ROUND 7 織田信長 vs ナポレオン・ボナパルト⑥
「私が大将だって言ってんだろ!」
「ダメだダメだ! 貴様のようなバカに大将が務まるか! 国が滅びるわ!」
「何ぉ!?」
『信長カフェ』に2人の少女の罵声が飛び交う。その様子を、少し離れた処から飛鳥と泥梨、そして長南小麦が見守っていた。飛鳥はオレンジジュース(¥300)、泥梨は『信長コーヒー』(¥800)を飲んでいる。テーブルの下では、飛鳥の愛犬のタロが眠そうに欠伸をしていた。
「2人とも大将じゃダメなの?」飛鳥が尋ねた。
「一応、バッヂの保有数が多い人がチーム内で優先権があって……そのうちの1人が大将に選ばれる」
「じゃ、バッヂを多く集めた人が勝ちってコト?」と、これは小麦。
「うん……一概にそうとも言えないんだ。たくさんバッヂを所有すれば、その分『業』も深くなるからねぇ」
「……?」
「あくまで勝利条件は②大将を討ち取ったら勝ちだよ」
「この間はお前が大将だったじゃねぇか!」
舞と花凜が取っ組み合いを始めた。
「だったら今度は私の番だろ!」
「何を言っている。勝ったんだから変える必要はないだろう。貴様と共倒れは御免被る!」
「テメーの下に付きたくねぇえええッんだよッ!」
「五月ッ蝿い! 私だって好きで貴様と同じチームになってる訳じゃないわ! 第一、貴様のような軟弱な精神では……」
「んだとぉッ!?」
「良いからバッヂを付けてみろ!」
花凜はそういうと、素早く舞の着ていたセーラー服の襟に『信長バッヂ』をブッ刺した。
「う……!?」
「あっ! 舞さんがバッヂを付けた!」
「マズイ! みんな逃げろ!」
たちまち店内は騒然となった。舞は一瞬、呆けたように天井を見上げ……ぐるんッ! と白目を剥いたかと思うと、大口を開けて嗤い声をあげ始めた。
「うけけけけけ!」
「うわぁっ!? 舞さんがお化けになった!」
「元からお化けだろう」
「うけけけけ! うけっ、うけけ!」
舞はそのまま猿のようにぴょんと跳ね上がると、テーブルの上で胡座を掻き、置いてあった髑髏の盃を浴びるようにして呑み始めた。赤い唇の隙間から、だらだらと酒(『信長ロック』¥1582)がこぼれ落ちる。
「あぁっ! 14歳が飲酒を!」
「黙れ! 死者に法的拘束力はない!」
「うぅ……舞くんのくせに法律の穴を突いてきた……人が変わってる」
「うぃ〜っ、ひっく! うけけ、気持ち良くなってきたぜぇ〜ッ」
顔が真っ赤になった舞は、目をとろんとさせた。完全に酔っ払いである。そのまま彼女は上着を脱ぎ捨てると、テーブルの上で敦盛を踊り始めた。
「うぃ〜……人間、五十年〜……♪」
「貴様はまだ十四年しか生きてないだろ」
「どうしよう……舞さんが信長様に乗っ取られちゃった」
実際の信長は、ほとんどお酒は飲まなかったようだが。
「これで分かっただろう」
ざわつく客たちを尻目に、花凛がセーラー服から『英雄バッヂ』を抜いた。ハッと目が覚めた舞は、慌てて上着を手繰り寄せると、そのままヘナヘナとテーブルの上に倒れ込んだ。
「戦場でも歌って踊ってるつもりか? 貴様のような軟弱な精神では、大将は務まらん! 呑まれて終わりだ!」
「て、てめ……謀ったな……!」
「まぁまぁ」
収集がつかなくなると思ったのか、ここで泥梨がにこにこと2人の間に割り込んできた。
「普通、他のチームはどっちが大将か? なんてそんな大声で言わないもんだよ。狙われたら終わりじゃん」
「そうだよ、せっかく同じチームになれたんだから仲良く……」と飛鳥。
「仲良くしようよ〜」小麦もうんうんと頷いた。
「……待て。テメーは誰だ」
「ひっ!?」
起き上がった舞が不意に小麦を睨んだ。まだ頭が痛むのか、鬼のような形相をしている。小麦は完全に縮み上がった。
「やめてぇ〜! 殺さないでぇっ!」
「何だこいつ。こんな奴いたか? お前なんか知らんぞ!」
「彼女は『ダビデ』だ」
花凜が深々とため息を付き、椅子に腰掛けた。
「ダ……誰?」
「この間の対戦相手だよ。今は私たちのチームメイトだ。③試合終了後、勝ったチームは相手チームから1人までチームメイトを補充する事ができる。『ダビデさんチーム』から引き抜いて来たのだ」
「ども……ハハ……」
舞は苦笑いを浮かべる小麦を不躾に睨んだ。
長南小麦。
見た目は舞と同じ女学生である。黄色いリボンのセーラー服を着ていた。金髪に染めた髪に、浅黒い肌。超が付くほどミニスカートにダボダボのルーズソックス。渋谷か原宿辺りを歩いているギャルのようだった。
ギャルは、どうやらあの時戦車の砲手席にいた『ダビデさんチーム』の片割れのようだ。ギャルとはいえ、負けて引き抜かれたとあって、さすがに肩身が狭そうだった。
「……おかしいだろ。アイツらは、戦車ごと爆破してやったじゃねえか」
「彼女は回復系の武器を飲んでるんだよ。エリクサー。ゲームとかで聞いたことあるだろ? 不老不死なんだ」
「不老不死だぁ!?」
「や、もう死んでるンだけど……」
幽霊になった後で不老不死になってもね。そう言って小麦が乾いた笑い声を上げた。
「じゃ、コイツ殺しても死なないのかよ!?」
「まぁ……うん」
「もうコイツが優勝だろ!」
「私たちは運が良い」
花凜が背筋を伸ばして信長紅茶(¥680)を啜った。
「戦争という言葉に惑わされるな。今度の死合の肝は、ただ敵を殲滅すれば良いというものではなく、如何に戦力を集めるか……だ。バッヂを回収すれば、敵はそれ以上死合に参加できなくなる。勝てば自軍の戦力が増えていく。そうして一大勢力を築いた者が、この死合を制す……すなわち天下を統一するという訳だ」
「不死身かぁ」
舞が花凜の説明を無視してニヤニヤ笑った。
「なるほどなぁ……コイツは便利だ。こりゃ使わない手はないぜぇ」
「また舞さんが悪い顔してる」
「さすが幽霊。さすが人でなし」
「誰が人でなしだ。違ぇよ、これァな、信長に操られて言ってんのよ。ひひひ!」
「都合の悪いことを信長のせいにするなよ」
「ねぇ、このコ素でヤバくない?」
「良いから往くぞ!」
花凜が正宗を手にすくと立ち上がった。
江戸の『信長カフェ』を出て、『英雄バッヂ』を起動する。それから数分後には、彼女たちは安土城に転送されていた。
出陣の用意は整っていた。舞は集まった兵どもを見下ろし。手すりに右足をかけ、日本刀を空に突き出して、大きく息を吸い込んだ。
「……KATIKOMIじゃあぁあああッ!!」
法螺貝が鳴り響く。こうして2人の対戦は幕を開けたのだった。それから数時間後……。