表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/45

ROUND 32 Tut ankh Amun

 古代エジプトの文化は、何となく日本と通じる部分も多い。


 たとえば、太陽崇拝を中心とした自然信仰。

 ()(もと)の国の太陽神はアマテラスだが、農業国であるエジプトでも、繁栄の象徴として太陽神・ラーが崇められた。


 そんな太陽も、夜になると西の空に沈む。

 古代人たちはその様子を不吉に思い、

「太陽が死ぬ」

「神が死ぬ」

 と畏れていたのだとか。

 そして次の日、東の空から再び太陽が昇る(太陽神は夜の間、舟で冥界(ドゥアト)を進んでいる、と考えられていた)と、神が奇跡の復活を遂げた、と安堵したのである。


「太陽ですら死ぬ」

「神ですら死ぬ」


 この耐え難い事実を前に、エジプト人たちは「死」と云う運命に向き合い、やがてミイラやピラミッドなどを作るようになった。太陽のように、来世でも見事な復活を遂げるために、腐敗しない完全なる遺体が必要……と考えたのである。

 

 新王国時代にパピルスなどに残された呪文が、200ほど見つかっている。学者たちはそれらを総称して

『死者の書』

 と呼んでいるが、古代人たちは

()(もと)に現れ出るための書』

 と呼んでいた。


 また、日本には八百万(やおよろず)の神々がいるが、エジプトにも2000を超える神々がいる。有名(メジャー)な、山犬姿のアヌビス神や、ハヤブサ頭のホルス神もいれば、虫の神やら爬虫類の神やら、地方で根強く信仰される無名(マイナー)な神々もいた。

 言霊信仰に近いものもあり、古代エジプトでは名前が大変重要なものとされていて、自分の名前を奪われるのは存在を奪われるに等しかった。そのために、『死後自分の名前を忘れないための呪文25』なども考案されている。贅沢な名だねぇ。と、死後言われたかどうかは知らないが。


 三途の川に似たものもある。


 もちろんエジプトではナイル川だが。川を渡ると、やがて向こうの世界で待ち受けていたアヌビス神やオシリス神が、死者を裁くため色々と質問をする。


「盗み聞きをしたことがあるか?」

「不倫を犯したことがあるか?」

「神を冒涜したことがあるか?」


 などなど。日本でいう閻魔大王みたいな存在である。少しでも言い淀めば、地獄行き。中々シビアである。そして、先ほど名前が重要だと述べたが、こんな質問もある。


「私に私の名前を言え」


 前述の通り、神々の数は2000を超える。

 人生を賭けたポ○モン言えるかな? みたいな感じで、死者は神の名前を一言一句間違えず答えなければならなかった。



「さぁ答えろ! 『私に私の名前を言え』!」


 ツタンカーメン王が、砂丘の上から厳かにそう言った。

「どうした? 分からないのか? んん?」

「…………」

「最近の教科書には載っていないのか? この黄金の仮面に見覚えは?」

 飛鳥は口を(つぐ)んだままだ。難しい顔をしたまま、ジッと黙っている。砂混じりの熱風が沈黙の間を駆け抜けて行った。

「ほぅ……」

 ファラオがご自慢の顎を撫で、興味深げに少年を見つめた。


「なるほど、なるほど……答えは沈黙、か。『答えなければ良い』と、そう思っているんだな?」

「…………」

「確かに、僕の『呪いクイズ』は、正解者を奴隷に、不正解者をミイラに変える呪文だが……」

「…………」

「……ざぁぁあんねんだったなぁああっ!」


 突如少年王の高笑いが響き渡る。太陽の光を浴びて、黄金色のマスクがギラギラと輝いた。


「あ……!」

 すると突然、飛鳥は異変を感じ、ビクリと体を強張らせた。

「あ……あ……!」

 呪い。たちまち全身の毛がゾワっと逆だった。()()()()()()()()……何か……正解も、不正解もしていないはずなのに……!


「あぁあああ……!?」

「あひゃひゃひゃひゃ! クイズに答えなかったり、耳をふさぐような不届者は、ラクダにされちゃうんだよ〜ん!」

「うわぁぁああっ!?」


 気がつくと飛鳥の両手両足は、もふもふと毛深くなっていた。5本の指の代わりに(ひづめ)が出来、首はろくろ首のようににょろにょろと、背中が噴火した山のように盛り上がって行く。(こぶ)だ。飛鳥はヒトコブラクダになった。二本足で立っていられなくなって、彼は思わずその場に座り込んだ。



「オイ!? アイツ、ラクダになったぞ!?」

「どういうことぉ!?」

「……可愛い」

「おのれ……よくも弟をより愛らしい姿に……!」


 慌てふためいたのは信長さんチームだった。画面(モニター)の向こうでは、身も心もすっかりラクダになってしまった飛鳥が、砂場に香箱(にゃんこ)座りして草を食んでいる。瘤の上に腰掛けたファラオが、勝ち誇った顔で手綱を付け始めていた。


「何だこのクソ問題! こんなもん、どう足掻いても回避不可能じゃねーかよ!」

「一体どう攻略すれば……!?」

「可愛い……ラクダ可愛い」

「降参! 降参だ!」


 これ以上は戦えそうもない。花凛がたまらず闘技場(リング)の中にタオルを投げた。


「この戦いは棄権する……私たちの負けで良い! だから……!」

「……何を言ってるの?」


 すると、ヴィクトリアが投げられたタオルを指の端で摘み上げ、小首を傾げた。

 

「貴女、審判じゃないでしょう? 勝敗は戦場にいる選手同士が決めること……外野が勝手に決めて良いだなんて、そんなルールはないわ」

「だが……だが喋れないじゃないか!? 飛鳥はラクダになったんだぞ!」

「だったら最初から、ちゃんとクイズに答えておけば良かったのにねぇ」


 ますます顔を青くする花凛を前に、ヴィクトリアが心底可笑しそうに目を細めた。


(さか)しらな真似をするからこんな目に遭うのよ。可哀想に。弱い者は負け方も選べない……ウフフフフ」

「貴様……!」

「良かったわぁ、ちょうど私たち、ラクダのステーキが食べたかったところなの」

「な……!?」

 花凛が目を見開いた。黒髪の少女が何とも意地悪な表情で嗤い、舌舐めずりした。


「一体どんな味がするのかしら? エキゾチックよね……これからは世界中の珍味が、大英帝国に集まるのよ。もう誰にも飯が不味いだなんて言わせないんだから」

「ま……待ってくれ! 降参するって言ってるだろう!? お願いだから……!」

「お願い?」


 少女の肩にとまったカラスが、けたたましく鳴き声を上げる。ひらひらと白タオルを振るその指先で、黒真珠の指輪が妖しく煌めいた。


「……そうね。貴女の頼み方次第では、私たち、『勝ち』を()()()()()()()()()()()()()?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ