第1話(前編)マリーシャ視点:攻略対象が全力で斬りかかってくるんだが。
私の前世は、見知らぬ子供を助けた拍子に、車に轢かれて呆気なく終わった。
『白百合のティアラと氷の剣』の登場人物である悪役令嬢に転生したが、
ヒーローである皇太子・アルフレッドの誤解を解くことができず、
シナリオ通りに断罪エンドを迎えて死んだ。
けれど私は一度だけなら"死に戻れる"という能力持ち令嬢だった。
「……んっ」
――目が覚めると、天蓋つきのベッドに横たわっていた。
むくりと起き上がって、自分の腕を動かす。
(ステータス・オープン!)
心で念じると、頭の中にシステム画面のようなものが浮かんできた。
《ステータス》
名前:マリーシャ・グランツェール 年齢:18歳 身分:公爵令嬢
頭脳:20 運動:50 社交:70 人気:3 美しさ:999
所持金:0ギル
よしよし。
ステータスもしっかり引き継がれている。
無事に死に戻れたようだ。
前回は美しさにスキルポイントを全振りしてしまったせいで、
断罪エンドになってしまった。さすがにやりすぎたのは自覚してる。
途中でやめられなくなっちゃった私が悪い。
とはいえ、アルフレッドの好みは完全に把握している。
失敗したルートだけは、絶対に辿らない。
今度こそ彼を振り向かせ、キスと共にハッピーエンドを目指す!
(もう二度と死んでたまるものか!)
意気込んだものの。
(なんか、ずいぶん寝室の雰囲気が変わった気がする)
こんなに暗かったっけ?
それに、どこもかしこも、荒れ果てている。
壁紙はところどころ剥がれ、天蓋のレースは黒ずんで虫に喰われていた。
床には焦げ跡みたいなものが点々とあって、まるで誰かがここで戦ったみたいだ。
侍女を呼んでみたが、誰も来る気配がない。
(おかしい)
恐る恐るベッドから降りて、窓の外を覗いてみた。
ちょっと待て。
轟く雷鳴と、稲光。
暗い空に、腐りかけのドラゴンみたいなのがいっぱい飛んでる。
地上は魔界みたいな大地が広がっていて、
地割れからは赤黒い瘴気が吹き出し、毒のようにぬめった川が蛇行している。
気持ち悪い見た目の魔物も、そこら中をうじゃうじゃ這っている。
(待て待て。落ち着け?)
私がいた世界は、薔薇と紅茶とドレスと、婚約破棄で構成されていた。
素振りしてる髑髏騎士とか、火を吐く巨大蜘蛛みたいな生き物は知らない。
時折、地面の裂け目から、緑色の光と、亡者の叫び声みたいな音が漏れ出してる。
(どういうこと?)
目眩を覚えて、思わず後ずさる。
と、その時。
――カツカツ。
部屋の外から、鋭い靴音が響いてきた。
ハッとして振り返る。
(たしか……前回も私を起こしに来たのは、アルフレッドだった!)
なーんだ、シナリオはちゃんと機能してるんじゃない。
今回は私から出迎えるわ。第一印象で差をつけるのよ!
素足のまま、ぺたぺたっと扉に駆け寄る。
取っ手に触れようとした、直後。
バンッ!
無遠慮に扉が開かれ、その先には……全身に甲冑を装甲した騎士のような人物が立っていた。
頭部も重厚な兜で覆われているため、どんな顔をしているのかはわからない。
騎士は一瞬驚いたように動きを止めたが、すぐに大剣を構えると、
一切の躊躇いなく振りかぶってきた。
「ぎゃあっ!?」
反射的に避けた。
だが、騎士はすぐに柄を持ち替えて、二度目の斬撃!
奇跡的に避けた!
「なにするの!!」
「んっ?」
騎士は床にめり込んだ剣を見下ろすと、初めて声をあげた。
そして何事もなかったように、すくっと体勢を立て直した。
「……なんだ、イベントか」
いべんと?
「ここで何をしている」
「アルフレッドさまを待っていて……」
「アルフレッドは、俺だが」
いや、あなたじゃないよ??
互いに沈黙――直後。
「ぐあっ!?」
騎士が叫びながら倒れ込んだ。
いつの間にいたのか。魔物のようなものが、彼の背中を襲ったのだ。
「不覚……」
そう言って、騎士は床に倒れたまま、溶けるように消えていった。
かと思ったら、寝室にあった光る石像の近くで、あっという間に再登場。
すぐに剣を持ち直して、魔物を斬り伏せた。
「…………」
その一連の様子を見て、徐々に理解が追いついてきた。
(うん、知ってるわ、このゲーム。
……死に戻りゲーの、『DEATH LOOP BREAKER:悪魔を討つ者』だ)
ははーん、なるほど。そういうことね。
私は目をつぶって、こくこくと頷いた。
転生するゲーム間違っとる!!!
このゲームは、いわゆる鬼畜ゲー。
手練れのゲーマーでもチュートリアルで投げ出すと評判だった。
前世で私も実際に買ってプレイしたけど、あまりにも難しくて、ソッコー売った。
なんで? どういうこと?
私、乙女ゲーの悪役令嬢よ?
死に戻りゲームに誤転生されるとか、そんなことあっていいの!?
心の叫びに呼応するように、頭の中にプログラミングコードが浮かんできた。
『def check_salvation(character):
if character.name == "アルフレッド" and character.kissed == True:
return "TRUE_END"
else:
return "BAD_END"』
……。
はいはいはい、知ってますよこれ。
一度目も見ましたからね。
これはクリア条件を提示しているのだ。
アルフレッドからキスをしてもらえれば、ハッピーエンドになりますよって意味。
プログラミングには詳しくないけど、合っているはずだ。
知ってる知ってる。
でもさ……
ヒーローの名前一緒だけど、ゲームジャンルが違うんだよ!!
誰が管理してるか知らねえけど、名前が一緒だから間違えたんだろ!?
何だよ、この雑なプログラミングコード!
名前がアルフレッドなら、キスされる相手は誰でもいいのかよ!?
誰の意思なのか、なぜ私はゲームの中にいるのとか、
――この際、もうどうでもいい。
人を巻き込むならデバッグぐらいしろ!
憤慨していると、さらに続きがあることに気づいた。
『# TODO: add full name check』
……修正入れる予定だったのか。
最初から名字まで入れきなさいよ!
他にもありそうで怖いんだけど!!
カチャ、と背後で音がした。
騎士――いや、アルフレッドが剣を構えたまま、静かに佇んでいる。
(無理無理無理。こんな殺伐とした世界で、どう恋愛しろと?
てか、この人、恋愛感情とかあるの?)
「…………」
(なさそ~~~~!)
無理でしょ!
てか、その甲冑の下が人間の姿をしてるかどうかもわからん!
「……俺になにか用か」
ビクッ!
「い、いえ……。良ければ、お顔を拝見したいなあって……」
アルフレッドは首を傾げた。
(NPCにこんなこと言っても、無駄かしら)
しかし、彼はあっさり兜の装備を外してくれた。
傷一つない滑らかな色白の肌に、金色の瞳がきらりと光る。
まつげがやたらと長くて、頬はうっすら赤みが差す。
戦場にいる男の顔じゃない。
おい、なんでだよ!
乙女ゲーのアルフレッドよりイケメンだぞ、どういうことだ!!
モデル班のこだわりを感じるけど、そこじゃなくてシステムに人員を割け!
「これでいいのか?」
「は、はい。ありがとうございます」
「……」
アルフレッドは不審そうにしていたが、すぐに兜を被り直す。
「あの……アルフレッドさまって、結婚とか……ご興味ありますか?」
「血痕?」
(だよね。そうなるよね。この世界観だもんね!?)
プログラムコードが、再び頭に浮かんできた。
『if game.time_elapsed > 2:
end_game("BAD_END")』
《キスをしてもらえれば、ハッピーエンド。
二年以内に達成できなければ、バッドエンド》
だから知ってるってば。
システムは前回と同じ。
死に戻りの能力は使ってしまった。
この世界でクリア条件を達成できなければ、私は消える。
もう二度と、生き返れない。
断頭台の冷たさが蘇って、思わず首筋を押さえた。
(――死にたくない。あんな恐怖は、もうたくさんだ)
拳をぎゅっと握り込む。
胸に決意を抱いて、アルフレッドに歩み寄った。
「アルフレッドさま。お願いがあります」
「なんだ」
「あなたのおそばに、置いてくれませんか」
アルフレッドの動きが、止まった。
相手は、どんなに人間味があったとしてもNPC。
『DEATH LOOP BREAKER:悪魔を討つ者』の仕様と大きく外れた行動はできないかもしれない。
もし断られたらどうしよう。
返事を待つ間が、永遠のように感じられた。
「別にいいが」
答えは拍子抜けするほど、簡単だった。
「え、ほんとに?」
彼はこくりと頷く。
おやおや?
NPCの割に、意外と話がわかるじゃないの。
もしかして……恋愛システムは機能してたりするんじゃない?
希望の光が見えてきた。
たしかこのゲームに、女性キャラはほとんど登場しなかったはず。
だから、前回のような邪魔者はいない。
なんとか口説き落として、キスをしてもらえば、私は生き残れるかもしれない。
順調よ、マリーシャ!
ハッピーエンドまで、突っ走るのよ!
マリーシャが信じている設定には、実はちょっとした読み間違いの可能性があります。
頭脳20のヒロインなので、仕方ありません。
……気づいてしまった方は、どうか内緒でお願いします☆