3話 東洋堂の占い師
「ここか?例の雑貨屋というやつは」
「ああ、これが噂になっている雑貨屋。東洋堂だな」
木製の看板に筆で東洋堂と書かれている。
放棄されていた古民家を改造して作られた雑貨屋だ。
なんでもその古民家は曰くつきで、主人が自殺したとかなんとか。
これも噂の域をでない。
事実を確認したわけでもないし。
「お邪魔します」
扉を潜ると、鈴が店内に響く。
なっているのは熊除けの鈴だ。これでは歓迎されているのか、警戒されているのかよくわからない。
中に入ってみると。壁一面にとにかく様々な雑貨がある。
車のナンバープレートやアフリカの原住民がもっていそうな木彫りの像。
実用性とはかけ離れたものたちが置いてある。
「なんじゃ。これは……」
ベルバはどうやら興味津々みたいで、店の中にあるものを見て回っている。
ベルバを置いておき、肝心な占い師を探すがどこにもいない。
「あの……すいません」
また声を出すが反応はなし。
なんのための呼び鈴だよと言いたくなる。
あまり大きな声をだしてたくないが、今度はもっと大きな声で。
「ああ、いらっしゃい。ごめんね、寝ていたよ」
奥から中年の男性がでてきた。
シャツも、上着にきることなくジャンパーを素肌に直接着ている。
挙句にチャックを上げていない。大胸筋がこんにちはだ。いいのか、これ?
万が一にでも、女子高生がみれば警察を呼ばれるのではないか。
外観はあまりにも頼りない。
しかし、全くそんなことは意に介さずに男は話す。
「どうも東洋堂の店主。東洋一です。占い師をやっています。あらあらこんな若い子が来てくれるなんて嬉しいね。おや?これは、これは悪魔もいるとは。それも大悪魔ベルバがいる。ふむ。おかしいな、君はあの山の神社に封印されているはずだよね。ふむ?しかしなんだか力が弱い。あれ?若い君の腕、なんだか変だね。とても変だ。どうして悪魔の力を感じるのかな」
東洋一と名乗った男はただ一目みたいだけですべてを看破した。
ベルバが悪魔であること、僕の腕のこと。
ベルバが封印されていたはずということ。
本当に、本当にすべてを。
たった一目見ただけで。
「そう、なんです。僕はあの、この腕を治してたくてきました。治してください」
「それは無理だね。腕を治してほしいならば、おじさんじゃなくて、ベルバに頼みなよ」
「それが、ベルバは無理だと言われて」
「はは、無理なわけが……ああ、ベルバは封印を解けたけど、呪いはかかったままなんだね。そしてその状態で契約してしまったと。ふむ、おじさんがいうのもあれだけど、悪魔との契約なんてしないほうがいいよ」
「それはそうなんですけど」
「なにか事情がありそうだね」
「事情というか、死にかけまして」
「ふむ。君が?そうえば、まだ名前を聞いていなかったね。名前を伺ってもいいかな?」
「悪七明登です」
「アクト君か。いい名前だね。話の腰をおってすまない。では、話を続けようか。どうして悪魔と契約したのかな?」
「山の上にある神社にいきまして」
「ああ、ごめん。敬語はなくていいよ。敬われる人間でもないから。さっきから話の腰を折ってばかりですまない」
「いえ、じゃあ。山に登って神社にお参りをして、そしたら地面が崩落して」
「……え?あの神社崩れたの?」
「崩れた」
「え?マジ」
ハジメはぽかんとしていた。
あらゆることを見抜いていたがさすがに想定外だったらしい。
「まじ。たぶん、そのせいでベルバにかけられた封印が解かれたと思う。そして一緒に落ちかけていたから、悪魔の力を使ってなんとか助かった」
「それは大変だったね。そっか。あの神社崩れてしまったのか。確かに閉じ込める装置になっていた神社そのものが崩れしてしまったのならば、もう封印できるわけがないね。わかった。どうしてベルバここにいるのかは納得できたね。むしろ問題は此処からだ。アクト君はベルバにかけられた呪いを解くように言われてわけだね」
「言われたよ。この町にいるベルバに呪いをかけた悪魔を倒せと」
「立場的には君は眷属だからね。主の命令には従うのかな?」
「呪いを解くことには反対しない。でも戦いたくない」
「う~む、それはそうだね。じゃあベルバから戦うことになるのは聞いているわけだ。その上で出来る限り戦いはさけたいと」
「そうだ」
「でも絶対ではないみたいだね」
「対話で解決できない問題があることくらいはわかっている」
「うん、大人だね」
ハジメは僕ではなく骨とう品を眺めるベルバをみた。
「ベルバ、君の眷属は戦いを望んでいないみたいだね」
「わかっておる。しかしわかっているだろう。小僧。戦うことになる。絶対に」
「戦うことは避けられないだろうね。でも避ける努力をしないことにはならないと思うけど」
「どういうことだ?」
「話し合おうってことだよ」
「だからそれができんと言っている」
「でもそれはベルバとあの悪魔だけだったらの話だ」
「どういうことだ?まさか小僧。貴様が仲介するとでも?」
「そのまさかだよ。ボクとしてもこの町で悪魔と悪魔が戦うことを望んでいるわけではないし、戦うことなく平和にことが終わるのならばそれに越したことはないと思っているよ」
「それでどんなメリットがある?そもそも、貴様が仲介に入ったとしても、どうにかできるのか?」
「まぁ仲介者を名乗る以上はフェアにいかないとね。ベルバとアクト君に肩入れはできない。あくまでもフェアトレードだ。でも、戦って傷つくリスクを最小化することはできる。それにベルバはアクト君の腕を治すつもりなんだろう。だったらどうとでもできるさ。あとこれはアクト君にいうけどお金がかかるよ。ざっと百万円」
「……眷属。わっちはこの男に頼む気だがどうだ?」
ベルバはこれまでにないくらいにじっと長い時間僕を見た。
「うん、ハジメに頼もう。少なくとも僕たちだけではどうにもできないこと。だったら誰の手でもいいから借りるべきだ」
「そうか。しかしこの小僧は裏切るかもしれんぞ」
「裏切るか……でも、もうハジメに裏切られたらそれこそどうにもならないだろ。ここは腹をくくるしかないよ」
「うむ、いい覚悟だ。さすが我が眷属。まぁ安心せい。この小僧のことはしらんが、こいつと似たようなやつに会ったことがある。そいつは仕事に関していえば確実に一流だ。この小僧もちゃんと仕事をしてくれるだろうよ。あとはアクトは金はなんとかできるのか?」
「できるっていうか、まぁなんとかするよ」
「無理に取り立てるつもりはないし。期限も決めないから安心してよ」
とりあえず、ハジメを頼ることはわかった。
わかったけど、ハジメは一体なにをしてくれるのだろうか。
「ハジメ。ちゃんと知りたいのだけど、具体的に一体なにをしてくれる?」
「ああ、簡単だよ。悪魔と交渉する。君たちが話し合える場所を提供しよう。あるいはそこから戦いは始まるかもしれないけど、できるだけ話し合いになるように計らおう。戦わなくても済むならばそれに越したことはない」
「できるのか?」
「まぁ、あくまでも場を整えるだけ。出会った後のことまではさすがにどうにもできないね」
問題は相手となる悪魔がどんなやつなのか、全く知らないことか。
「ハジメ。ベルバを封印した悪魔っていったいどんな悪魔だ?」
「どんな悪魔か。そうえば、会ったことがないのか。端的にいえば正義の悪魔だよ。ただしいことが大好きで、自分もまた正しくあろうとする。そんな悪魔だ。悪魔に対して呪いをかけたことも含めて、正しいと思っているだろうね」
話し合いが通じなさそうな悪魔だ。
「そうえば、そもそもどうしてベルバは封印された呪いまでかけられた?なにかやったのか?」
「なにをいうかと思えばわっちは悪魔だぞ。言ってしまえば、化け物だ。悪魔は祓うなり退治するなり封印するのが普通だ」
ベルバは当然のことのように言った。
「それにわっちは大悪魔だ。そこらへんにいる悪魔とは格が違うのだぞ」
大悪魔。
目の前にいる幼女に近い少女をみてもそんな感想は出てこない。
「じゃあ、おじさんからはベルバを封印した悪魔のことを教えておこうかな、名をクローズ。名前からわかるように、あらゆるものを閉じる性質をもった悪魔だ。彼自身の性格を表しているね」
「クローズか。なんだか単純な名前だな」
「まぁ名は体を表すというからね。悪魔ともなればなおのことさ。ベルバの力を封じる呪いをかけているわけだからね」
「やっぱり強いのか」
「歴戦の悪魔封じと言われているね。ベルバを封印したわけだし実力も折り紙つきだ。まぁでもなんとかなるとは思うよ。だって君は大悪魔ベルバの眷属だからね」
そんなに強いかな。
この右腕以外は全く悪魔らしい自覚がない。
「よし、じゃあおじさんはこれからクローズと話をつけにいくとするよ。ああ、あともう家に帰らないほうがいい」
「え?なんで?」
「万が一にもクローズが襲撃を仕掛けてくるかもしれない。ここならば安全だけど、もしも家に帰ったら家で襲われるかもしれないからね」
「そ、そんな見境なく襲われるのか」
「ああ、なにせアクト君は……いや、すまない。とにかくここにいることだ。親御さんにはちゃんと話をつけておきなよ」
「ああ、わかっているよ」
「じゃあ。行ってくるね」
そういってハジメは東洋堂からでた。
はぁとため息が漏れた。
ため息をする気はなかったが、気が付けば漏れていた。
きっとハジメはこう言おうとしたんだろうな。
きみはもう化け物だからねと。ここまで直接的ではないにしても間接的に。
あるいは悪魔かもしれない。
だが、どっちにしても人間ではないなにかという事実は変わらない。
これまで自覚してこなかった事実をここにきて、自覚することになった。
それも痛いくらいに。
「なんじゃ?なにを落ち込んでいる」
「いや、うん。人間に、人間じゃないって言われるのはすこし落ち込むって」
「そういうものか?」
ベルバは特に気にしている様子はなさそうだ。
当たり前か、悪魔だし。
「ベルバは、悪魔だからわかりづらいだろうけど、悪魔じゃないって悪魔から言われてもなにも思わないのか?」
「なにも……悪魔なんてそんなものだ」
「そんなものなのか」
「ああ、そんなものだ。悪魔なんて悪魔同士をののしり合うのが普通だ。わっちらは人の形をした悪意みたいなもだし。しかし、そう考えると案外、アクトの痛みは人間であることの証明であるかもしれん」
「そうか……」
悪魔から慰められた。
しかも、割と元気がでた。
「ベルバは本当に悪魔なのか?」
「当たり前だ。悪魔に向かって失礼な」