epilogue
こうして戦いは、終わった。
全てが終わったその後で。
ヒーローインタビューを終え、やがて勝者・明智光秀が……宇喜多芽衣が、ヴィクトリアのいる地獄にまで降りて来た。返り血を浴びたセーラー服はそのまま、真紅に濡れそぼり、まるで土砂降りにでも遭ったようだった。
「お帰りなさい。少し時間がかかったわね」
「…………」
ヴィクトリアが満面の笑みで勝者を出迎えた。芽衣の表情は依然変わらない。勧められた椅子に座ろうともしない。
実の姉をその手で殺めたばかりだと云うのに、彼女は心が死んでしまったかのように、何の感情も抱いていないようだった。右手には愛刀・倶利伽羅江が握られ、そして左手には、討ち取ったばかりの敗将・舞の首級が、くるくると風に揺れている。切断面から、まだ真新しい血が草むらにポタポタと滴り落ちた。
「ま、舞……!」
花凛は息を呑んだ。まだ目の前の光景が信じられなかった。まさか。普段から憎まれ口を叩き合っていたが、しかし、あの舞が負けるところを想像できなかった。首だけになった戦友を、花凛は何だか夢でも見ているような気分で眺めていた。まさか。これで、終わり? 本当に、これで……。
「だから言ったでしょう? 私たちが勝つ、って」
黒づくめの少女が、嬉しそうに立ち上がった。新しいティーバッグを開けながら、草むらの上で、干からびたミミズみたいにのたうち回る4人を見下ろす。
「精神崩壊しているところごめんなさい。試合も終わったし、そろそろ貴女たちも処分してしまおうと思って」
「あ……ぐ……!?」
「ううぅ……!」
「せっかくだから、最後は芽衣ちゃんに」
そう言ってヴィクトリアは、芽衣に手招きした。女王の、しなやかな細いその指が、そっと芽衣の胸元に伸びる。
「この子に貴女たちを殺してもらおうかしら。フフ……今は『バッヂ』に操られて、何も感じてないみたいだけど……」
「き、貴様……!」
「もしこれを取って意識を取り戻したら、可哀想に、この子どうなっちゃうのかしらァん? ウフフフフ……! まさか自分の手で大好きなお姉ちゃんを殺しちゃったなんて、それを知ったら……!」
「何処までゲスなんだ……貴様ァッ!」
「意識を取り戻したまま、貴女たちを処分させてあげる」
ヴィクトリアが頬を紅潮させ、愉悦に目を細めた。
「嗚呼……どんな反応するんだろ? 泣きながら、もうやめて、こんなことしたくない……って言うのかしら? それとも、お姉ちゃん助けて、って? アハハァ、自分で殺しちゃったのにねぇ! 貴女の掴んでるその首、それがお姉ちゃんの成れの果てよ。アハハハハ!」
「腐れ外道が……!」
「さぁ芽衣ちゃん……」
ヴィクトリアが芽衣から『光秀バッヂ』を取り上げた。そして、最後の命令を下す。
「その女どもを殺しなさい」
「う……ッ!」
すると、芽衣の手が、ゆっくりと動き出し、
「う……ううッ……!?」
次の瞬間、ヴィクトリアの胸元に短刀が突き刺さった。
「え……?」
黒髪の少女が、驚いて目を見開いた。口元からつう……と、一筋の血が溢れ落ちる。それから芽衣は刃を抜き、ドスドスドスドス! と何度もヴィクトリアの体を突き刺した。何度も。何度も。何が起きているのか分からない。5個目の心臓を破られた時、ヴィクトリアはようやく我に返った。
「貴女……何やってるの!? 私じゃなくて……!」
「う……ひひ……!」
「あ……?」
芽衣が、今度は黒髪少女の脳天を乱暴にかち割る。さすがのヴィクトリアもようやく尻餅をついた。それでもまだ、全身からドバドバと血を流しながら、一向に死ぬ気配がないのだから驚きだ。
「あ……貴女……誰? 芽衣ちゃん?」
「うひひひひ……! 『英雄バッヂ』で精神を乗っ取れるってンならよぉ……!」
芽衣が刀を振り被り、ニヤリと嗤った。その凶暴性。歯に衣着せぬ口さがなさ。姿形は宇喜多芽衣である。しかしその中身は……花凛がハッと目を見開いた。
「ま、まさか……!?」
「……こちとら長いこと幽霊やってんだ! 私が芽衣を乗っ取れねぇってこたぁねえよなぁッ!」
「う、宇喜多……舞!」
芽衣の左手で、首だけになった舞がくるりとこちらを振り向き、ケタケタ嗤い始めた。ヴィクトリアが息を呑むのと、その首が芽衣……中身は舞……に斬り落とされるのと、ほぼ同時だった。首だけになったヴィクトリアがぼとり、と地面に落ち、驚いた。
「こ、殺されて……乗り移ったって言うの……!? 自分の妹に!?」
「試合は手前等の勝ちで良いや……だが、天下はもらってくぜ」
ケケケ、と八重歯を光らせ、舞は切り刻まれたヴィクトリアだった体から、指環と『英雄バッヂ』を奪い去ると……くるりと背中を向け、一目散に逃げ始めた。
「……いやちょっとォ!? 助けに来たんじゃないの!?」
その後ろ姿を見て、今麦たちが次々に叫んだ。
「舞さん……芽衣さん!? どっち!?」
「ひ、1人で逃げる気!?」
「何だオメーら、人が真剣勝負してる時に何呑気に寝っ転がってんだ!? さっさと逃げるぞ!」
「全く……!」
花凛はもう、苦笑いするしかなかった。自分が殺されて、試合に負けて、それで天下を取ろうとは……こんなおおうつけが一体何処にいるだろうか?
「死んでも死なないな、貴様は……!」
「うひひひひ!」
少女たちは残された力を振り絞り、よろよろと立ち上がった。それで、全てが終わったその後で。5人は地獄を逃げ出したのである。




