追放されたので自由ですわ
「リゼルカ! 汝を追放する!」
銀髪紫目の王子様が堂々と宣言します。
それがわたくしに対してでなければ、目の保養なのですけどね。
「婚約者に対しての発言とは思えませんわ。冗談では済みませんわ」
わたくしたちがいるのは静止軌道に浮かぶガラスの宮殿。
広大で透明な床ごしに、青い星と黒黒とした宇宙が見えました。
「抵抗しても無駄だ。汝の護衛部隊には近衛隊が向かっている」
「あら。本気ですわね」
追放――つまり死刑ですわ。
追放の理由は、決闘をしすぎたからかしら。
王子様に庇われる位置で怯えている子の親族は、わたくしを獲物と勘違いして襲ってくる馬鹿ばかりでした。
あの者たちから得た略奪品を、本来の持つ主である「あの者たちの犠牲者」へ引き渡すのは、最高に気分が良かったですわ!
「捕らえよ!」
王子の命令に従い、重武装の衛兵たちが古代鎧っぽいボディアーマーを鳴らしながらわたくしを取り囲みます。
両手で鎮圧用の武器を即座に使わないのは、わたくしを物として回収して使うつもりなのかしら。
「みなさま、揺れと酸素にお気をつけて」
透明な床を通して見える黒い宇宙に、極小の赤い点が現れ、そして爆発的に巨大化しました。
細長い板というより古代のロングソードに似た形で、柄の部分から推進剤を撒き散らしながらまっすぐにこちらへ飛んできます。
「王都星系で未確認艦だと!?」
「蛮族の艦ではないか!」
失礼な。
この星系に来るまではわたくしの乗艦だった、レッドシャークですわよ!?
「……あら?」
ちょっとだけ速すぎる気がしますわ。
目元を隠す仮面をさっと装着すると、レッドシャークから送信された映像が、目の前の情景に重なる形で表示されました。
『お嬢様、ご健勝のようで爺は嬉しゅうございます。……速すぎる、でございますか?』
視界のすみに文章が表示されました。
わたくしは手のひらの内側に隠した入力装置で指示を送りながら、少し前まで婚約者だった王子を振り返ります。
「殿下。ここの床、宇宙船に体当たりされた程度では破れませんわよね?」
「何を言っている! 貴重な透明装甲に体当たりする無法者など王都星系にいるわけが……あっ」
なんですのその「ここに馬鹿かつ無法者がいた」なんて慌てた表情は。
追放という最悪の宣戦布告がされなかったら、ぶつかる前に衝突回避の命令を送信してましたわよ。
『減速を行い速度を半減させますぞ。おそらく亀裂も生じませんので、対デブリレーザーで脱出口を開けるまで時間を稼いでくだされ』
「みなさま! 安全な場所へ走った方がいいですわよ」
わたくしは仮面の右端に触れて別の機能を起動する。
体表から拳一つぶんほどの厚さのシールドが展開されて、衛兵の武器以外のものも防ぐ強力な盾となる。
「衝突するっ」
誰があげた悲鳴かは分からなかった。
船首である、ロングソードの先端部分が、果実にナイフを突き刺したかのように透明な床を貫いたのです。
空気漏れと宇宙線対策が万全な区画を狙ったから万一があっても人死はないはずです。
ですが、王国の誇る宮殿がこんなに脆いなんて予想外ですわ!?
「おのれリゼルカ! なんという暴虐をっ」
床から突き出した「赤い剣先」が、わたくしと元婚約者を物理的にさえぎっています。
「赤い剣先」の先端で、翼を持つサメ紋章がきらりと光っていました。
「空気が漏れるぞぉっ」
野次馬貴族が慌てて逃げだします。
隔壁が、落ちるような速度で降りてきますわ。
『式典区画の封鎖が完了しましたぞ』
仮面が見せる映像では、ただ一人、髪型もドレスも乱れていない「わたくし」が、冷たい笑みを浮かべていました。
表情を作るのが苦手なだけなのですが、こうしてみるとなかなかの迫力ですわね。
わたくしは、この星系に来てから初めて満面の笑みを浮かべました。
「では殿下、わたくしはこれでお暇します。ああ、この場で殺害しようなどとはしませんわ。わたくし、いきなり追放してくる方とは違って、文明人ですもの!」
既に空気は半分近く抜けて、断罪の場に残っているのはわたくしと王子と衛兵のみ。
これならいけますわね。
『引き抜きますぞ!』
ロングソードの「柄」にある推進機が激しく光る。
逆噴射。亀裂だらけの床が耐えきれず、砕け散って宇宙へ吸い出されました。
わたくしは個人用シールドと酸素発生装置で無事です。
受け止めるようにわたくしの前に回り込んだレッドシャークの装甲に「着地」して、非常用ハッチから中に入って厳重に施錠します。
「爺!」
『救命カプセルは射出済みでございます』
「近衛! 封鎖だ! 賞金をかけろ! あの女を――生かして連れて来い!」
酸素が尽きそうになって衛兵にカプセルの中へ押し込められましたわね。
救命は義務。ついでに負け犬の遠吠えまで聞けるとは、一石二鳥ですわ。
「戻って来られたわね」
久しぶりの艦内はほこりっぽいのに、どこまでも懐かしい。
心と体から緊張が消えて、肩が軽くなり、目が少し熱くなりました。
さて。
安全になった後は、動かないとね。
「星系が封鎖される前に辺境星域へ向かいます」
口の端が釣り上がります。
目とは別の熱が、腹の底から沸き上がってきます。
婚約と「貴族令嬢の立場」という二つの鎖が消えました。
宙賊から艦を奪って艦隊を編成するのも、住民に過酷な暮らしを強いている領主を排除し星系を支配することも、すべてわたくしの自由!
「――紅き戦艦で、銀河を取りに参りますわ」
続きが気になったら、ブクマで追って頂けると嬉しいです!
※本作も完結まで書き切る予定です。
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前作(完結済/全87話・約44万字):https://ncode.syosetu.com/n5457ku/




