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interval②

 空は澄み切っていた。


 雲一つない青空の下には、万国旗が翻っている。路地には、数え切れないほどの露店や屋台が並び、大勢の人で賑わっていた。今日は江戸の町で、お祭りが行われているのだった。


 果物売、すし屋、水売、焼きいか売、天麩羅屋……()()()とはいえ、非武装地帯(ノーサイド)は観光客でごった返していた。外国人の姿も目立つ。先日の戦いで、「辛くもアレクサンドロス大王を破った日本人」は、瞬く間に戦場の話題を掻っ攫っていた。


「だけど……危ないところだったね」


 虹色のわた飴を舐めながら、飛鳥がポツリと呟いた。白い半被姿の少年の周りには、同じく艶やかな浴衣を身に纏った美少女戦士たちが並んで歩いている。この度の戦いで、無事姉たちの元に仲間入りしたのだった。


「ホント、危うく『塔』の下敷きになるところだったわ」

「一歩間違えたら、僕らこうしてお祭りなんて楽しんでいられなかったよ」


 蕎麦屋、麦湯売、団子売、ほおずき売、汁粉屋……目を奪われる極彩色の看板の横を通り過ぎながら、小麦が白い歯を浮かべた。向日葵柄の黄色い浴衣が良く似合っている。


「良いじゃない、勝ったんだから。それもこれも、私の活躍があったおかげよね」

「五月蝿ぇぞ、この裏切り者ぉ」


 横から舞が、団子を頬張りながら茶々を入れた。こちらは思色(おもいいろ)(※黄色がかった赤)一色の、飾りっ気のない着流しだった。脱いだ右の袖から見える、鉄の義手が陽の光を浴びてキラリと光った。


「あら、何よ」

 髪をソフトクリームのように天高く盛った小麦が、持っていたチョコバナナを指揮棒よろしく振った。

「私がいなかったら、誰も敵地に潜入できなかったし、研究室(ラボ)の場所も分からず仕舞いだったんですからね。貴女も信長の端くれなら、寛大な心で敵を赦しなさいよ」

「ケッ」

「まぁまぁ……こうしてみんな無事だったんだから。ね、飛鳥?」

「う……うん」


 同い年の、フランス人形のような顔立ちをしたローズに見つめられ、飛鳥が顔を朱に染めた。その様子を見て、舞がまたニヤニヤと笑っている。

「行こ!」

 お調子者に揶揄われる前に、飛鳥はローズの手を引いて、慌てて金魚掬いの屋台へと走り去って行った。


「オイオイ。アイツらいつの間に仲良くなったんだよ。この野郎、人が命かけて戦ってる時に色気付きやがって……」

「あら、良いじゃない。『戦場に咲く恋の花』……素敵だわぁ」

「カァーッ! そーいうのが一番かっ(たり)ぃんだよ! 結局()()が無いから、『イケメン』『美少女』『恋愛』に頼ってんだろ? なぁ? 観客に媚び売りやがってよぉ……ったく」

「何よ。貴女、ただ穴掘ってただけのくせに」

「んだとぉ?」

「そんなの観て誰が喜ぶのよ? 地味なのよ、貴女。この地味女!」

「うっせー! うんこ頭!」

「小学生か」


 深藍(ふかあい)の、燕の柄をあしらった浴衣を着流した花凛が、呆れたようにため息を吐いた。頭には白い狐のお面を斜めに被っている。義眼を隠すためだろう。お面の少女が、左目で通行人を流し見ながら囁いた。


「あまり悪目立ちするなよ、何処で諜報員の目が光っているか……」

「ケッ、テメーは学校の先公っかっての」

 舞が肩をすくめ、ベッと舌を出した。


「良いじゃねぇか、注目の的。それでこそ王だろ。みんなに警戒されて、研究されて、それでも決めんのが天下人(スター)ってなモンだ」

「……確かに先日の戦いで、私たちはかなり警戒(マーク)されている」


 花凛は、持っていたりんご飴を食べるのも忘れ、難しい顔をして考え込んだ。


「中継されてたからな。こちらの武器(カード)も粗方見せてしまった。小麦が不老不死であることも、もはや大勢の知るところだろう。必ず対策してくる。これから先は、より厳しい戦いになるぞ」

「ハン。どうせなら、向こうから対戦を申し込まれたいね。どっかに『信長と戦ってみたい』って奴ぁいねえのか」

「……貴様は本当に愉しそうだな」


 お気楽とも、能天気とも云う。花凛の皮肉は通じなかったようだ、舞はクックッ、と笑って、美味しそうに団子に被りついた。祭囃子が聞こえる。涼やかな風に乗って、太鼓と笛の音色が聞こえてきた。


 雲が流れて行く。まさかこの後、舞にあのような悲劇が訪れようなど、もちろんこの時は知る由もない。


「あ……信長様!」


 信長カフェに着くと、アルバイトの谷繁薫(たにしげかおる)が舞たちに気づき、テーブルの向こうから笑顔で手を振った。いつもは閑散としていた店内が、大勢の人でごった返している。用意していた席は、全て満員御礼だった。


「お帰りなさいっ」

(オゥ)。何か、すげぇ客入りだな」

「そうなんです! 皆、信長様の活躍を一目見て、足を運んでくれたんです。ありがとうございます、おかげでウチは大繁盛ですよ! インスタも、さっきから通知が鳴り止まなくて」

「そりゃ良かった」

「気をつけろよ……」


 花凛が舞たちに、意味深に目配せした。此処にいるのは客だけとは限らない。少しでも信長の弱点を探ろうと、鵜の目鷹の目光らせて、敵が潜入(はい)っているかも知れないのだ。舞が肘で小麦の脇腹を突いた。


「そうだぞ、小麦。良い男がいるからって、色目使ってんじゃねえぞ」

「ウルサイわね! 貴女こそ、チンピラみたいに安っすい喧嘩売って歩かないでよね」

「あ……いらっしゃいませ」


 その時だった。


 舞たちに続いて、暖簾を潜って数名が店内に入ってきた。

「すみません、今満席なんですよ……」

 薫が苦笑して頭を下げた。やって来たのは、異国風の、何とも珍妙な集団だった。

 

 四人組だが、統一感が全くない。1人はネクタイにスーツを着こなした背の高い老人、1人はチャイナドレスを着た10代にも満たない幼女、そして1人は、怪我でもしているのか、全身に包帯をぐるぐる巻きにしている。


「……何か辛気臭い所ねぇ」

 すると、先頭にいた幼女が眉を八の字にして鼻を摘んだ。

「あ?」

「す、すみません……っ!」


 慌てて薫が頭を下げ、舞は『村正』に手をかけた。


「何だテメェ? 喧嘩売ってんのか?」

「ちょっと、舞!」

「言ったそばからか……」


 花凛は呆れて天を仰いだ。幼女に詰め寄ろうとする舞の間に、大柄な老人がやんわりと割って入った。


「まぁまぁ、お嬢さん。武器を収めて。此処は『非武装地帯(ノーサイド)』なんですから……」

「引っ込んでろデカブツ。女同士の戦いに入ってくんじゃねえ」

「引っ込むのは貴様だ、舞」


 花凛が舞の首根っこを捕まえて、入り口にいた四人組に頭を下げた。


「すまない。このうつけ者は柄が悪くて……」

「離せ!」

「いや、良いんだ」


 老人が柔らかな笑みを浮かべて言った。


「今日はワシらも、喧嘩を売りに来たのだからね」

「……何?」

「聞こえなかったのか? 織田信長」


 猫背の包帯男が低い声で唸った。今や店内はシン……と静まり返っていた。客たちは皆、チラチラと舞たちの方を見ながら聞き耳を立てている。天井に頭が届きそうな老人が、舞たちを見下ろして言った。


「アレクサンドロスがやられたようだな……」

「クク……奴は四天王の中でも最弱……一回使ってみたかったんだ、このセリフ」

「結局、私らと肩を並べる器じゃなかったって事ね……ハァ、良い男だったのに……」

「何だ……? 何なのだ、貴様らは……?」

「私たちは」


 すると、3人の後ろにいて見えなかった最後の1人が、ゆっくりと前に歩を進めた。


「あ……!」


 その顔を見て、舞は驚いた。見覚えがあったのだ。喪服のように全身真っ黒で、真っ黒なリボンのセーラー服は、一度見たら忘れようがなかった。現世で、芽衣が入院している病棟で出会ったあの少女だった。


「お前は……!」

「お久しぶりね、舞さん」

「どうして名前を……?」

「控えろ!」


 今度は包帯男が、少女に近づこうとする舞の前に割って入った。舞は少女の胸に、英雄バッヂが付いているのを見つけた。


 ()()()()()……愛する夫に先立たれ、約10年間、喪に服した黒基調の服を身に纏い続けたことから……こんな異名が付いた。『黒ずくめの女王』と。


「この方を誰だと心得る!?」

「あ?」

 

 困惑する舞たちの前で、包帯男が、黒ずくめの少女を仰ぎ見て(のたま)った。


「この方こそ……『戦う(Fighting )女王(Queen)』にして『勝利の(Goddess of)女神(Victory)』ッ! 全世界史上、最大規模の領土を誇った大英帝国に君臨す、アレクサンドリーナ=ヴィクトリア様であるッ!」

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