ROUND 8 織田信長 vs ナポレオン・ボナパルト⑦
柔らかい皮膚の中に、ずぶずぶと切先が潜っていく。肉を裂き、神経を引き千切ると、やがて先端が硬いものに触れた。骨だ。
刃が喉にある軟骨に到達したのだ。舞は力強く『村正』を押し込み、首の反対側まで貫通させた。刺された男はセーラー服の少女を見下ろし、飛び出さんばかりに両目を見開いた。口元から赤黒い血が一筋、ごぽりと零れ落ちる。
そのまま軽く手首を捻ると、セーラー服の少女は刀を逆袈裟の方向に斬り上げた。たちまち水風船が破裂したかのように、天に向かって鮮血が噴き出す。綺麗だ……と舞は思った。凡そ自然に存在する中で、最も艶やかな赤。
「あ……が……!」
赤い血は六尺ばかり噴き上がり、辺りに五月雨となって降り注いだ。首半分を削り取られた男が驚いた表情でよろめき、片膝を付く。舞は返す刀で『村正』を素早く振り下ろした。力は要らない。斬れ味は抜群だった。胴体から斬り離された首が空中で一回転して、地面にぼしゃりと落ちた。男の首は地面に転がったまま、しばらくキョロキョロと目を泳がせた。信じられない。そんな表情だった。
舞はというと、残った胴体を蹴り上げ、前方にいた敵兵に打つけていた。意識はすでに次の相手に向かっていた。憐れむだとか、悼むだとか、何かを感じる余裕などなかった。全長20kmほどの戦場に、敵味方が入り乱れていた。
ちなみに、20kmというと、群馬県は榛名山がすっぽりと入るくらいである。その中で、東に安土城が、西にフォンテーヌブロー城が睨み合う形で構え、猿の刻(午後3時ごろ)、織田軍とナポレオン軍がとうとう衝突した。お互いの兵の数は、それぞれ1万づつ。
※念の為に地形の生成について述べておく。基本的にはランダム生成であり、大体半分づつ、10km圏内づつが自分の領土の地形・気候だと思ってくれれば良い。つまり今回は東半分が日本の地形、西半分がフランスの地形となっている。
その、東と西の、日本とフランスのちょうど境目で両軍が激突した。先陣を切っていたのは、宇喜多舞率いる約2000の歩兵たちだった。城の構える安土山を下り、愛知川を越えた辺りで戦闘となった。
「ひぃい……っ!?」
首なし死体になった元同僚を打つけられ。返り血を浴び体制を崩した男に容赦なく、舞は相手の右眼を叩き潰すように貫いた。眼球が破裂し、やがて脳にまで刃が届く。男はビクビクと痙攣して泡を吹き始めた。柔らかい。ぬかるんだ沼の上に刃を突き立てているような感触だった。刀を抜くと、露わになった肉の臭いが、生暖かい血の臭いが鼻をツンと刺激した。舞は目を細めた。
その瞬間、頭上から刃が降ってきた。敵のサーベルを咄嗟に鋼鉄の義手で受け止める。耳障りな鈍い金属音がした。敵は押し込むように、舞を叩っ斬らんと全体重をサーベルに乗せてきた。
舞は『村正』を左に持ち替え、体を駒のようにくるりと回転させ敵をいなした。勢い余って地面に突っ伏した敵を、背中から蹴り付ける。男が
「うッ!?」
と呻いて、持っていた得物を取り落とした。
舞は素早く首筋に『村正』を突き立て、倒れた男を串刺しにした。蝋燭の立てられたケーキみたいになった男は、だらしなく舌を伸ばし、直ぐに絶命した。逆ハッピーバースデーである。そんな言葉あるのかどうか知らないが。
覚えているのはそこまでだった。そこからは乱戦だった。敵も味方も入り乱れ、誰を斬っているのかも、どう斬っているのかも良く分からなかった。舞は斬った。休む間もなく、ひたすら目の前の敵を斬り続けた。舞も何度か斬りつけられたが、幸いなことに致命傷には至らなかったし、不思議と痛みも感じなかった。
それは彼女が幽霊だったからなのだが、それ以上に彼女は、感覚が麻痺していた。斬っても、斬られても、恐怖は感じなかった。もちろん、人を殺すたびに罪悪感や後悔を覚えては、戦場では立っていられないのかもしれないが。
しかし、それ以上に……人を斬るのが愉しかった。刀を握ると、人を斬ると、何だか自分が、自分で無くなっていくような……舞の胸に付けられたバッヂが、返り血を浴びて妖しく輝いた。
「はぁ……はぁ……」
……そして気がつくと、足元は血だらけになっていた。返り血を浴びたセーラー服が、まるで豪雨に降られたかのように濡れそぼって、重い。さっきまで動いていた人はほとんど肉塊になっていた。血の臭いが、腐った卵のような臭いが周囲に立ち込める。血の海の中で、死体の山の上で、舞は一人……嗤っていた。
「けけ……うけけ……!」
男、女、老人、子供。
善人も、悪人も。
凡人も、超人も。
貧富も。上下も。
左右も。古今も。
「うけけけけ!」
嗤っていたのだった。どんな相手でも、刀は容赦なく、分け隔てなく斬り捨てた。舞にはそれが心地良かった。彼女はもう覚えていなかったが、舞がこうなるのはこれが初めてではなかった。『第一のゲーム』で、敵の攻撃に遭い意識を失った彼女は、本能に突き動かされるまま……舞の手元で、血を滴らせた『村正』が、更なる獲物を求めて戦慄いた。
終わらない。こうなるともう、終わらない。
敵だろうが、味方だろうが、
目に映るもの全てを叩き斬るまで、彼女の煉獄は終わらない。
舞はゆらりと刀を握り直し、そして、
「オイ!」
不意に背後から鋭い声が飛んできて、舞は我に返った。花凛だった。馬に乗った花凜が、全身真っ赤に染まった舞を見下ろして叫んだ。
「いつまで惚けているつもりだ。さっさと次の作戦に移れ、浮き玉!」
「……うぃ〜っす」
「大将に向かって何だその態度は。私が織田信長なら、叩き斬ってるところだぞ」
結局、じゃんけんで負けた舞は今回大将にはなれなかったのだった。だけど。だけど。この女は所詮、後ろの方の安全地帯で、上から目線で命令を飛ばしているだけだ。戦場の最前線に出て誰よりも敵を殺しているのはこの私だ。つまり私の方が大将に相応しい。
「寝言は寝て言え。敵と味方の区別もつかんような奴は、所詮大将の器じゃない」
「んだとぉ!? テメー……」
ふと舞が周りを見渡すと、自ら率いて来た兵が、離れたところから怯えたような目で彼女を見つめていた。足元にはゴロゴロと、敵も味方も分け隔てなく、収穫した木の実みたいに首が転がっている。
「ひ……ッ!?」
「あー……その、何だ……」
舞は血に染まった掌で後ろ首を揉んだ。
「……んな、区別なんか付くかよ!? 何奴も此奴も殺気立ちやがって!」
「貴様が一番殺気立っとるわ」
※戦場における死因の約1〜3割がフレンドリーファイア……味方による同士討ちだと言われている。実際の戦争ではゲームのように頭上にマーカーが付いている訳でもないので、区別しろという方が難しいかも知れない。
「全く……危うく味方が全滅するところだぞ」
花凜がため息をついた。と同時に、遠くの方で爆発音がした。大砲である。見ると、セーヌ川の向こうから、ナポレオンの大軍が波のように押し寄せてきていた。どうやら敵は固まって中央一点突破を図ろうと、そういう作戦であった。それを見て舞が、
「よぉ〜し、テメーら……よぉく聞けよ」
「ひぃっ……!?」
山の上から。振り返り、青ざめた顔の兵士たちを見回しながら、ニヤリと嗤った。
「作戦通りだ! みんな仲良く、死ねッ!」