近衛艦隊、迎撃しますわ
「レッドシャーク、全力加速……っ!」
操縦室の慣性制御機構でも打ち消しきれない加速が、わたくしを操縦席に押しつけました。
胸も重くて息をすることもできません。
『艦の速度が光速の10%に到達しましたぞ』
加速が止まる。
全身にのしかかる重さがぐっと軽くなり、わたくしは口を開けて呼吸できるようになりました。
「追っ手の状況は?」
『大型艦が11隻、こちらへ接近中です』
数が多いのは、わたくしを確実に生け捕りにするためでしょう。
なお、推進器から出た推進剤が近衛艦隊に向かっています。
艦に積み込める物資は有限ですから、嫌がらせのつもりでぶつけてやろう、程度の気持ちでした。
「あら?」
近衛艦隊を覆う範囲まで広がった推進剤が、そのまま近衛艦隊に接触します。
砂粒未満でも、亜光速なら致命傷ですわ。
無色だったシールドが薄く発光して推進剤を受け流したのは、近衛艦隊の11隻のうち5隻だけでした。
進行方向に円錐の先端を向けたような形の近衛艦が、半ばまでを抉られています。
装甲の断面や潰れたレーザー砲の残骸の無残な姿がディスプレイに拡大表示されました。
『敵艦が近くにいるのにシールドも張っていないとは! パイロット養成課程なら一発退校ですぞ!』
「シールドを維持するためのエネルギー消費を嫌ったのかしら」
爺の怒りを横目で見ながらレッドシャークのシールドを展開させます。
既に加速は終えたので艦の「尻」の外側に展開しても、推進剤がぶつかるようなことはありません。
『お嬢様。愚かな敵はその愚かさ故にとんでもないことをしでかすものですぞ』
爺の態度に嘲りはなく、実際に過去に起こった悲劇を回想するような雰囲気があります。
わたくしの教育係だった頃の気分が抜けていませんわね。
ただの推進剤で大損害を受けた近衛艦隊ですが、無事だった艦の動きはなかなかでした。
加速してレッドシャークを追いながら隊列を再編し、レッドシャークの推進剤がかからない位置でシールドを解除したのです。
『お嬢様。メイン推進器にレーザーが照射されています』
艦外を映すディスプレイに、発光するシールドが見えました。
この距離ならすごく減衰するはずですのに、シールド維持にエネルギーを食う威力です。
「レーザーは回避できませんものね」
『星系内での超光速移動手段は、未だに目処すらついていませんな』
「それは残念。……敵艦は光速の11%ですか」
近衛艦隊の方が少しだけ速い。
このままでは追いつかれてしまいますわね。
「迎撃ですわ! 爺、近衛艦隊以外に対する警戒を任せます」
「柄」の左右の推進器を使って艦を半回転させ「赤い剣先」を近衛艦隊に向けます。
シールドで覆われていない装甲がレーザーに炙られて、少しずつ融けていきます。
「異様な加速力はシールドをほとんど積んでいないからか! 降伏するなら命だけは助けてやるぞ!」
暗号化されていない通信が一方的に送りつけられてきました。
「宇宙に捨てるつもりだった方々が? 卑しい優しさですこと」
性根は隠せていませんけどね!
「レガリア・スピア発射準備」
『即時発射可能は2番のみです』
「ひとつ使えるなら十分ですわ」
「柄」の左右の推進器でレッドシャークの向きを微修正します。
この兵器、レンズで自由に狙いを変えることができるレーザーと違って、艦の向きを変えないと狙えないのですわ。
「この距離で我らの守りを打ち抜けるものか!」
勝利を確信した近衛が勝ち誇る。
喜べるのは今だけですわよ。
「我が誇り、我が力、その身で味わわせて差し上げますわ」
その言葉が発射の合図。
「赤い剣先」の先端の輝く金の紋章の一部が、瞬時に消えて丸い穴だけが残りました。
『お嬢様。王家の飼い犬に礼儀を教えて差し上げましょう』
金の先端を持つ紅の「棒」が、黒い宇宙を突き進みます。
狙いは、先程の通信を送って来た推定「近衛艦隊旗艦」です。
「体当たりする気か!?」
的外れな返答と、レガリア・スピアが敵艦を貫いた映像が同時に届きました。
亜光速で飛んでくる、戦闘艦の装甲と同じ素材の「棒」を防ぐ機能は、シールドにはありませんもの。
「馬鹿な」
穴が空いた敵艦からの通信が途絶えます。
残っていたシールドも薄れて見えなくなります。
そして爆発。
衝撃に耐えられずに内側から弾け、残骸が飛び散ります。
『お見事でございます。お嬢様。本艦の速度が光速の13%に達しました。減速のための推進剤は、残量の4割でございます』
王家の勢力圏から出るまでは補給は困難ですわ。
今のうちに近衛艦隊を撃破できれば後が楽だったのですが、仕方がありません。
わたくしはレッドシャークの向きを少し変える。
既に四隻しか残っていない近衛艦隊は、「赤い剣先」から逃れるように横向きに加速して推進剤を浪費しました。
「このまま王都星系を脱出します。近衛以外の迎撃は?」
『宇宙港で発進準備を進めているところですな』
「……この国、わたくしが倒す前に倒れるかもしれないわね」
結婚すれば実家になるはずだった宮殿を最後に見てから、わたくしは星系の外を目指すのでした。
☆
惑星や宇宙居住地から離れると、パイロットは基本的に暇ですわ。
つまり、パイロット以外の仕事をする時間というわけです。
『お嬢様。護衛部隊の方々から通信が届いています』
わたくしは、神妙な態度でうなずきました。
近衛に襲われている状況で、レッドシャークにわたくしの危地と居場所を伝えてくれたのです。
きっと、大変なことになっているでしょう。
「お嬢様、これまでお世話になったっす!」
「王都屋敷にあった物は言いつけ通り、お嬢様名義の退職金としてもらっていきますね!」
超高価金属塊を背中にくくりつけた護衛部隊が、近衛に追われながら地表の空港を襲撃していました。
護衛以外にも、実家から覚悟を決めて着いてくれた使用人が走っています。
「お嬢様もお元気で!」
カメラを構えたまま地表の宇宙港へ乗り込み、アイドリング中だった宇宙船からパイロットと乗客を追い出して発進する。
びっくりするほど鮮やかな手並みです。
「見事です。報酬に見合う良い働きでした」
わたくしの「追放」で混乱する王都星系をわたくしとは逆方向へ逃げ出す彼らに、わたくしは賛辞と別れの言葉を贈るのでした。
『お嬢様。そろそろですぞ』
ガラスの宮殿から丸一日以上。
王都星系の外縁部にそれがあります。
大型の宇宙船が複数並んで通過できる大きさの円環です。
ときどき、円環に囲まれた空間が揺れて、他星系から超光速移動してきた宇宙船がこの星系に出現しています。
「殿下と結婚した後は一生この星系で暮らす予定だったのですけどね」
つい、感傷的になってしまいました。
『教育AIである私としては、お嬢様の類い希なるパイロットの才能が浪費されずに済んで安堵しております。……結婚後に喧嘩別れして飛び出すよりマシだったでしょうし』
わたくしは爺に反論しようとして、反論するための言葉が見つけられませんでした。
そんなわたくしの気も知らず、王子に命令されたらしい警備艦隊が守りを固めていました。
まだわたくしを追っている近衛の艦と比べると、装甲の厚さも、搭載された兵器も、塗装の色までも控えめです。
「ハイパーレーンに通じるリングですか。これほどの品を、本当にわたくしたちの先祖が作れたのでしょうか」
帰還を諦めて加速しても光速に到達できないわたくしたちと、航路は限定されるとはいえ超光速が可能なリングでは、技術の次元が違います。
『お嬢様の作る国でなら、新造にも手が届くと期待しておりますぞ!』
「研究者のための環境は整えるつもりだけど……」
警護艦隊は及び腰ですわ。
レッドシャークの真正面は徹底的に避け、かなり遠くからレッドシャークの「柄」をレーザーで狙ってきます。
進路変更用の推進器を破壊されたらレガリア・スピアは使えなくなりますから、この戦法は間違ってはいません。
「レッドシャークの両脇にシールドを展開。このままリングに突入して隣の星系に向かいます」
敵からのレーザーはシールドで防ぎ、レッドシャークに少数搭載されている小型レーザーで進路上のデブリを攻撃する。
いくつか機雷がまじっていたようで、短時間に浴びせられたエネルギーに耐えきれずに爆発していました。
『ハイパーレーンに突入しますぞ!』
わたくしとレッドシャークはリングを通り、王都星系に別れを告げます。
このときはまだ、わたくしが建国予定の星系が、普通の商人が奴隷を扱う星系とまでは知りませんでした。
最初から知っていれば、粛清で流れる血がちょっとだけ減っていたかもしれません。




