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ROUND 28 industrial revolution

 月が出ていた。


 中天に薄くかかった雲が、白い光を遮ってゆったりと、西へ西へと流れて行く。薮の中では、時折、名前も分からぬ鈴虫や野鳥が、凛とした鳴き声を上げている。空気が透き通るような、静かな夜だった。宇喜多舞は、白い襦袢(寝巻き)姿で、布団の上で横になっていた。眠ってはいない。目は開きっぱなしのまま、ジッ、と壁の滲みを見つめていた。


 もうかれこれ数時間になる。


 眠れないのである。決戦の時が迫っていた。試合開始は朝の9時。あと数時間後には、会場入りして、武器を握り、殺し合いをしなければならない。そんな日に限って、舞はどうにも眠れなかった。


 いつもこうなのだ。死合の前日は、いつも軽い興奮状態に陥っていた。舞は身動き一つせず、壁の滲みを見つめ続けた。何を考えているのか。分からない。自分でも良く分からなかった。果たして自分は、朝が来るのが怖いのか……それとも……待ち遠しいのか……?


「……舞さん?」


 すると、無造作に床に転がっていた『村正』が、持ち主の舞におずおずと声をかけた。

「いよいよもうすぐ……ですね」

 虫の声が部屋に染み入る。返事はなかった。


「敵は……確かに今まで以上に強そうな連中ですけど」

「…………」

「でも、舞さん達ならきっと大丈夫だと思いますよ……この一週間、あれだけ対策を練ったんだし」

「…………」

「ただ……」

「…………」

「ただ僕は……正直いうと不安なんです。別に、舞さん達が負けるとは思ってないですけど……その……」

「…………」

「僕は……その、舞さんが……変わってしまうんじゃないかって」


 野鳥が一際高い声で鳴いた。

 雲の切れ間から溢れた月明かりが、舞の顔を半分ほど照らす。舞は目を細めた。


「……おかしいと思いませんか、こんな大会。さっきまで中学生だった子が、武器を手に取り、平気で殺し合ってる。そんなの、まともな神経してたら」

「…………」

「舞さんだって、最初に出会った時……そんなに攻撃的な人間だったかな? って思って」

「…………」

「もしかして……この大会を通して……知らず知らずのうちに、僕ら……参加者の性格も変えられて行ってるんじゃないでしょうか?」

「…………」

「だとしたら……僕の想像ですよ? 死神の……運営側の真の目的は……そうやって平気で人を殺せるような人間を育てることじゃないか、って。それで、兵士を集めて……その後」

「…………」

「……舞さん、もう寝ちゃいました?」


 起きていた。目はジッ、と見開いたまま、舞は黙って愛刀の話を聞いていた。


「すみません……僕も、もう寝ます。おやすみなさい」


 それから再び部屋に静寂が訪れた。結局、朝日が昇るまで、舞が寝付くことはなかった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。舞がようやく体を起こした時、

「舞さん! 起きて!」

『村正』が床に転がったまま、耳元で大騒ぎしていた。いつの間にか眠っていたようだ。朝日が昇ったところまでは覚えている。出発まで横になっていようと思い、どうやらそのまま……舞は軽く欠伸をして、ムニャムニャと目を擦った。窓から差し込む日差しが眩しい。


「舞さん!」

「ン……どうした?」

「どうしたもこうしたも……遅刻ですよ!」

「何?」


 舞が固まり、ぽかんと口を開けた。『村正』が呆れてため息をついた。時計を確認すると、10時38分。すでに試合は始まっている時間だった。舞の顔からサッと血の気が引いていく。


「……どうして起こしてくれなかったんだよ!?」

「起こしましたよ! 何度も!」


 漫画みたいな速さでセーラー服に着替え、ろくに化粧もしないまま部屋を飛び出ると、舞は転がるように会場へと走った。破れた水風船の切れ端、誰もいない屋台、木の枝に引っかかった万国旗。一週間前の祭りの名残が、まだあちらこちらに残っている。幸い道はそれほど混んではいなかった。


 信長さんチーム vs ヴィクトリアさんチーム。


 注目のカードを一目見ようと、今日はほとんどの参加者が観客席に押しかけていた。なるほど会場に近づくに連れ、人も増え、聞こえる歓声も大きくなっていく。そのまん真ん中を、舞が乱暴に掻き分けて行った。

「どいてくれ! どけッ!」

「う……うわぁあああーッ!?」

 日本刀を持った少女が、猪のように人混みに突っ込んで行ったものだから、辺りはたちまち騒然となった。集まっていた人々の輪が解け、代わりにゾロゾロと集まってきた警備員達が舞の前に立ち塞がる。


「止まれ! そこの女、武器を置け!」

「どけって言ってんだろがぁっ!」


 舞が鬼のような表情で叫んだ。結局、警備員相手に大立ち回りを演じてしまい、舞がようやく会場にたどり着いた時には、すでに正午を回っていた。


「はぁ……はぁ……」


 会場の外もまた、屋台や土産屋が並び、大勢の人で賑わっていた。扉を開けると、たちまち熱気が押し寄せて来る。あまりの圧に、舞は思わずよろけそうになった。目も眩むような光と、心臓を突き上げるような音……。


「ビール、ビールありますよ〜!」

「新鮮なポップコーンはいかが〜?」

「アイスクリームいかがですか〜!」


 数万の観客達が、ポップコーンやコークを手に興奮気味に歓声を上げていた。殺し合いをしているというのに

全く陽気な幽霊たちである。会場の真ん中、闘技場(リング)の上に、全方向対応の巨大な立体映像(ホログラム)が設置されていた。どうやら試合自体は、別の場所に選手が転送されて行われているらしい。まぁ、そうでもしなければ、観客が巻き添いになってしまうからだろう。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らし、ゆっくりと舞は暗がりの通路を進んだ。


「どうなってる……?」


 噴き出る汗を拭いながら、舞は上空に聳える映像(モニター)に目を凝らした。巨大な映像には選手のこれまでの対戦成績、出身地、それから他会場の途中経過などが浮かんでいる。その横で、スポンサー企業の広告が光っていた……”新鮮なシーツ、()()()抜群。只今ハロウィン・セール中!”


「オイ、見ろよ。アイツ……」

「信長さんチームの大将じゃね?」


 すると、観客が通路を歩く舞に気づき、一斉にカメラのフラッシュを焚いた。白い閃光を四方から浴びせられ、軽く目眩を覚えながら、舞はようやく中央の闘技場(リング)へとたどり着いた。


「オイ……」


 そして改めて映像を確認して、舞は愕然とした。映っていたのは、ローズだった。苦悶の表情を浮かべたローズが、此処から離れた何処か別の場所で戦っているではないか。


「……まさか」


 舞は目を疑った。()()()()()()()()()()()()()。チームの四番目に出てくる選手。じゃあ、まさか、その前はもうやられちまったってことか? そんな、いくら何でも……。


「『ルール変更』だそうだ」

 

 不意に聞き覚えのある声が飛んできて、舞はキョロキョロと辺りを見渡した。闘技場(リング)の脇に、白い幕があり、信長さんチームの本陣が敷かれていた。赤コーナーに……花凛、小麦、飛鳥……いつもの面子が横並びに座っている。やる気のない担当・死神/泥梨の姿も見えた。花凛が椅子の上で腕を組んだまま、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「こちらの先鋒はローズに変更された」

「は?」


 舞が首を傾げた。良く見ると、映像の上に大きな文字で 


 ①先鋒:ローズ vs ①先鋒:ハンムラビ王


 と表示されている。舞は眉をひそめた。


「何だよ? 何で……何で勝手に変更してんだ? あんだけ話し合ったじゃねえかよ」

「『デジタルルーレット』だそうだ」

「何?」

「ルーレットで対戦相手が決まるんだって。『運営特権』で」

「『運営特権』?」


 飛鳥が目を伏せ、小麦は膝を抱えてため息をついた。


「そう。それで、ローズちゃんが先鋒に選ばれたの」

「ンな……」


 舞はまだその場に突っ立ったままだった。意味が良く分からなかった。


「何だよそれ……そんなの……怪し過ぎるだろ。八百長し放題じゃねぇか」

「ルール⑤。『勝ち抜き戦はルーレットで対戦相手を決める』」


 再び背後から声がした。振り向くと、対角線上・青コーナーに、ヴィクトリアさんチームが並んでいる。始皇帝、ツタンカーメン、そして明智光秀……宇喜多芽衣……が、舞を見据えニヤニヤと笑っていた。舞が睨み返すと、中央に陣取った黒づくめの少女が、微笑を浮かべ右手の甲を顔の前に掲げた。


「これが私の武器……『決闘指環(ペアリング)』よ」

「あ?」


 ヴィクトリアの薬指には、大きな黒真珠が輝いていた。彼女が宝石を見つめ、恍惚とした表情で囁いた。


「私の能力……『三行革命』は、世界の秩序(ルール)()()()()()

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