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ROUND 31 masque doré

 余談。


 後にメソポタミアを統一することになるハンムラビ王だが、それ以前はまだ、6つの列強の王たちの1人に過ぎず、特に目立った存在でもなかった。また、ハンムラビ法典が世界最古の法典……と云う訳でもなく、メソポタミアの中だけでも、4番目に作られた法典(後発)だった。


 ではハンムラビ法典が何故此処まで有名になったのか。

 何がそんなに新しかったのか。


 それは、《目には目を、歯には歯を》と云う言葉にあるように、


①加害者への同害復讐の原則を定めたこと


 が目立つ。聞いたことがある人も多いかも知れない。

 だが同時に、この法典では被害者救済についても詳しく記載されている。


②役人の不正を厳しく(ただ)す姿勢

③確かな証拠に基づく裁定

④事実関係の調査と調査結果の報告を要求


 ハンムラビ王が、家臣や住民の訴えに答えた手紙が、200通ほど残っている。彼に苦情を訴えた人々の多くは、農夫や牧夫など、比較的弱い立場にあった。


 この物語では残念ながら悪役として描いてしまったが、少なくとも資料の上では、彼が民の言葉に真摯に耳を傾け、正義を執行する有能な王であったことは、彼の名誉のためにも此処に(しる)しておく。


 ではそんな稀代の賢王に、何か弱点はなかったか。


 一つ挙げるとすれば、彼は『読み書き』ができなかった。ハンムラビの時代、文字を読んだり書いたりできるのは『書記』と呼ばれる専門職に限られていた。それ以外の人は、たとえ王であろうと、読み書きできないのが普通であった。


 なのでハンムラビ法典の内容も、手紙のやり取りも、王だけではさっぱりだったと思われる。


 惜しむらくは、今回の戦いで、もし彼が文字を理解したならば。

 水中で、ボンベに書かれた『酸素』の文字を正しく読んで、すぐさま『能力』を解除していたことだろう。そうなれば戦いの結末も、また違ったものになっていたかもしれない。古代メソポタミア人に日本語が読めるのか、と云う野暮な突っ込みは置いといて。


 ※今更だがこの物語では、たとえ別の時代の、別の国の人間だろうと、会話が通じているのである。なんて不思議な……!


 余談終わり。



「よっしゃーっ! ハハ、マジで勝っちまったよアイツ!」

「まさか……彼が負けるだなんて……」


 舞が日本語で、ヴィクトリアが英語でそう言った。敗者が戦場から転送されてくる。待機していた医療班が、必死の手当を始めた。


「ゲホ……がはっ!?」

「だからコイツらは……その傷で何でまだ生きてんだよ。化け物じゃねぇか」


 担架の上で、大量の血を吐き出すハンムラビ王を見て、舞が呆れたように呟いた。


 気がつくと、闘技場(リング)の上で、大量のカラスが舞っていた。一体何処から入ってきたのか、会場はたちまち黒雲に覆われたかのようである。黒い翼を広げた死神の使いの、その視線の先では、ひゅう、ひゅう、と、瀕死の王が空気の抜けたような音を吐き出している。そのすぐそばで、喪に服した少女がじ……っと、仲間(チームメイト)を、まるで虫ケラを見るような目で見下ろして、

「……食べて良いわよ」

 肩にとまったカラスに、感情のこもらない声でそう告げた。


 負け犬に用はない。

 弱者に興味はない。

 まるでそう言いたげな表情だった。


 次の瞬間。

「う……!」

 舞は息を呑んだ。観客の誰しもが、目を逸らしたくなるような凄惨な光景が、その場で繰り広げられた。

 ヴィクトリアの合図を皮切りに、カラスたちが獲物めがけて一斉に急降下してくる。

 その鋭い嘴で、傷口を抉るように肉を啄んだ。


 血の臭いが周囲に充満し始めた。肉片が。潰れた眼球が。はみ出た(はらわた)が。生きたまま、小さな黒い悪魔に容赦無く削り取られて行く。

 死に行く老兵の断末魔の絶叫が、会場に(こだま)した。


「…………」


 やがて。足元が、絵の具を溢したかのように赤赤と塗りたくられた。カラスたちが飛び去った後に、ハンムラビ王()()()ものが残された。あまりの出来事に言葉を失う舞たちを、黒づくめの少女は涼しい目で流し見て、

「……『バッヂ』さえ回収できればそれで良い」

 細く白い指で死体から『英雄バッヂ』を剥ぎ取った。


「貴女たち……本当に分かってるの?」 

 

 静まり返った会場に、ヴィクトリアの声が響き渡った。


「彼のような王を……世界が彼を失うのが、どれほどの損失か」

「……だからわざと負けろって?」 

「貴女たちが生き返ったところで、一体何ができるって言うの? 真に世界が望んでいるのは……」

「たとえ望まれなかろうと」


 黒髪の少女の言葉を遮って、花凛が仁王立ちで睨んだ。


「私たちは生きるために戦う。それだけだ」

「……その威勢、いつまで続くかしらね」

『それではッ! 次の試合を始めますッ!』


 興奮冷めやらぬ中、実況が熱に浮かされたように叫び声を上げる。観客の関心は、すでに次の戦いに移っていた。血湧き肉躍る戦いに。目を背けたくなるような残虐さに。画面の向こうから、安全圏から覗き込む戦争は、何て面白いんだろう! HAHAHAHA、HAHAHAHAHA……!


『さぁヴィクトリアさんチームッ! 次の選手はぁ〜っ!?』

「僕が行こう」


 歓声と怒号が入り混じる中、暗がりから白い顔が浮かび上がってくる。包帯男が名乗りを挙げた。ゆっくりと立ち上がりながら、ハゲワシとコブラの飾られた黄金色の仮面を被る。


「フン。法律で裁けるのは、所詮法の下にいる者だけ……この世には」

 包帯男……ツタンカーメン王が、舞たちを見下ろしながらブツブツ呟いた。


「目も当てられぬ悪が溢れている……無法者には、法外の報いを!」

「ルーレットはどうなったんだよルーレットは。もう隠す気0じゃねぇか」

『ルーレット・スタート!』


 果たしてルーレットは『ツタンカーメン王』の文字で止まった。なんて不思議な……!


『ヴィクトリアさんチーム、次鋒は"黄金マスクの少年王"ツタンカーメンッ! ファラオと言えば皆さんご存知、王家の呪いッ! 奇奇怪怪(エキセントリック)な呪術を駆使するこの相手に、信長さんチームは一体どんな卑怯な手を使ってくるのかッ』

「卑怯って言うな。立派な戦術だろうが」

「もう十分だ飛鳥、お願いだから……!」


 赤コーナーから、花凛が祈るような目で画面を見つめた。第三試合が始まった。勝ち抜き戦である以上、最後まで勝つか、負けるまでは戻ってこれない。たとえ戦場で、どんなことが起ころうとも。もちろん舞たちも、ツタンカーメンについては十分呪いをビデオで研究していた。しかし……


 ゴングが鳴った。戦場に転送された華奢男が、包帯を靡かせ、仮面の奥で卑屈な笑みを浮かべる。


 ……しかし、古代エジプトに伝わる王家の呪いは、舞たちの想像を遥かに凌駕するものだったのである。



「さて……」

「……!」


 湖の辺りで、服と愛犬を乾かしていた飛鳥の前に、やがてサンダル姿の少年王がふらりと現れた。両手は空だ。特段、武器のようなものを持っている気配はない。この青年にとっては、存在そのものが『呪い』なのであった。つまり、後付けの『能力』だとか、装備した『武器』じゃあない、正当なる『王位継承者』なのである。


 アレクサンドロスと同じく……他の『バッヂ持ち』とは違い……彼もまた本物の、ツタンカーメンだった。青く澄み切った空の下、少年王が半裸の少年を見下ろして目を細めた。


「僕の『呪い』はもう識っているな?」

「…………」

「君を殺すなんて造作もないことだ……と、しかし」


 ツタンカーメンが琵琶湖を見渡して言った。


「何ともこれじゃあ……雰囲気出ないな」

「……?」

「クク……少し趣向を変えるとしよう」


 そう言うと、彼は腰を屈め、地面に両手をついた。すると、

「あ、あ、あ、あ……!?」

 飛鳥は驚いた。大きな地響きとともに、琵琶湖が……どんどんと干からびて行く! 木々が萎れ、岩が砕け、代わりに地中から無限の砂が顔を出した。景色が黄金に染まって行く。


「うわぁっ!?」

「ククク……ハーッハッハッハッハッハァ! 善いぞ、これで善いッ」


 あっという間に辺りは砂漠になってしまった。心なしか、日差しが強くなった太陽が容赦なく頭上に降り注ぐ。遮るものは何もない。高々と聳えていた安土山も、今や砂の海に飲まれて消えた。


「こ、こんな……こんな無茶苦茶なことが、『能力』でも『武器』でもないだなんて……!?」

「これが『呪い』だよ、何処までも理不尽で、奇っ怪かつ不条理ッ!」


 そこに論理だとか科学的根拠なんてものは存在しない。こんなものを一体どうやって倒せと言うのか。出来たばかりの砂丘を転げながら、飛鳥は慄いた。その上から、ツタンカーメンが叫んだ。


「さぁ少年! 問おう。『私に私の名前を言え』!」

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