ROUND 39 宇喜多 死す
「約4000万から5000万……これが何の数字だか分かる?」
穏やかな木漏れ日の下。熱い紅茶に口をつけながら、ヴィクトリアが優雅にほほ笑んだ。金彩と薔薇の絵が彫り込んである、自身の名を冠した王朝時代のアンティークカップである。
「第二次世界大戦の犠牲者数よ……そして、私の『バッヂ』の強化数でもある」
日差しが当たり、黒髪の少女の胸でブルーリボンが輝く。そういえば……言われて小麦は思い出した。いつの日か拾った『諸葛孔明バッヂ』は、『+12』と刻まれていた。他の『英雄バッヂ』を素材にして強化できることは、公にはされていない。もしされていたら、その余りの戦闘力の違いに、小麦たちはたちまち戦意喪失していたところだったろう。
「そしてこれからも……フフ。世界から戦争が無くならない限り、死神の戦闘力は上がり続ける……!」
いや、そうでなくとも、小麦たちはもはや立ち上がる気力さえ残っていなかった。庭にぐったりと倒れ込む4人を見て、ヴィクトリアがクスリと笑った。
「どうしたの? まだ10人も経験してないわよ……」
戦死の追憶。かつて人類が起こした戦争の、その全ての記憶を……いや実体験を……4人の少女はその身に受け続けていた。
銃で。
刀で。
石で、矢で。
毒ガスで、生物兵器で。
地雷で、ミサイルで、核兵器で。
人間が開発したありとあらゆる兵器で。
夢とも現とも分からない世界で、少女たちはひたすら殺され続けた。痛みを感じる。音も、臭いも。血の温もりも、その冷たさも。死ぬ。死に続ける。殺され続ける。『敵』から向けられた殺意を、悪意を、己の内から湧き上がってきた恐怖を、絶望を……もはやどちらが発しているのかすら分からなくなった負の感情、負の概念を……終わることも許されず、休むことなく『戦争』を与えられ続けた少女たちは、4000万を待たずとも、ものの数分でとっくに壊されかけていた。
「此処は私の世界。私のルールは私が創る」
庭先では椅子に腰掛けたまま、黒髪の少女がそう言ってほほ笑んだ。己の地獄の中で、決闘指環で自在に『ルール』設定できるようになったヴィクトリアに、もはや枷は無くなった。大会そのものが、彼女に取っては単なるハンデに過ぎなかったのだ。
勝てない……。
地面に突っ伏していた少女たちの心を、拭い切れない諦観が覆った。涙が、汗が、体の震えが止まらない。能力とか、武器だとか、そういう問題じゃない。確かに此処は地獄だ。地獄に棲む鬼に、私たちは無謀にも戦いを挑んでしまったのだ……。
「ご覧」
ヴィクトリアが指を鳴らすと、空中にふわりと巨大な大画面が現れた。燃えている。画面の向こうでは、『本能寺の変』の様子が映し出されていた。
「向こうもそろそろ終わるみたい」
右頬を地べたに着けたまま、花凛は食い入るように画面を見つめた。信長と光秀……舞と芽衣の戦いも、そろそろ終幕が近づいていた。
鍔迫り合いを続けながら、2人は仲睦まじげに顔を寄せ合っていた。しかしそれも次の瞬間には、苛烈な死の押し付け合い、斬り合いに変わる。間合いを取り、信長が勢い良く刀を振り上げた。その刹那、表情がほんの一寸、苦悶に歪む。その隙を、光秀はもちろん見逃さなかった。
「舞……!」
倒れ込んだまま、花凛が声を枯らして叫んだ。画面の向こうでは、胸元に深く踏み込んだ光秀の、その愛刀が、信長の……舞の体に深々と突き刺さり、真紅の血飛沫とともに、背中から切先が飛び出してきた。
「う……うわぁああああっ!?」
次の瞬間、観客の怒号と歓声で画面が揺れる。心臓を一突きされた舞は、口からごぽり、と血を溢した。光秀は……芽衣は無表情のまま。やがてゆっくりと、妹の体に身を預けるようにして、舞がずるり、とその手から『村正』を取り落とした。
『勝負ありィーッ!』
誰もが呆然とする中、実況が興奮気味に叫んだ。
『此処に再び! 歴史が刻まれましたッ!』
「そ……そんな……!?」
『勝ったのは光秀ッ! 姉妹対決を制したのは青コーナー、ヴィクトリアさんチーム! 信長破れる! やはり本能寺では勝てなかった、歴史の運命には抗えなかったッ!』
「ま……舞さん……!」
「い……いやぁぁあああっ!?」
『信長負けた、負けました! 尾張の昇り龍、此処にッ破れたりィィーッ!!』
《第二部・完》




