プロローグ:愛しき人へ
これは、あの人の物語だ。
あの時はまだ、空に忌み月が浮かんでいた。
彼が見つめる忌み月は、赤く、深く、悲しみに染まっていた。
故郷を追われ、命が奪われ、
それでも彼は剣を取った。
民族の誇りを、死んだ者達の想いを背負い、
世界に立ち向かった。
彼の名は、シンワ。
この世の深淵に触れ、
それに抗った少年。
私はその傍らにいて、彼と共に生きた。
彼の選択を、涙を、祈りを一番近くで見てきた。
いくつもの時を越えて、
私は今ここで語っている。
彼を想うと、いつも言葉が詰まってしまう。
彼をまだ愛しているから。
これは、彼の物語であり、
私たち人類の物語であり、
やがて私たちが進むべき、
一つの“答え”を巡る選択へと続く。
――あなたがこの物語を読み終えたとき、
必ずしも私たちと同じ選択をするとは限らない。
私はそれでいいと思う。
あなたの想いは、あなただけのものだから。
この「語り」は、
物語のはじまりであり、ある人物の終わりから生まれたものです。
この物語は、一人の少年の物語から始まり、
やがて民族、人類、地上、神話、そして、"次元"の話へと展開します。
いま語りかけた声の主が誰なのか、
それは物語を進めていくうちに、自然と見えてくるはずです。
この作品は派手な展開も、わかりやすいテンプレもありません。
けれど、読み進めてくれたあなたに、
なにか一つでも残るものがあれば、それだけで十分です。
どうぞ、第一話へお進みください。
ババロア