ROUND 2 織田信長 vs ナポレオン・ボナパルト
数日後。
空は晴れていた。雲が出ている。向こう側の青が透けて見える薄い雲が、東の空からゆっくりと流れて来ていた。
未の刻であった。宇喜多舞は、ぼんやりと雲を眺めていた。畳の上で胡座を掻いている。右手側には先ほど淹れたばかりのお茶と、桃と白、それからよもぎ色の三色団子が置かれている。そして左手側には、朱鞘に包まれた妖刀・『村正』。
中庭には桜が咲いていた。時折風が吹いては、薄桃色の花びらがはらはらと散る。枝の間に止まったホトトギスが、小首を傾げながらそんな彼女を見下ろしていた。花より団子……と言うより、花と団子と、おまけに刀まで与えられて、それでもなお彼女は心此処に在らずといった顔であった。
それも致し方のないことかもしれない。
つい先程まで、彼女は戦場にいたのだ。
戦場。
首が飛び。腕が飛び。腰は砕け。目玉が飛び出る。
己が武器を手に、互いの命を奪い合う、血腥い戦の舞台に。
鎬を削り、鍔を割り。戦場で、舞は殺した。殺し殺し殺して回った。何十も何百も何千も斬り捨てて、やがて敵の大将であるナントカ(忘れた)を戦車ごと爆破した。
それから数日後。
彼女は今、江戸時代にいた。と言っても、本当の江戸時代ではない。現世と異世の狭間にある、死神が造った亜空間といったところだろうか。特定の宗教的に言えば、煉獄とも呼べるかもしれない。
とはいえ戦いは一先ず終わっていた。戦場から遠く離れた此処は、一応非武装地帯である。
舞は非武装地帯で、数寄屋造りの、離れにある茶室に腰掛けていた。呆けた顔は、とても先程まで命の獲り合いをしていたとは思えない。緊張の糸が解れてしまったかのようであった。戦闘服にしていたセーラー服も脱ぎ捨て、今は木綿生地の、桜模様の小袖を着流している。
右片袖は脱ぎ、胸に巻いたさらしと、金属製の硬そうな義手が露わになっていた。『第一のゲーム』で、舞は戦いの最中、右腕を失っていたのであった。
WORLD・WEAPON・WAR。
死神の用意した、世界最強の武器を決める戦いに、舞は参加していた。
不意にホトトギスが飛んだ。茶室の方へ、舞が座っている方へと飛んできて……そのまま彼女の頭をすうっと貫通した。畳の上に降り立った小鳥は、何だか不思議そうな顔で、振り返っては小首を傾げた。
その様子を座ったまま目で追いながら、舞はぼんやりと笑った。彼女はすでに生身の人間ではなかった。享年14歳。『第一のゲーム』に参加する前に、交通事故で死んでいる。と言うより、死んだからこそ死神に目を付けられたのである。
WORLD・WEAPON・WAR。
世界中の、ありとあらゆる異世界中の、伝説の武器を持った者が戦う大会。
剣でも、銃でも、魔法でも。
参加しているのは、舞と同じく不慮の死を遂げてしまった者。
その大会で勝てば、優勝者は無事生き返り、さらにどんな願いでも一つだけ叶えてもらえるのだと言う。
全く巫山戯た名前の大会だったが、舞は結局、参加することにした。どうせ死んでいるのである。死んだ後にやりたいことも、特に考えていなかった。生きている間にやりたいことの方がたくさんあった。まだあの漫画の最終回も読んでいないのに。なので、死ぬ気でやるというか、すでに死んでいるのだから、後はやるだけである。
要するに幽霊同士の殺し合いだ。デメリットは特になさそうに思えた。それで、怪しげな死神のオッサンの誘いに乗ったのだが……。
「誰がオッサンだ」
「人の回想に入ってくるな」
噂をすれば、怪しげなオッサン……もとい、死神の泥梨葬太が茶室に現れた。相変わらず全身黒服で、右手にはこれまた黒のアタッシュケースを携えている。男の右肩には、スプラッ太と言う名の、野犬とカラスを足して2で割ったような巨大生物が乗っかっていた。巨大生物が茶室の中にいたホトトギスを見てニンマリと舌舐めずりをした。ホトトギスは慌てて茶室を飛び去った。
「江戸時代は楽しんでるかい?」
「お前はもうちょっと時代感合わせろよ」
泥梨は舞の横に腰掛け……義手の方だ……三色団子に齧り付いた。
「うん、美味、美味」
「……何しに来たんだよ。戦闘中以外は自由時間だろ?」
「嗚呼そうだ。これ、忘れてたよ」
泥梨が思い出したかのように胸ポケットからピンバッヂを取り出した。畳の上に転がったバッヂには、先日戦ったナントカ(忘れた)の顔が描かれていた。
「『ダビデ』だよ。ダメだよ、勝った相手のバッヂはちゃんと回収しなきゃ」
「そうなのか? そんなんルールになかったぞ」
「書いてあるところだけを読んではダメだよ。書いてないところを、行間を読むのがルールのルールだ」
「まどろっこしいなァオイ」
ブツブツ言いながらも、舞はダビデの『英雄バッヂ』を受け取った。セーラー服の襟には、すでに『信長』バッヂが光っている。これでバッヂは二つ目になった。
『第一のゲーム』:現代日本の東京を舞台にした『路上バトル・ロワイヤル』を経て、舞たちは次の戦いの舞台へと上がっていた。
『第二のゲーム』は、文字通り戦争であった。一応説明しておくと、ルールは以下の通りである。
※
①参加者は指定のバッヂを持つ者とする。参加者は2人以上でチームを組まなければならない。チームの中で大将を決め、大将役の1人に英雄の魂を憑依させる
②大将を討ち取ったら勝ち
③試合終了後、勝ったチームは相手チームから1人までチームメイトを補充する事ができる。なお、人数が1人になってしまったチームは脱落となる
④それぞれの軍の人数は同数からの開戦とする。また参加者の人数分、武器の持ち込みが可能
※
前回はポイント制だったが、何だか分かりにくかったので(決して計算が面倒になったとか、そう言うことではない)、単純に大将を討ち取るのを勝利条件にした。バッヂの効力だとか、互いの陣地までの距離設定だとか、その辺は長くなるので今後話の中で説明して行こうと思う。
「決して計算が面倒になったとか、そう言うことではないんだけどねぇ」
「誰に言い訳してんだよ。用が終わったんならさっさと帰れよ。こっちは忙しいんだよ」
「ごめんごめん……信長ごっこ中ごめん。次の対戦相手なんだけど……」
「誰が信長ごっこだ! テメーがやらせてんじゃねーか!」
舞が吠えた。桜の木からホトトギスがまた数羽、飛び立った。
「テメーが! 私たちに無理やり戦争ごっこやらせてんだろ!? あぁ!?」
「でも案外ノリノリだったじゃん」
「ノリノリじゃねーよ。誰が好き好んでハゲのオッサンに成りたがるんだよ」
「難儀だねぇ。みんな平和を望んでいるはずなのに……どうして戦争なんて……いつの時代も、人々は殺し合わなければならないのか……」
「うるせー黙れ。殺すぞ」
「怖ぁい」
舞が本当に刀を抜きそうになったので、泥梨は慌てて腰を浮かせた。
「僕はただ! 次の対戦相手を教えてあげようと思って……!」
「誰だよ。さっさと言え」
「ナ……ナポレオンだよ。ナポレオン・ボナパルト。さすがに舞くんだって、ナポレオンは知ってるだろ?」
舞は頷いた。さすがに知っている。教科書で見た。でも、泥梨の言い方はさすがにバカにし過ぎだと思ったので、とりあえずビンタしておいた。
「痛ぇ……何でだよッ!?」
「……まぁ良いわ。誰であろうと、邪魔する奴ぁぶっ殺す!」
舞は朱鞘を手に立ち上がった。空は晴れていた。雲はすでに、あらかた西へと流れている。青々と輝く空に、ホトトギスの赤色が良く映えた。