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窓際の席と、君の隣

新学期の初日、春人はただ窓際の席に座りたかった。

しかし、その席にはすでに人気者・七瀬しずくが座っていて――小さな言い争いが始まる。

黒沢春人くろさわ はるとは高校二年生。

ぼさぼさの髪に、目の下の濃いクマ。まるで毎日寝不足のようだった。


目立つタイプではない――いや、むしろ彼自身、生きることに執着なんてなかった。

ただ日々を流れるままに過ごすだけ。


今日から新学期が始まる。

廊下には足音や、久しぶりに会った友人たちの笑い声が響いていた。


「ふぁああ……眠い。どうせなら学校なんて来なくてもいいのに。」

春人は半分閉じた目でぼそりと呟く。


他の生徒たちは明るく挨拶を交わしていたが、春人は一人、影のように黙って教室へ向かう。

誰も彼に声をかけないし、彼もまた気にしなかった。


教室に入ると、視線はすぐに窓際の一番後ろの席に向かった。

朝の光がガラスを通り、机の上に柔らかく降り注いでいる。


「やっぱり……あの席が一番いい。」

小さく呟き、口元にかすかな笑みを浮かべる。


だが、腰を下ろそうとした瞬間――。


黒髪に紫がかった髪を揺らしながら、一人の少女が先に駆け込み、その席に座り込んだ。


春人は立ち止まった。

「……え?」


少し不機嫌そうな顔で席に近づく。

「あの……そこ、俺が座ってもいいかな?」


少女はくるりと振り返った。紫色の瞳が、不思議そうに春人を見つめる。

「はぁ? 誰あんた? 先に座ったのは私でしょ。」


この陰気そうな男……見たことない。

少女は心の中で呟いた。


彼女の名は七瀬雫ななせ しずく

明るくて、可愛くて、皆に愛される存在。学校中の誰もが知っている人気者。


だが、春人だけは違った。


「でも……俺、さっきからずっとそこに座ろうと思ってたんだ。」

春人は無表情のまま言った。


雫は腕を組み、顎を上げるようにして答える。

「じゃあ私は、昨日からここに座ろうと思ってたわ。」


「……なんだその理屈。」

春人は短くため息をついた。


結局、彼は諦めて隣の席に腰を下ろす。

少なくとも、後ろの席には座れたのだから。


するとすぐに、雫の周りに生徒たちが集まってきた。

「雫! 一緒のクラスだなんて嬉しい!」

「わたしも! 今年は楽しくなりそう!」


雫はにこやかに笑い、明るく返す。

その笑顔はまるで教室を一層温かく照らす光のようだった。


一方で春人は窓の外を眺める。

「……一緒のクラスになったからって、何がそんなにいいんだ?」


雫はふと、その視線に気づく。笑顔を止め、睨み返すように立ち上がった。

「ちょっと! なにジロジロ見てるのよ、変態!」

雫が春人の机をバンッと叩くと、上に置かれたペンが跳ねた。


春人はだるそうに顔を向ける。

「何言ってるんだ。君の顔見てたら吐き気がするだけだよ。」


「なっ……!?」

雫は目を見開き、頬を真っ赤にして拳を握りしめた。

「あなた、誰なの? 礼儀ってもの知らないの!?」


「黒沢春人。」

彼は片手で顎を支えながら、淡々と答える。


「誰もそんな名前なんて興味ないわよ!」

雫はぷいっと顔を背け、さらに赤くなった頬を隠した。


春人は再び窓の外に目をやり、小さく呟く。

「でも、名前を聞いたのは君じゃないか。」


雫は唇を噛みしめる。

「この男……本当に腹立つ。」


新学期の初日から、雫の気分は台無しになった。

だが春人にとって、それはどうでもいいことだった。


窓から差し込む光のほうが、彼女よりもずっと魅力的に思えたから。


七瀬雫のことを知らない者はいない。

――春人を除いて。

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