学校では見せない顔
学校では陰気でぼんやりした少年、黒沢陽翔。
いつもひとりで、誰とも話さず、七瀬しずくの気を引こうとしても無関心な態度。
しかし、週末に訪れたカフェで見た彼の姿は、学校での彼とはまったく別人のようで——。
その変貌にしずくは驚き、心の奥でなぜか胸がざわつく。
彼の本当の姿とは、一体どんなものなのだろうか——。
数日が経っても、七瀬しずくは相変わらず黒沢陽翔に敵意を向けていた。
視線が合えば、必ず睨みつける。
だが、陽翔はまったく気にしていない。ただ肩をすくめて、自分の世界に閉じこもるだけだった。
彼女がちょっかいを出しても、彼は無関心。
消しゴムを隠されても、背中を鉛筆で突かれても、椅子を引かれても——。
陽翔の態度は風のように無反応だった。
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その日の朝は数学の授業だった。
陽翔はこの科目が得意ではない。黒板に並ぶ複雑な数字を、ぼんやりと眺めるだけ。
「はい、この問題を解ける人は前に出てください」
先生がチョークを持ちながら全員を見渡す。
教室は静まり返った。
誰も手を挙げない。難しい問題で、しずくでさえ自信がなかった。
そんな中、陽翔がゆっくりと手を挙げた。
クラスの視線が一斉に彼に集まる。
「いいぞ、黒沢。前へ」
先生が微笑む。
ところが——。
「あの……トイレに行きたいんです。問題を解くためじゃなくて」
陽翔は頬をかきながら困った顔をした。
「……そう。じゃあ行ってきなさい」
先生は軽く咳払い。
くすくすと笑い声が広がる。
しずくは腕を組み、呆れたように小さくつぶやいた。
「何よあの男……賢いと思ったのに」
「しずく、なんでいつも黒沢のこと見てるの?」
前の席に座る親友・瀬名彩香が振り返る。
「へっ!? 見てないわよ! 別に興味なんかないし!」
しずくは慌てて顔をそむけた。
「え……そうなの?」
彩香は首をかしげるしかなかった。
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昼休みになった。
教室はお弁当の香りと賑やかな声でいっぱいになる。
だが、陽翔の姿はなかった。
彼はカバンを持ち、ひとり静かに教室を出ていく。
しずくはそれを見逃さなかった。
——そういえば、彼が弁当を持っているところを一度も見たことがない。
「ごめん、あやちゃん。今日、一緒に食べられない」
しずくは突然立ち上がった。
「えっ? なんで?」
彩香は驚いたが、しずくは説明もせず教室を飛び出していった。
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屋上を探しても、彼の姿はない。
階段を下り、校舎の裏へ回る。
そこで見つけた。
木陰に座り、髪は乱れ、眠たげな目で、小さなパンをかじる少年の姿。
しずくは思わず足を止めた。
——哀れに見える。
「ねえ、こんなところで何してるの?」
「見ればわかるだろ。パン食ってる」
陽翔は視線を向けずに答える。
「わかってるわよ。でもなんでここなの?」
「わかってるなら、質問するな」
彼はまたパンをかじった。
しずくはむっとする。
心配して来たのに、無視されるなんて。
「あなたって……本当に哀れね。いつもひとりで、誰とも話さない」
その言葉に、陽翔はぴたりと動きを止めた。
そしてゆっくりと顔を上げる。
「俺は哀れだよ。だから、知ったふうな口をきくな」
立ち上がり、彼はそのまま歩き去ろうとする。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!」
「ヨーロッパ。ついてくるか?」
「なっ……だ、誰がついてくのよ!」
しずくは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ほんっとにムカつく男!」
彼女は地団駄を踏み、拳を握りしめる。
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日曜日。
世間は休日だが、陽翔は家族の営む小さなカフェを手伝っていた。
昼下がり、ドアのベルがちりんと鳴る。
しずくと彩香が入ってきた。
カウンターに立つのは、髪を後ろで結んだ青年。
柔らかな笑顔を浮かべて迎える。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
しずくは入口で立ち止まった。
目を見開き、その青年を凝視する。
「……あ、あんた……黒沢……?」
学校で見る陰気な姿とはまるで違う。
そこにいたのは、まるで別人のように爽やかな黒沢陽翔だった。




