ROUND 32 Tut ankh Amun
古代エジプトの文化は、何となく日本と通じる部分も多い。
たとえば、太陽崇拝を中心とした自然信仰。
日の本の国の太陽神はアマテラスだが、農業国であるエジプトでも、繁栄の象徴として太陽神・ラーが崇められた。
そんな太陽も、夜になると西の空に沈む。
古代人たちはその様子を不吉に思い、
「太陽が死ぬ」
「神が死ぬ」
と畏れていたのだとか。
そして次の日、東の空から再び太陽が昇る(太陽神は夜の間、舟で冥界を進んでいる、と考えられていた)と、神が奇跡の復活を遂げた、と安堵したのである。
「太陽ですら死ぬ」
「神ですら死ぬ」
この耐え難い事実を前に、エジプト人たちは「死」と云う運命に向き合い、やがてミイラやピラミッドなどを作るようになった。太陽のように、来世でも見事な復活を遂げるために、腐敗しない完全なる遺体が必要……と考えたのである。
新王国時代にパピルスなどに残された呪文が、200ほど見つかっている。学者たちはそれらを総称して
『死者の書』
と呼んでいるが、古代人たちは
『日の下に現れ出るための書』
と呼んでいた。
また、日本には八百万の神々がいるが、エジプトにも2000を超える神々がいる。有名な、山犬姿のアヌビス神や、ハヤブサ頭のホルス神もいれば、虫の神やら爬虫類の神やら、地方で根強く信仰される無名な神々もいた。
言霊信仰に近いものもあり、古代エジプトでは名前が大変重要なものとされていて、自分の名前を奪われるのは存在を奪われるに等しかった。そのために、『死後自分の名前を忘れないための呪文25』なども考案されている。贅沢な名だねぇ。と、死後言われたかどうかは知らないが。
三途の川に似たものもある。
もちろんエジプトではナイル川だが。川を渡ると、やがて向こうの世界で待ち受けていたアヌビス神やオシリス神が、死者を裁くため色々と質問をする。
「盗み聞きをしたことがあるか?」
「不倫を犯したことがあるか?」
「神を冒涜したことがあるか?」
などなど。日本でいう閻魔大王みたいな存在である。少しでも言い淀めば、地獄行き。中々シビアである。そして、先ほど名前が重要だと述べたが、こんな質問もある。
「私に私の名前を言え」
前述の通り、神々の数は2000を超える。
人生を賭けたポ○モン言えるかな? みたいな感じで、死者は神の名前を一言一句間違えず答えなければならなかった。
※
「さぁ答えろ! 『私に私の名前を言え』!」
ツタンカーメン王が、砂丘の上から厳かにそう言った。
「どうした? 分からないのか? んん?」
「…………」
「最近の教科書には載っていないのか? この黄金の仮面に見覚えは?」
飛鳥は口を噤んだままだ。難しい顔をしたまま、ジッと黙っている。砂混じりの熱風が沈黙の間を駆け抜けて行った。
「ほぅ……」
ファラオがご自慢の顎を撫で、興味深げに少年を見つめた。
「なるほど、なるほど……答えは沈黙、か。『答えなければ良い』と、そう思っているんだな?」
「…………」
「確かに、僕の『呪いクイズ』は、正解者を奴隷に、不正解者をミイラに変える呪文だが……」
「…………」
「……ざぁぁあんねんだったなぁああっ!」
突如少年王の高笑いが響き渡る。太陽の光を浴びて、黄金色のマスクがギラギラと輝いた。
「あ……!」
すると突然、飛鳥は異変を感じ、ビクリと体を強張らせた。
「あ……あ……!」
呪い。たちまち全身の毛がゾワっと逆だった。何かが起きている……何か……正解も、不正解もしていないはずなのに……!
「あぁあああ……!?」
「あひゃひゃひゃひゃ! クイズに答えなかったり、耳をふさぐような不届者は、ラクダにされちゃうんだよ〜ん!」
「うわぁぁああっ!?」
気がつくと飛鳥の両手両足は、もふもふと毛深くなっていた。5本の指の代わりに蹄が出来、首はろくろ首のようににょろにょろと、背中が噴火した山のように盛り上がって行く。瘤だ。飛鳥はヒトコブラクダになった。二本足で立っていられなくなって、彼は思わずその場に座り込んだ。
※
「オイ!? アイツ、ラクダになったぞ!?」
「どういうことぉ!?」
「……可愛い」
「おのれ……よくも弟をより愛らしい姿に……!」
慌てふためいたのは信長さんチームだった。画面の向こうでは、身も心もすっかりラクダになってしまった飛鳥が、砂場に香箱座りして草を食んでいる。瘤の上に腰掛けたファラオが、勝ち誇った顔で手綱を付け始めていた。
「何だこのクソ問題! こんなもん、どう足掻いても回避不可能じゃねーかよ!」
「一体どう攻略すれば……!?」
「可愛い……ラクダ可愛い」
「降参! 降参だ!」
これ以上は戦えそうもない。花凛がたまらず闘技場の中にタオルを投げた。
「この戦いは棄権する……私たちの負けで良い! だから……!」
「……何を言ってるの?」
すると、ヴィクトリアが投げられたタオルを指の端で摘み上げ、小首を傾げた。
「貴女、審判じゃないでしょう? 勝敗は戦場にいる選手同士が決めること……外野が勝手に決めて良いだなんて、そんなルールはないわ」
「だが……だが喋れないじゃないか!? 飛鳥はラクダになったんだぞ!」
「だったら最初から、ちゃんとクイズに答えておけば良かったのにねぇ」
ますます顔を青くする花凛を前に、ヴィクトリアが心底可笑しそうに目を細めた。
「賢しらな真似をするからこんな目に遭うのよ。可哀想に。弱い者は負け方も選べない……ウフフフフ」
「貴様……!」
「良かったわぁ、ちょうど私たち、ラクダのステーキが食べたかったところなの」
「な……!?」
花凛が目を見開いた。黒髪の少女が何とも意地悪な表情で嗤い、舌舐めずりした。
「一体どんな味がするのかしら? エキゾチックよね……これからは世界中の珍味が、大英帝国に集まるのよ。もう誰にも飯が不味いだなんて言わせないんだから」
「ま……待ってくれ! 降参するって言ってるだろう!? お願いだから……!」
「お願い?」
少女の肩にとまったカラスが、けたたましく鳴き声を上げる。ひらひらと白タオルを振るその指先で、黒真珠の指輪が妖しく煌めいた。
「……そうね。貴女の頼み方次第では、私たち、『勝ち』を認めてやらないでもないけど?」




