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彼を見つめる瞳

さらに若々しい母の登場で場は混乱し――雫の胸は、知らぬ間に小さく震え始めていた。

暖かいオレンジ色の灯りに照らされたカフェの中で、春人はいつもと違って見えた。

落ち着いていて、整っていて、丁寧な所作。まるで雫と彩香をただの客として扱うかのように。


「お水です。ご注文がお決まりでなければ、お呼びください」

春人はグラスをテーブルに置きながらそう言った。


雫は思わず黙り込む。

えっ……これ、本当に黒澤くん?


「は、はい……ありがとう」

雫は慌てて答えた。


彩香が身を乗り出し、囁く。

「ねえ雫、黒澤って、すごくイケメンじゃない?」


「べ、別に……特別なところなんてないでしょ」

そう言い張りながらも、雫の視線は春人から離れなかった。


彼が別のテーブルを丁寧に拭いている姿を、じっと見つめてしまう。

どうして……こんなに気になっちゃうの……?


その時――


「こんにちは」

不意に声がして、テーブルの横に若い女性がしゃがみ込んでいた。雫をじっと見つめ、にこりと笑う。


「きゃあっ……!」

雫は飛び上がるように驚き、彩香も目を丸くする。


「な、なんでここに……びっくりしたじゃないですか!」


「ふふ、ごめんなさい。ただ気になっちゃって。だって、あなたがずっと春人を見てるから」


「は、春人を……?」


えっ……もしかして彼女? まさか春人の好みって……年上のお姉さん……!?


「母さん、お客さんを困らせないで」

春人が苛立った声を上げる。


「えっ……母さん? ちょっと待って……この人、黒澤くんのお母さん……?」


「ごめんなさいね。でもあなた、とても魅力的だから」

女性は悪びれもなく笑った。


春人によく似た顔立ち。

黒澤杏奈――春人の母親は、どう見ても親子とは思えないほど若かった。


「初めまして。黒澤杏奈、春人の母です」

彼女はにこやかに名乗る。

「あなたは春人のお友達?」


「は、はい……まあ、そんな感じです」

雫は戸惑いながら答えた。


「違う。俺に友達なんていない」

背後から春人の冷たい声が飛ぶ。


な、なんなのこの男!? 私みたいな友達がいても誇らしくないわけ!?


「じゃあ……もしかして、あなたは春人の彼女?」


「なっ……ち、違います! 私と春人はそんな関係じゃ……!」

雫の顔は一気に真っ赤に染まる。


「母さん、もうやめてくれ」

春人は苛立ちながら母を店の奥へ引っ張っていった。


雫はうつむき、胸の鼓動が速くなるのを感じる。

どうして……私、こんなにドキドキしてるの……?


「雫、大丈夫?」

心配そうに彩香が声をかける。


「な、何でもないよ……」


雫は気づいていなかった。

その心が、少しずつ春人に傾いていることに。



---


カフェを出ると、夕方の風が頬を撫でた。

だが雫の顔は、まだ熱を帯びたままだった。


「雫……」

彩香がにやにやしながら肘でつつく。

「さっき、震えてたよね?」


「ち、違う! そんなことない!」

雫は慌てて否定する。


「でも顔は真っ赤。目もずっと黒澤くんに釘付け……ばればれだよ」


「うぅ……なんで私……」

雫は唇を噛みしめる。


「大丈夫、誰にも言わないよ。でもね、雫……もう認めちゃいなよ。黒澤のこと、好きでしょ?」


「な、なに言ってるの彩香! そ、そんなわけないでしょ!」

声を上げながらも、心臓の鼓動はますます速くなる。



---


一方その頃。

客が引いた店内には、コーヒーの香りが心地よく漂っていた。


春人は黙々とテーブルを拭き、杏奈は椅子に腰かけて頬杖をついている。


「春人、さっきの子、可愛かったね」

悪戯っぽく笑いながら、杏奈が言う。

「私が若かったら、惚れてたかも」


「母さん、客に余計なことを言わないでくれ。恥ずかしいだろ」


「ふふ。でもさ、あんた……いつもより真剣だったよね。学校の時とは違って」


春人は無言のまま、雫が座っていたテーブルをちらりと見た。

「……ただの仕事だ。それ以上でも以下でもない」


杏奈は意味ありげに微笑む。

「ふーん……でも、なんだかこれから楽しくなりそうな気がするわ」


春人は答えず、ただ黙々と片付けを続ける。

だが胸の奥には、自分でも否定できないざわめきが残っていた。

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