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一つの傘、二つの歩み

同じ雨、同じ傘……もしかするとあの時から、七瀬は黒沢陽翔という人間を知り始めたのかもしれない。

翌日。

登校の途中、春人の頭にはまだ昨日のカフェでの出来事が残っていた。


自分の言葉は、雫にとってあまりにも冷たかったのではないか。

彼女は友達だと言ったのに、自分はそれを否定してしまったのだから。


【でも……俺たちはそんなに親しくない】

春人は歩きながら、小さく呟いた。


【謝った方がいいのか……いや、謝るだけなら悪くない】


彼の胸の奥は妙に重く、足取りさえ少し鈍っていた。


―――


教室に着くと、雫はいつものように隅の席に座っていた。

だが、その姿はどこかぎこちなく見えた。


春人の姿に気づいた瞬間、彼女は慌てて顔を背ける。

長い髪がふわりと揺れ、白い頬が赤く染まっていく。


だが春人には、その仕草が「怒り」や「嫌悪」にしか見えなかった。


【やっぱり……俺を嫌ってるんだ】

胸の奥がきゅっと縮み、鞄の紐を強く握りしめる。


迷った末、春人はゆっくりと雫の机の横に立った。

「あの……昨日のこと、悪かった」


「え? えっと……何が?」

雫は慌てて振り返る。その瞳は揺れ、頬は熱を帯びていた。


「昨日の言葉……君を傷つけた気がする」


雫はしばし黙り、目を瞬かせた。

そんなことで謝るなんて、春人らしくない。


心の奥に小さな温かさが広がる。

――この人は、意外と優しいのかもしれない。


「……別にいいよ。もし友達になってくれなくても。私には友達、たくさんいるから」

雫はわざと軽い調子で言った。


「……そうか。なら、よかった」


春人はそれ以上何も言わない。

ぎこちない空気が流れ、二人の間には小さな壁が立っているように感じられた。


雫はそんな春人を見て思う。冷たくて意地悪に見える彼の奥には、きっと何か温かいものが隠れている――と。

けれど、彼自身はその温もりを信じていない。


【やっぱり俺には……誰も必要ない】

春人は心の中でそう呟いた。


―――


放課後。

天気予報では「晴れ」だったはずが、空からは容赦ない雨が降り出した。


校門の前。

傘を持っていない雫は、立ち尽くして空を見上げた。


「もう……どうしてこんな時に」

制服の袖に水滴が落ちる。心なしか、冷たさが胸にまで染みてきた。


「走って帰ろうかな……家で横になりたいし」


彼女は決意し、勢いよく雨の中へ駆け出した。

濡れたアスファルトに水飛沫が跳ね、髪はすぐにびしょ濡れになった。


――後ろでその姿を見ていた春人は、ただ立ち止まったまま。

【雫……どうして走るんだ】

そう思いながらも、足は動かない。


結局、雨が強すぎて雫は途中で諦め、公園の木の下で雨宿りをする。

制服は肌に張り付き、冷たい滴が頬を伝った。


「はぁ……やっぱり無理だった。もう全身ぐちゃぐちゃ」

彼女は息をつき、両手で髪を絞る。


その時、視線の先に立つ人影に気づいた。


「……黒川? こっちを見てる?」

「どうして……あんなところに立って」


灰色の空の下、春人は傘を片手に持ちながら、じっと彼女を見ていた。

そして無言で歩み寄る。


「どうして雨の中を走ってたんだ」


「傘を忘れたから」


間の抜けた問いと、間の抜けた答え。

二人の言葉は、まるで噛み合わなかった。


春人は小さくため息をつく。

本当は、もっと自然に声をかけたい。だが、言葉は思うように出てこない。


「あの……よかったら一緒に……」


「え? 一緒に……何を?」


「ひとつの傘で、帰ろう」


雫は一瞬、目を見開いた後、思わず笑いそうになる。

――どうしてそんなに不器用なんだろう。


けれど胸がほんのり温かくなった。

「……うん。いいよ」


二人はひとつの傘を分け合いながら、雨の道を歩き出す。

雨音が、どこか優しい調べに変わっていくようだった。

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