いと思っていたのですわ。
あ、思い出しました。
「ずいぶんと白髪が増えていますが、実家の近くの星系で密輸していた船の船長ではないですか。宙賊ギルド所属でしたのね」
「殺しかけた相手にずいぶんなご挨拶ですな。まあ、それは今はいいんです。ギルドを通して援軍に呼ばれはしやしたが、この星系が赤サメの縄張りなら話は別だ。あっしらヤイアール輸送は手を引きやす」
わたくしが攻撃するつもりなら反撃はする、という覚悟を感じますわね。
爺が集めてくれた情報によると、ドルフィン級換算で三隻程度の戦力ですか。
正面から戦うなら三倍でもレッドシャークで一蹴できますが、妨害に徹されるとかなり面倒ですわ。
「わたくしが逃がすと思って?」
「いくら赤サメでも、リングを通って立ち去る直前の艦隊には追いつけんでしょう。……ああ、ようやく一矢報いることができやした」
わたくしが内心むかついていることに気付かれましたわ!
「そう怒らんでください。未踏星系の調査ができるレベルの凄腕パイロットに敵対するなんて、辺境の人間なら賊でもしません。いかれてますよ、王都星系の連中は」
『未踏星系から技術と資源を回収できるかどうかで、軍事や福祉にまわせるリソースが大きく変わりますからな。私も、王都周辺の価値観には、少々言いたいことがありますぞ!』
宙賊と爺が意気投合しているようにも見えるわね。
機械があれば容赦なく殺し合う仲なのだけど。
「勝ち逃げしたら後が怖いので情報を差し上げやす。この星系の賊を潰すために、王国の治安維持艦隊が動き出してやす。連中は赤サメのことは知らないので……まあ、お元気で」
リングを通過したらしく、通信が完全に途切れました。
「隣領の親友が治安維持艦隊に就職してますから、あまり気が進みませんわ」
わたくしが全力で攻めても落としきれなかった艦とパイロットが自然に思い出されます。
王都では温い相手ばかりでしたし、久しぶりに彼女相手に模擬戦をしたいですわ。
『お嬢様と王家の関係が破綻している以上、治安維持がこの星系に到着すれば宙賊と治安維持の両方が敵にまわりますぞ。ところでお嬢様、先程から、ジェド艦隊に捕虜を取られた宙賊が泣き付いてきていますぞ』
「捕虜ではなく、宙賊の被害者から守ってあげているだけなのだけどね。投降するなら家族の命は保障すると伝えなさい。家族と宙賊の関係を公開する気はないけど、そのことには気付かせないでね」
『お任せください!』
これで、この星系に巣くう賊は半減しました。
次の戦いが始まる前に、純粋な戦闘艦も揃えなくてはね。




