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ROUND 36 Pax Britannica 2.0

「い……いないよ!?」


 カーテン越しに、青コーナーを覗き込んでいた飛鳥が、興奮気味に囁いた。さっきまで両選手たちが並んでいた闘技場(リング)の周りに、今は誰もいない。とはいえ、大画面(スクリーン)では『本能寺の変』が繰り広げられているので、観客は特に気にしていないようだった。


「もしかして感付かれた!?」

「いや……控え室に引っ込んでいるだけだろう。我々と同じようにな」

「どうしよう……どうするの!?」


 気にしているのはもっぱら信長さんチームの面々だった。本陣(カーテン)の隙間から顔を覗かせ、ヒソヒソと声を潜ませる。探していたのは、敵の『大将』・ヴィクトリアだった。ルール違反を犯してまで暗殺を決めたものの、標的(ターゲット)にこうも易々と動かれては、そりゃ心中穏やかではない。だからって、「今から暗殺しますのでそこでジッとしてて下さい」、なんて言えるわけがない。


「そう焦るな。むしろ好都合だ」

 

 花凛は努めて冷静な声で皆を落ち着かせると、控え室の奥に引っ込んで、パソコンの前に座り直した。カチャカチャとキーボードを鳴らし、そこから

衛星リモートセンシング

三次元コンピュータ断層撮影

パルスレーダー

 、と言ったものを次々と起動させて行く。


 ※現在の歴史学は、科学の発展に伴い、文献研究や実地調査だけでなく最先端のテクノロジーを駆使した解析が行われている。たとえば衛星を用いて、埋もれていた遺跡の発見や構造を明らかにしようとする

「宇宙考古学」

などもそうで、これにより、ピラミッドの内部や始皇帝の墓の詳細を”掘らず”に識ることが可能となった。


 そしていつの時代も、最新のテクノロジーは軍事利用される。


「衆人環視が無くなった分、こちらとしても動き易い。敵の控え室なら、ダクトを通じて裏から回り込めるはず……」

 言いながら、花凛が会場の断面図を印刷した。机の上に広げられたそれを、他の面々が急いで覗き込む。


「これって……」

 図面を見ながら、小麦が首を捻った。

「何? 何か、下に通路? 階段みたいなものが続いてるけど……」

「地下にいくつか部屋があるみたいだね。そこに続く階段?」

「こっちの控え室にはないわね。向こうにだけ」


 そう言ってローズが自分たちが今いる場所を指差した。確かに図面は、非対称になっている。赤コーナーは入り口以外他に通路はないが、向こうには階段らしきものが確認できた。さらに会場の下に大きな空洞があり、そこに祭壇のような、何かしらの巨大な建造物が確認できる。花凛が唸った。


「恐らくはこの地下に、奴らの総本山があるのだろう」

「そう……?」

「言っていただろう。ヴィクトリアは死神……『運営側』だと」

「じゃ、じゃあこの下にいるのは……!?」

「この暗くて狭そうな隅っこに、死神がウジャウジャいるってこと!? いやぁ〜っ!?」


 小麦がゴキブリでも見つけたみたいな顔で悲鳴を上げた。花凛はというと、顔を青色に光らせ、不敵な笑みを浮かべている。


「『大将』を排除すればこの試合をやる意味は最早無くなる。何なら死神の総本山を叩いて、大会ごと潰してしまえば御の字なんだが」

「そう上手く行くかしら……?」

「待ってよ……あと1人忘れてない?」


 飛鳥が不安げに図面から顔を上げた。

 

「始皇帝が残ってるよ。ヴィクトリア女王の前に、あの魔法少女を何とかしないと……」


 ヴィクトリアさんチームの1人、始皇帝を名乗る幼女の『能力』……前回のアレクサンドロス大王との戦いで、彼女が魔法の力で相手を『洗脳』し操っているのは確認できた。


「あの穴に落ちたら、兵馬俑にされちゃうんだから!」

「ウム。確かに……」

 花凛が眉をひそめた。

「あの『能力』を此処で無差別に使われでもしたら、下手したら来場者全員が敵になってしまうな」

「そうなったらもう、暗殺どころじゃないわね。『洗脳』ってどうやって倒すんだったっけ?」

「『運営』って実際何人くらいいるのかしら?」

「そもそも死神の頂点(トップ)って何? やっぱサタン? それとも閻魔大王?」

「第一目標はヴィクトリアだ」


 騒がしくなった皆を静めるように、花凛が低い声を張り上げた。


「とにかく時間がない。最悪始皇帝は無視しても構わない。『下』の階も今は忘れろ。良いか……」


 それから信長さんチームは顔を突き合わせ、密かに暗殺計画を練って行った。



 その、下。

 

 秘密の螺旋階段を、下へ下へと降りて行ったその先に、その地下空洞はあった。関係者以外立ち入り禁止。もっとも、光源がほとんど無いので、並の一般人……もとい一般幽霊が降りて行っても恐らく何も見えないだろう。無明の闇に立ち入ることができるのは、闇の住人、すなわち死神だけであった。


 螺旋階段はところどころ、蟻の巣のように、通路が枝分かれしている。その奥にあるのは、また新たな闇であった。常闇で蠢いているのは、黒い、鼠ほどの小さな生き物だった。


 死神たちはその生き物を”恐るべき子供たち”と呼んで育てていた。言わば此処は、牧場である。光の届かない牧場の中で、ずらりと並んだ鼠たちが一心不乱に餌を貪っている。彼らが喰べているのは……実体のあるものではなく……人間の”悪意”、”嘘”、”恐怖”、あるいは”不安”、”嫉妬”と言った……負の感情、負の概念である。


 そしてもう一つ。

 死者の魂であった。


 鼠たちにとって、人の魂は特にご馳走のようだ。我先にと皿に突撃し、柔らかなそれを嬉々として引き千切っている。今夜並べられたのは、”ハンムラビ王”だったり、”ツタンカーメン王”だったり、中でも高級な”食材”だった。


 全身に”悪意”を詰め込めるだけ詰め込み、育てられた鼠たちは、第二段階で劇的な”進化”を遂げる。身体は倍以上に膨れ上がり、見た目もより化け物地味てくる。とある1匹は四つん這いで牙を尖らせ、またある1匹は、眼球から血を滴らせ鋭く爪を伸ばしていた。


 さらには人間のように、二足歩行で歩いている鼠もいた。いや、第三者段階になると、もはや(モルモット)とは呼べないかもしれない。言葉も話せる。知能は14歳前後、形状は人間とさほど変わらない。ただ、黒い翼があったり、心臓が5個あったりするだけである。(モルモット)たちの中でも、その段階に辿り着ける種は、ほんの一握りであった。


 人を憎むためだけに産まれてきた獣。

 世界を壊すためだけに育てられた者。

 ”悪意”を、”恐怖”をばら撒くためだけに闇を闊歩する存在。


 名前はまだない。誰も名称を知らないが、一部の人々は彼らを”死神”と呼んで畏れている。


 黒に染まった地下世界に、ただ足音だけがコツコツと響く。最下層に向かって、1人の少女がゆっくりと階段を降りているところだった。天井から滴り落ちてきた地下水が、少女のスカートの端を濡らした。


 ヴィクトリア……その魂を喰らった死神……やがて彼女は最下層まで辿り着くと、眩しそうに目を細めた。


 そこにあったのは、玉座だった。ピラミッド上に積み上げられた石の上に、古びた祭壇が設けられている。その頂上に、空席の玉座が(そび)えていた。”(そび)えて”と言ったのは、およそ人間が座るにはあまりにも巨大な建造物であるからだった。もしも地下に空があれば、軽く雲を突き抜けていたに違いない。


 黒服の少女は祭壇の前に跪き、両の手の指を交互に絡め、静かに”祈り”を捧げ始めた。


 ……あるいはそれは”祈り”ではなく、人間で言うところの”呪詛”だったのかもしれないが。


 巨大な玉座が空席になってから、それほど日は立っていない。前回の大会優勝者……『蒐集家(コレクター)』はすぐに次の大会を開くことを選んだ。そう、玉座(そこ)に座るのは死神ではなく、大会の優勝者……”人”だと決められていた。


 武器を手に取り。

 同族を殺して回り。

 仲間を殺し、家族を殺し。

 

 悪魔よりも。魔王よりも。誰よりも血に塗れた”人間”こそが、”悪”の頂点に相応しい。ぴちゃん、と音がして、黒い世界にまた一つ、透明な雫が堕ちて来た。


 ”祈り”を……もしくは得体の知れない何かを……祭壇に捧げ終わった彼女は、薄目を開き、

「何かになりたいワケじゃない。ただ、やりたい事ならいくらでもあるの……」

 指先で雫を掬い上げると、うっすらと笑みを浮かべて立ち上がった。


 雫に映し出されたその横顔は、果たして死神か、それとも人間か。


「……そしてもう一度、世界に”平和”を。地上に”太陽の沈まない国”を作りましょう」

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