2話 事情説明
そもそもどうして僕が空中にいるのか、これを説明しなければ死んでも死にきることできない。
死にきれなくても死ぬけど、悔いは残したくない。
説明すると、僕は山に登りとある神社にきていた。
神社といってもただの神社ではない。いわくつきの神社だ。
曰く、この神社には神様ではなく悪魔が封印されている。
誰がこんな噂を流したのかわからないが、そもそもこの神社は誰が、なんのために建てたのかよくわかっていない。ゆえに町の人間から嫌がられ、参拝なんて誰も来ない。
神社と呼んでいるが、本当に神社なのか、見た目がそれっぽいので神社と呼んでいるだけ名すらもわからない。
では、どうしてそんな神社に来る気になったのかといわれればなんとなくである。
何度かこの神社には来ていたし、またきてみたくなってからきた。
そして、この神社に誰もこないのは悪魔ではなくもっと明確な理由がある。
それはこの神社が薄く伸びた崖の上に立っているからである。
神社の奥に行けば、すぐに断崖絶壁。
つまりは危ないのだ。悪魔なんて目でもないくらいに危ない。
命知らずな神社に近づき、神社を支えていた崖がくずれ、こうして空中にほおり出されている。
結果、僕こと悪七明登の人生は終わった。
「生きてる」
死んだと思った。
思っていたが生きていた。
奇跡的に生き残っていたというよりも疑問が出てくる。
どうして僕が生きているのか、ヒントは意外なところにあった。
右腕が重たい。
右腕が鱗に覆われていた。
なんだ僕は海に落ちた人魚にでもなったのか?
「いつまでそんな顔をしておる」
僕に呆れたと言わんばかりの声をかけてきたのは銀髪の幼女だ。
幼女なのにやけに貫録を感じる。腕を組みながら僕を見下ろしている姿は明らかに幼女という年齢からみても分相応だ。
「えっと、君が助けてくれたの?」
「はっ」
鼻で笑われた。
「なにをいっておるのやら、わっちが助けたに決まっているだろう。従僕?」
「従僕?」
思わず聞き返す。
それほどに聞きなれない単語だったからだ。
従僕って?あの従僕?僕って僕なのか?
「わっちは大悪魔ベルバ。貴様の主になったものだ」
「主?ベルバが?なんで?」
「おいおい、助けてやった恩を忘れたのか?」
「確かに助けられたみたいだけど、どうやって。そもそもここはどこ?」
ここはさっきまでいた神社ではない。
砂浜だ。
「わっちの力を与えたゆえにそなたはあの崖から落ちても生きているのだ。あそこじゃぞ。みてみろ」
ベルバが指さしている先を見る。
確かに神社があった崖だ。あそこから落ちて無傷なんて普通はありえない。
「助けられたのはありがとう。だけど、この腕はなに?」
「なにって悪魔から力をもらったのだ。体の一部が変化するのは当然だろう?」
当たり前じゃね?みたいなテンションで言われても悪魔から力をもらうなんてこれが初めてだ。
当たり前がわかるわけがない。
「つまり貴様は体の半分が悪魔になったということだ。よかったな」
「よかったのか?」
「なんじゃよくないのか?」
いいか悪いかで言えば悪い。悪いが、悪魔にならなければ死ななかったということだし。
生きているならまぁいいのかな?
「だから、いつまでそんな顔をしておる」
「ひどい顔をしているか?」
「みていられぬ顔をしておる。いつになったらその顔は治る?」
「いつまでっていわれても、ずっとだよ。たぶん」
「ずっと!?はっ。助けた男がその程度だとは見損なったぞ」
「見損なわれてもいいから。この腕を治してくれないか?」
「無理じゃ。わっちに呪いをかけた悪魔がいるからの」
「そうか、それなら仕方な……どういうことだ?僕の腕に鱗を生やしたのはお前だろ。ベルバ」
「確かにわっちが生やした。それは事実。なれど、わっちにそれを解かせないようにしているのは、わっちではない。わっちに呪いをかけた悪魔だ。わっちの悪魔としての力を封印しているせいでわっちはこの鱗をとることができない」
「どうしたら、この腕は治せる?」
「簡単よ。わっちにかけられた呪いを解けばわっちはこの鱗をなくすことができる」
ベルバは腕を組みながら、胸を張り、誇らしげに言った。
なるほど、なるほど。
もっと具体的な方法をお聞きしたい。
「呪いを解くにはどうしたらいい」
「それは呪いの発生源をなくす。つまりはわっちに呪いをかけた悪魔を消す。それしかない」
「それしかないのか?」
「うむ。それしかない。ほかの方法なんてありはせん」
「そっか……」
なるほど、悪魔を倒せばいいのか。
どうやって?
そもそもどこにいる?
どうすれば見つけ出せる?
なにもわからない。
わからないことしかない。
頼れるとしたらベルバしかいない。いない、いないが。
「ベルバ」
「なんだ?」
「その悪魔がどこにいるのかわかるか?」
「しらん」
「なんでだよ」
「わっちはずっと封印されていたからな。今のことなんて知るわけがない」
頼りにならない。
どうすればいい、この腕を治すためには悪魔を倒さなければならない。
しかし、その悪魔がどこにいるのかわからない。
まして、悪魔に関する伝手なんてない。
詰んだ。
これは完全に詰んだ。
僕はこれからずっとこの右腕のまま生きていくことになるのか?
包帯で覆っておけばとりあえず見た目は隠せる。
隠せるが、それにしても限界がある。
今はいい、今は言いにしてもいずれはバレる。
ばれたらどうなる。
わからない。
国に連れていかれて人体実験をされるとか。
これはさすがに漫画の読みすぎだ。
冷静になれ。これは現実だ。漫画の世界ではない。
……冷静になってみてもなにもわからない。
あまりにもわからなさすぎる。
「ふむ。アクトよ。なにか噂を知らないか?」
「噂?噂ってどんなだよ」
「勿論、怪しい噂じゃ。別に悪魔に関する噂でなくてもいい」
SNS全盛のこの時代に噂なんてあるわけがないと言いかけて、言葉を止める。
ある。
それも僕でも知っている。怪しい噂。
絶対に嘘だと断定できるような噂。
「怪しい占い師がいるらしい」
「占い師か、いつの時代でも人間が考えることがそんなに変わりはないな。いつだって未来を知りたがる。その癖、過去は知りたがらない。その占い師はどこにいる?」
「確か……古い雑貨屋にいるとか、いないとか。雑貨屋の場所はわかる」
「ならばそこにいくとしよう。あるいはわっちたちが知りたがっている悪魔のことを占ってもらうとしようか」
「ああ、とりあえず。そうしよう」
問題の先送りではあるが、次にすることが決まってよかった。
なにもしなければそれこそ不安で押しつぶれてしまいそうだから。
右腕はとりあえず、長袖のジャンパーで隠す。
サイズが合わないが、ちかづけなければわからない。
たぶん。
「どうしてベルバは僕を助けた?」
「どうしてそんなことを聞く?あのまま死にたかったのか?」
「そういうわけではないけど。悪魔を倒すだけなら僕をわざわざ助ける必要はないと思って」
「・・・わっちが貴様を助けたのはわっちには呪いをかけられているからよ。さっきも言っただろう。わっちは悪魔に呪いをかけられていると。そのせいでわっちは本来の力を発揮することができない。だから代わりに貴様に力をわたして、わっちの代わりに悪魔たちを倒してもらうおうと思っただけよ」
「ということはこれから僕は悪魔と戦うことになるのか?」
「そういうことじゃ」
「……いやだ」
「なんじゃと」
なんとなくわかっていた。
わかっていたが、嫌だ。
悪魔祓いってやつだろうか、やりたくない。
危なそうだし、万年帰宅部員がやっていいことではない。
「争うなんてまっぴらごめんだ」
「軟弱ものめ。よいのか、そんなことを言っていても、その腕は治らないぞ」
確かにそうだ。
ここでめそめそいってもいても仕方ない。
仕方ないが、争う気にもならない。
案外、話し合いで何とかなるかもしれない。
「わかった。でも」
「でも、なんじゃ?」
「話し合いくらいはさせてくれ。初めから喧嘩腰でいきたくない」
「まぁ、よい。よいが、話し合えればよいな。眷属」
相手が話し合う気がないかもしれないってことか。
それでもいい。
それでもいいから、とりあえず話くらいはさせてもらおう。
と矛盾を抱えたまま山を下りて、占い師がいる雑貨屋を目指した。