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ROUND 29 lex talionis

「ルール変更……だと……!?」


 舞が急いで花凛たちの方を振り向いた。花凛は座ったまま、深々とため息を吐いた。


「私だって、散々反対したさ。それで試合開始が此処まで遅れたのだ」

「アイツら『弱そうな順』から狙って来てんのよ。勝てそうな相手から。それで、先鋒がローズちゃんに」

「向こうは『ルーレット』だから公平だ、の一点張りで」

「いや、だけどよ……!」


 舞はまだ納得いかない表情で、泥梨の胸ぐらを掴んだ。黒服の死神が身を縮こまらせた。


「痛い! ま、舞くん! 僕に八つ当たりはやめてよ……!」

「うるせぇ! お前だって死神、運営側だろうが!」

「で、でも……」

「テメー、私たちの担当なんだろ!? 止めろよじゃあ!」

「だって……僕ぁ死神の中じゃ下っ端で……()の命令には逆らえないんだよ……」

「何だそのつまんねー生き方!」

「うわぁっ!?」


 顎に思いっきり頭突きを食らい、泥梨が泡を吹いてひっくり返った。舞が青コーナーを睨みつけると、黒髪の少女が、涼しい顔で肩をすくめた。


「『ルールはルール』。そうでしょう?」

「汚ねぇぞテメー! そこまでして勝ちたいか!?」


 今にも飛びかからん勢いで吠える舞の首根っこを、花凛が後ろから掴んだ。


「よせ、舞」

「卑怯者! 八百長野郎! 後付け設定! ご都合主義者!」

「良いから落ち着け」

「これが落ち着いていられるか! こんな()()()()()()()()されたら、試合にならねーだろうが!」

「それが敵の『能力』……しかし、ルールを考えているのも結局人間だからな」


 青みがかった長髪を翻し、花凛が不敵に笑った。


「多少順番は入れ替わったが、こちらの作戦はまだ()()()()()。上等だ。教えてやろうじゃないか、能力者どもに。人間の強さは、決して『能力』の強さだけではないと云うことを」

「お……おぅ!?」

「何か『腕の見せ所』だとかって、気合い入ってんのよこの人」

「ほら、お姉ちゃん、自分が『頭脳担当』だと思ってるから」

「良いか? お前ら良く聞け……」


 白光の下。試合中に『タイム』を取ったスポーツ選手みたいに、円陣を組み、その輪の中心で花凛が声をひそめた。


「奴らが摩訶不思議な『能力』を持っていることは、事前の調査で分かっていたことだろう?」

 花凛の言葉に、小麦が小さく頷いた。

「そうね……ローズちゃんと飛鳥ちゃんがたっぷり調べてくれたから。分かってなかったのは、肝心のヴィクトリアくらい」

「だけどよ、『ルール変更』だなんて、そんなんアリかよ?」

 と、不服そうに鼻を鳴らすのは、こちらは舞。花凛は肩をすくめた。


「確かに驚いたが……『ルール変更』と云えども、かなり制約は多そうだ。私なら、新ルールは『このゲームの勝者は私』にするが、現にそうはなっていない」

「そりゃそうだろ。そんなん無茶苦茶だ」

「つまり……『ルールを創るのにも色々条件がある』ってこと?」


 小麦が小首を傾げた。花凛が頷いた。


「嗚呼。たとえば、【現行のルールと矛盾するようなルールは設定できない】とかな。考えてみれば当たり前の話だが。後は、そうだな……【一度ルールを変更したら一定時間解除できない】とか」

「あ、【一回に決められるルールは3つまで】とか?」

「『三行革命』だから?」

「駄洒落かよ」

「……だけど、それって全部推測でしょ?」

 飛鳥が不安げな顔で姉を見上げた。


「そんな、自分の条件なんて、敵に教えてくれるはずないよ」

「確かに推測に過ぎん。だが、『能力』の発動条件があるのなら、攻略のしようがあるという話だ」

「うん……で、どうするの?」


 全員が花凛の目を覗き込む。花凛は目を細めた。


「嗚呼。とりあえず予定通り、ローズは棄権させる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……しかし、ローズじゃない。彼女に危険を負わせる訳にはいかない」

「そうね……みすみす一勝を渡すのは何かシャクだけど」

「話し合いは終わった?」


 ヴィクトリアがニコニコと花凛たちに声をかけてきた。観客の一部は、痺れを切らしてブーイングを繰り返していた。花凛が静かに頷き、それから示し合わせたように、ローズが棄権を宣言する。画面の向こうで、唇を真一文字にしたローズが、ゆっくりと白旗を掲げた。


『……勝者ッ! ハンムラビ王ーッ!』


 その途端、何処からともなく実況の叫び声が聞こえ、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。立体映像(ホログラム)には、勝者が勝ち誇った顔で両腕を突き上げ、観客を煽っていた。


『まさかまさか、初戦は棄権という形になりました! 第一試合を取ったのはヴィクトリアさんチーム!』


 やがて電光掲示板の、ローズの文字の横に×が、ハンムラビ王の横に⚪︎が表示される。


『幸先の良いスタートを切った青コーナー! なお会場の事前調査では、信長さんチーム勝利に賭けている人が8%、ヴィクトリアさんチームに賭けている人が92%と言う結果になっております。名だたる文明王たちを前に、極東の異端児は果たして下馬評を覆せるのかッ!?』

「……クソッ、何だかこれじゃ、私たちが悪役みたいじゃねえかよ」


 観客たちは総立ちで勝者に惜しみない賞賛を送っている。暗がりの奥で、スポットライトを浴びる青コーナーを睨みながら、舞が吐き捨てた。


「まぁ、まぁ……ローズちゃんと飛鳥ちゃんの棄権は、最初から決めてたんだし」

「私たちが勝てば何も問題はない。そうだろう?」

「チッ」

『それでは早速次の試合です! 赤コーナー、信長さんチームの次鋒は誰だ!? ルーレット、スタート!!』


 舞の舌打ちは会場の熱気(ヴォルテージ)にかき消された。デジタルルーレットの中で、残りの4人……舞、花凛、小麦、飛鳥の名前がぐるぐると回り始める。やがてゆっくりと速度が落ちて行き、疑惑のルーレットは『東禅寺飛鳥』の文字で止まった。


『おぉーっと! 次鋒は、東禅寺飛鳥選手に決定ーッ!』

「ケッ、怪しいもんだぜ」

「……やっぱり弱そうな順で選んで来てるわよね?」

「フン。卑怯者の考えそうなことだ」

『それでは飛鳥選手、スタンバイお願いします!』


 選手入場の音楽が鳴り響く。闘技場(リング)の中央に光子が集まり、ローズが転送され始めた。やがて額に滲む汗を拭い、試合を終えたローズが舞たちの元に駆け寄ってきた。


「みんな……その、ごめんなさい。何もできなくて」

「そんなことないわよ! 後はお姉さんたちに任せて!」

 小麦がドンと胸を叩いた。ローズはそれから飛鳥に向き直り、小首を傾げた。


「緊張してる?」

「え? いや……うん」

「頑張ってね。はい、これ」


 ローズはにっこりと微笑むと、飛鳥に自分が履いていた『靴』を手渡した。

「ちょっと! そこ、何やってるの!?」

 それを目敏く見つけた始皇帝が、青コーナーから鋭い声を上げた。お団子頭の幼女がこちらを指差し、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「早くしなさいよ! てかさっき、何か手渡してたわよね!?」

「何……って」

 ローズと飛鳥が顔を見合わせた。チャイナドレスの幼女が眉をひそめた。


「何渡したの? もしかして、それ、『武器』なんじゃ……」

 始皇帝の言葉に、ヴィクトリアも怪訝そうな顔をした。

「『武器』の譲渡……?」

「『武器』の引き継ぎって、それって不正行為なんじゃないのぉ!?」

「オイオイオイオイ〜ッ! なぁに難癖つけてんだテメーら!?」


 すると舞が、ここぞとばかりに大声を張り上げ、実に悪い顔で笑った。


「別に不正じゃねぇわ! こいつら一丁前に、乳繰り合ってんのよ!」

「はぁ!?」

「そんで、別れ際にちょっと()()()してるだけじゃねーかよ。別にヤマシイこたぁしてないって! ケケケケケ!」

「あ……怪し過ぎるでしょ!?」

「お前らが言うな! お互い様だろうが!」

「それとも」


 花凛が左眼でヴィクトリアを見据えた。


「ルール違反かな? 『前の選手から武器を譲渡する』のは? 私が思うに、ルール④【参加者の人数分、武器の持ち込みが可能】……こう明記されている以上、この行為は不正には当たらないはずだが」

「…………」


 ヴィクトリアはしばらく黙ったまま、表情を変えなかった。熱を感じない目つきでじっ……と花凛を見据えていたが、やがてくるりと踵を返した。


「……良いわ。一体何を企んでるのか知らないけれど……お手なみ拝見と行きましょう」

「セ……セーフ!」


 ヴィクトリアが去った後、小麦がふぃ〜っと息を吐き出し、汗を拭った。


「上手く行ったわね、『武器持ち越し作戦』!」

「嗚呼」 

 花凛がニヤリと笑った。

「やはり【互いに矛盾するルールは創れない】と見た。最悪の場合、向こうの『能力』で強制排除されるかとも思ったが……飛鳥!」

「う……うん!」


 飛鳥が緊張した面持ちで、姉から名刀・『正宗』を受け取った。


「頼んだぞ。こうやって互いの『武器』を繋いで行けば、どんどん戦略の幅は広がっていく。自分の『能力』に拘っている奴らには出来ない戦法だ。作戦通りにな」

「う……うん……」

『赤コーナー! 早くしてください!』


 AI審判に促され、飛鳥が慌てて転送装置へと駆けて行く。飛鳥の愛犬・タロが主人を勇気付けるようにワン! と吠えた。


『さぁああ、お待たせしました二回戦ッ! "法典の制定者"ハンムラビ王に対するは、"美濃の毒蝮"・斉藤道三ッ』


 やがて立体映像(ホログラム)に飛鳥が現れた。向かい合っているのは、黒服に身を包んだ老人、ハンムラビ王であった。すぐにゴングが鳴る。第二試合が始まった。


「……それで?」


 ハンムラビ王が持っている本……ハンムラビ法典……を捲りながら、ニヤニヤと嗤った。改めて近くで並ぶと、大人と子供、いやゾウと子羊くらいの体格差がある。飛鳥がゴクリと唾を飲み込んだ。


「何やらたくさん抱え込んで、どうやってワシの能力に勝つつもりなんだ、小僧?」

「う……!」

「ワシの能力は……フフン、もう識っているんだろう? 学校で習ったよなぁあ?? 《目には目を、歯には歯を》。ワシへの攻撃は、全て【反射】される!」

 飛鳥は固まったまま、何度も2本の刀を握り直した。汗で掌が滑っているのかもしれない。


「このワシには、全ての攻撃が無意味! 小僧! まさか、愛だとか勇気だとか」

 ハンムラビ王がゲラゲラ嗤った。

「謎の覚醒だとか、怒りの暴走だとか! 今さらそんな()()()でこのワシに勝つなどとは言わんでくれよ〜? そういうご都合主義が、観てる方は一番興醒めだからなぁあああっ!」


 2人は向かい合ったまま、まだ動かない。画面を見つめていた舞が、怪訝な顔をした。


「……オイ、アイツも棄権するんだよな?」

「嗚呼……」


 花凛が頷いた。だが、おかしい。飛鳥はまだ動かなかった。ハンムラビ王と向かい合ったまま、姉から受け取った2本の『正宗』を胸の前で構えたままだった。


「飛鳥……?」

 花凛が戸惑ったように画面の向こうに声をかけた。飛鳥は、


「……お、お前なんかに負けるもんか! 覚悟しろ!」

 そう叫んで、敵に向かって駆け出し始めた。ハンムラビ王が目を丸くした。


「ガハハハハ! こりゃ驚いた!」

「やるのかよ!」


 驚いたのは舞たちも同じだった。試合前の会議(ミーティング)では、ローズと飛鳥は戦略上棄権する、それが決定事項だったからだ。


「やめろ……よせ! 飛鳥!」


 花凛が珍しく顔を歪ませた。


「最初に話し合っただろう!? ソイツはお前の敵う相手じゃない……飛鳥!」

「小僧、その意気や良し!」

「う……うぉおおおおおっ!」

「そんな、飛鳥……どうして……!?」


 飛鳥が刀を振り被り、ハンムラビ王に斬りかかって行く。普段は冷静沈着な姉も、これにはさすがに動揺が隠せなかった。歓声と罵倒、怒号と悲鳴が入り混じり、会場の熱気(ヴォルテージ)が一気に跳ね上がっていく。小麦が画面を見上げながら、やれやれとため息をついた。


「……男の子、だねぇ」

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