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第2話 キスと草

 ◇マリーシャ視点


 ――『アルフレッドさま。あなたのおそばに、置いてくれませんか』

 ――『別にいいが』


 無骨な騎士、アルフレッドはたしかにこう言った。


 彼と一緒に、城から出たはいいものの……。

 相変わらず、空はピカピカと光り、ゴロゴロと雷鳴が轟いている。


 だだっ広いフィールドには、

 気持ちの悪い見た目の魔物が、うじゃうじゃと這いまわっていた。


 アルフレッドは、それらを迷いなく斬り伏せながら、何かに追われるような勢いで駆け抜けていく。

 時おり死角から魔物に襲われては何度か死に戻っているが、その動きに無駄はない。

 まるで、熟練のゲーマーのようなスムーズさだった。


 けれど……

 私のことなど、最初からいなかったかのような挙動に、だんだん不安が募っていく。


(NPCだからしょうがないんだけど)


「あの……! これからどこへ向かおうとしているんですか?」


 魔物に襲われないよう、やや距離をとって声をかけると、

 アルフレッドはぴたりと動きを止め、こちらを振り返った。


「……始祖の草原で、獅子を倒す」


 草原、獅子――。


(このゲームのマップは全然分からないけど、

 だいたいRPGの最初のステージって草原よね)


 つまり、シナリオはまだまだ序盤。

 旅は始まったばかりってことだ。


 アルフレッドは剣を収めると、腕を組み、じっとこちらを観察するように見つめてきた。

 だたし、兜のせいで表情まではうかがえない。


(……ちょっと試してみようかしら)


 私は、周囲に魔物の気配がないことを確認し、そっと彼に歩み寄る。


「アルフレッドさま。装備を外してもらえませんか」


 一瞬、動きが止まったように見えた。

 だが、彼は黙って兜の装備を解除してくれる。


(やっぱりイケメンだわ)


 このゲームの主人公アルフレッドが、まさかここまで顔が良いとは。


(チュートリアルすら越せなくて、腹が立って売っちゃったし)


 こんなにビジュアルが良いなら、パッケージにでも載せておけばいいのに。

 思わず見惚れてしまう私に、アルフレッドは小首を傾げてくる


(っていうか、このままキスされたら、ゲームクリアできるんじゃない?)


「アルフレッドさま」


 甘く囁くように声をかけながら、手を伸ばせるほどの距離まで近づく。

 ……だが、彼は一歩、後ずさった。


(ん?)


 もう一歩、距離を詰めてみる。

 すると、アルフレッドはさらに後退する。


(これは……)


 まるで磁石の同じ極のように。見えない壁で遮られている感覚。

 何かに妨げられて、彼に触れることができない。


 直感的に理解した。


(ははーん。好感度システムが裏で走ってるわね)


 アルフレッド(※皇太子)と同じ仕様。

 前回も好感度不足で距離を詰められず、

 結果、断罪ルートに突入してしまった。


 嫌われすぎて、最終的には城にも入れなかった。


 つまり――


 彼の好感度をある程度まであげないと、そもそも物理的に接触できない。

 短絡的にキスしようとしても、システム的にクリアさせてもらえないらしい。


(なんで、ここだけ緻密にシステム作ってあんのよ!)


 しかも、達成条件には「二年以内」という制限つき。


(『DEATH LOOP BREAKER:悪魔を討つ者』にも、時間経過システムが搭載されているはず)


 ふと足元に目をやると、タンポポのような黄色い花が咲いているのに気づく。

 春を演出しているのだろう。緑の液体を吐いてるけど。


 まとめると……。


(この男と旅をしながら、二年以内に好感度100を達成して、

 あっちからキスさせないと死ぬってことね)


 うん。


 やっぱ無理ゲーだろ、これ!!


(でも美しさ999だし。可愛さがあれば、なんとかなる?)


 ウィンク☆


 露骨に嫌な顔をされた。


『def wink_action(character):

 if character.name == "アルフレッド":

 character.affection -= 10』


《好感度-10》


(なんでだよ!)



 ◆アルフレッド視点


 第1ステージである"始祖の草原"。

 ステージのギミックは単純だ。


 広大なフィールドを西へと進み、最奥にいるボス――『草を喰む獅子』を討伐する。


 適正Lvは7。


 俺の現在のステータスを確認するため、心で念じる。

 すると、頭の中にパラメーターが浮かび上がった。


『アルフレッド Lv3 ←低い

 職業/??? ←バグか?


 HP:128/200

 MP:35/100


 STR(筋力):14

 DEX(器用さ):9

 AGI(敏捷):11

 INT(知性):6

 LUK(運):-3 ←マイナスって初めて見た。でも、俺らしいかもな。


 状態:

 軽傷  ←自覚はある


 所持アイテム:

 回復薬×1 ←残りわずか

 滅びの玉×2 ←投げると爆発する

 腐ったネジ×8 ←いらない


 所持スキル:

 剣筋(Lv1)

 解体術(Lv1)

 モデル体型(Lv2) ←なんだこれ 』


 ……あまりにも凡庸なステータスと、バグっぽい数値にため息が出る。


 焦燥感が募る。

 ライバルとなるNPCたちも、もうすぐそこまで迫ってきているはずだ。


 HELLモードでは、魔物を倒しても取得経験値が半減する。

 最速でヴァルシュトール三世を倒すためには、のんびりレベル上げをしている時間などない。


("草を喰む獅子"に正面から挑んでも、今のステータスじゃ即死コースだ)


 となれば――

 回復薬は絶対に確保しておきたい。


(魔物を狩って、生成素材を集める必要があるな……)


 ――それなのに。


 あの女NPCが、あまりにも厄介だ。


 急いでいるというのに、「どこへ行くの」だの、「装備を外せ」だの、いちいち足止めしてくる。

 期待していた追尾機能も、途中でぷっつり切れて、すぐに姿を見失う。


(足手まといでしかない……)


 仕様なのかバグなのか知らないが、とにかく面倒だ。


 それに至近距離まで近づかれると、

 なぜか全身がざわついて、強烈な違和感を覚える。


(これ以上、接近されるのはまずい)


 本能がそう告げている。

 にもかかわらず、俺が後退すれば――彼女は、少し寂しそうな顔をして見上げてきた。


 ……それが、地味に堪える。


 このあと、俺は素材集めという名の地獄の作業に入らなければならないというのに。


 ああ、いったい何度死に戻ることになるんだろうか……と、気が滅入っていたら、

 突然、彼女の片目がパチパチと謎の動きをするバグが起きて、心底うんざりした。


(処理落ちか? フリーズするなよ……?)


 ――はあ。もう、勘弁してくれ。



 ◇マリーシャ視点


 まずいわ。好感度が下がってしまった。

 あのウィンク、かの冷徹アルフレッド皇帝ですら、多少は反応してくれたのに。


(さっきより、明らかに近づける距離が遠くなった気がする)


 まさか、ここまでドン引きされるとは。


(美しさ999も、まだまだね……)


 ここから一気に挽回できるような手を打たないと、好感度100は夢のまた夢だ。


 そう考えていた矢先、アルフレッドはふいっと背を向け、そのまま歩き出してしまった。

 慌てて後を追いかけると、彼はすぐに立ち止まり、湧いてきた魔物を斬り始める。


 その様子を少し距離を置いて観察する。


 立ち去る気配はない。

 どうやら、ここでしばらく魔物狩りに専念するつもりらしい。


 彼は目にも止まらぬ速さで、魔物を次々に叩き斬っていく。

 そして、倒れた魔物からは毎回欠かさず戦利品を漁っていた。

 さらには、玉のようなアイテムを使い、雑魚をまとめて吹き飛ばしたりしている。


(素材を集めてるのかしら。仕様、凝ってるなあ……)


 でも、さすがは死にゲー。


 何度も魔物に反撃されては倒れ、そのたびに近くの復活ポイント(石像)で即座に蘇る。

 死に戻りが仕様とはいえ、なかなかに鬼畜だ。


(私は戦えない令嬢だしなあ……)


 頬杖をつき、大岩の陰から彼の様子を眺める。


(魔物討伐に夢中で、私のことなんて眼中ナシか)


 はあ、とため息がこぼれた。


(このまま近づけなかったら……

 好感度が上がらなかったら、どうしよう……)


「……」


 いやいや。

 諦めるには早すぎるわよ、マリーシャ。

 ゲームはまだ始まったばかりなんだから!


 ――。

 ――――。


 ……全然、終わりそうにない。


 暇すぎて、足元に生えていた気色の悪い草をむしってみることにした。


 むしっても、むしっても、また生えてくる。

 ちょっとした無限草むしりゲームだ。


(なんか楽しくなってきたかも)


 本来ならクールタイムがあるだろうけど、私はこのゲームにおける"バグ"。

 そのルールは適用されないようだ。


 気がつけば、草の山ができていた。

 100個は軽く超えてる。


 ふと気配を感じて顔を上げると、

 アルフレッドがじっと私を見下ろしていた。


「あ、これ使いますか?」


 《好感度+5》


(なんでだよ!?)


 私の可愛さ、草に負けたんか!!!



 ◆アルフレッド視点


 ……女神に見えた。


 あのNPCが、レア素材《癒やしの苔》を大量に提供してくれたのだ。

 本来、このアイテムは入手後、次の採取まで半日以上のクールタイムが必要なはず。

 それを、数十、いや百を超える単位で提供してくれるとは……。


 さすが、HELLモード専用の特別サポートNPC。

 やはり、Very Hardモードとは仕様が違うようだ。


「あと1000個、頼む」


 俺がそう言うと、彼女はわかりやすく顔を引きつらせた。


 表情のパターンがやたら豊富なせいで、感情の変化が手に取るようにわかる。

 3Dモデリングの作り込みが細かい。

 おそらく、男性プレイヤー向けの"キャラ萌え"を狙った仕様だろう。


 ……にも関わらず、ふっと笑みがこぼれた。


(……ちょっと可愛いかもしれないな)

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