ROUND 20 ダビデ vs アレクサンドロス大王
「ちょっとぉ!? 本気で行くの〜!?」
ようやく揺れが収まった天井を見上げながら、小麦が声を震わせた。普段は飄々としているギャルも、さすがにこの時ばかりは青い顔をしていた。無理もない。これから核兵器の雨が降り注ぐ中、敵地に潜入し、破壊工作を行おうと云うのだ。
「私、そんなの全然やったことないんですけどぉ〜! 無理〜! まぢ無理〜っ!!」
安土城の地下深く。城から通じる核シェルターに、平均的日本女子高生の悲痛な叫びが谺する。すると、真っ白な防護服を着た舞が、ニヤニヤしながら小麦の肩をポンと叩いた。
「大丈夫大丈夫、お前ならできるって」
「他人事だと思って……励まし方適当すぎない!?」
「しっかりしろよ。幽霊はビビらす側だろ。自分がビビってどうすんだ」
「別になりたくて幽霊になったんじゃないし!」
「何をそんなに不安がることがある?」
同じく放射能防護服に身を包んだ花凛が、分厚いヘルメットの向こう側で小首を傾げた。花凛もローズも、見た目はさながら宇宙人で、傍目にはもはや誰が誰だか分からない。唯一防護服を着ず、セーラー服のままなのは小麦だけだった。
「お前には無敵の『不老不死』があるだろう?」
「うぅ〜……こんな、無茶苦茶な大会で」
まさか自分にこんな大役が回ってくるとは思っておらず、小麦はひたすら困り顔をしていた。
「そんなの当てになんないわよぉ〜……! もし敵が『魔法無力化』とか『反転魔法』みたいなの持ってたらどうするわけ?」
「そん時は、そん時だ」
「割り切れるかァ!」
「安心しろ。私が……信長の“頭脳担当“が立案した作戦だ。お前は大船に乗ったつもりでいれば良い」
「誰が“うつけ担当“だコラァッ!?」
ぎゃあぎゃあと騒いでいた女子たちの頭上に、再び轟音が降り注ぐ。今度は長かった。ゴォオン、ゴォオン……と、不気味な余韻が室内を揺らし、舞たちはたちまち静まり返ってしまった。
「……よし、じゃあ行け。行ってこい」
「ちょ……まだ心の準備が……きゃあっ!?」
舞に半ば強引に背中を押され、小麦は重たい蓋の向こう側へと消えて行った。
「……ふぅ。後は小麦お姉様次第ね。上手く行くと良いけど……」
小麦の背中を見送って、ローズが心配そうに顔を曇らせた。衛星から送られてくる外の映像は、さっきから振動が起きるたびに激しく乱れて途絶えた。シェルター内は、まるで地下鉄の工事現場のようである。
「……ったく、打ち上げ花火じゃねぇンだからよぉ。何回人類滅ぼしゃ気が済むんだよ敵の大将は」
「無駄口を叩いてないで、私たちは私たちでやることをやるんだ。ほら」
花凛はそう言って舞にあるものを手渡した。
「核シェルターとて、完全無欠とはいかないからな。防護服にも限界がある。出来るだけ早く……少なくとも48時間以内には決着をつけたい」
「うぇ〜、これ、私がやるんか……めんどくせぇ」
「斬るんだろう?」
分厚いヘルメットの向こうで、花凛が目を光らせた。
「その刀で、敵を。派手な戦いがしたいんだったら、地味で面倒な作業も手を抜かずにやれ。私たちに魔法はないんだからな」
「へいへい……やりゃあ良いんだろ、やりゃあ」
ブツクサ文句を言いながらも、舞はそれを受け取り、それからそれぞれの兵士が持ち場へと急ぎ始める。その様子を見て、舞が肩をすくめた。
「しかし……戦争ってのは金ばかりかかって、虚しいもんだねぇ」
「何処のドラ息子だ貴様は」
「娘だッツーの」
ローズがモニターに向き直った。遥か蒼天には無数の星が瞬き、その下を、アレクサンドロスの放った核兵器が流星群のように駆け抜けて行った。
※
「うぅ……何で私がこんな目に……」
小麦は大きくため息を吐き出した。外は夜だった。寒くはない。むしろ、あちらこちらで木々が燃え山が燃え、茹だるような暑さだった。
「何よこれぇ〜っ!?」
つい先日とは様変わりしてしまった安土城の様子に、小麦は息を飲んだ。
何もかもが燃えていた。堅牢に積み上げられた岩は、跡形もなく吹き飛び、瓦礫がそこらに散乱している。地面はまるで巨大な月面クレーターのように抉られ、赤く、黒く染まった大地が何処までも広がっていた。此処が同じ地球だとは、小麦には俄かに信じられなかった。もっとも、死後の世界なのだから、元々同じ地球とはいえないのだが。
「火星にいるみたい……」
誰もいない。建物もない。タワレコも、109も、表参道ヒルズもない。もし核戦争が起きて、お腹が空いたら、何処のコンビニに行けば良いんだろう? 小麦は途方に暮れた。
「熱っつ……! 死ぬ……死ぬ」
しばらく歩くと麓についた。見渡す限りの荒野を、トボトボと歩きながら、小麦はブツブツ呟いた。地面は相変わらず燃え盛っていて、上空は黒煙に包まれ星すら見えない。
「地獄……?」
焼け焦げた死体に出会さないのが、唯一の救いだろうか。当然、敵は核を撃ってくると想定されていたので、兵士たちは初めからシェルターの中に避難していた。※ちなみに、今回はお互い100名程度の軍で戦うことで合意した。
提案したのは舞たち織田軍側だった。
核兵器の前には多勢に無勢だったし、アレクはそれを快諾した。彼にしてみれば、敵が何百万人いようが、何億人いようが、戦争とは軽くボタンを押すだけの作業に過ぎなかった。
「はぁ……はぁ……! マヂでアイツら、ふざけてるわ……!」
どれくらい歩いただろうか。方角が合っていることを祈りつつ、小麦は1人、ひたすら歩き続けた。何を喋っても独り言になってしまうのが虚しい。その間にも、空からは五月雨のように核兵器が降り注いで来た。
中には彼女に直撃したものもある。全身の細胞を灼熱の炎で焼かれ、爆風と衝撃波で四肢を千切られながらも、そのたびに小麦は再生した。服まで元通りになるのは、お約束である。※ただし、貴殿がどうしてもというのなら、服は再生しないものとする。お好きな方で読み進め下さい。
「良い加減にしてよ、もぉ〜ッ!」
核が直撃しながらもなお悠然と前進してくる英雄。
その名もダビデ。
小麦は知る由もなかったが、この時彼女を観察していたのは、味方の衛星だけではなかった。
やがて東の空が白み始めた頃、小麦はようやく街に、高い壁の前にたどり着いた。
バビロンの城壁である。
「どうしよう……?」
数メートルはあろうかという反りたつ壁の前で、小麦は途方に暮れた。確かに不老不死だが、別に運動能力が強化されたわけでも何でもないのだ。中身はごく普通の女子高生である。棒高跳びの五輪選手か、よほどの超人でもない限り、こんな壁は乗り越えられそうにもなかった。
「何処かに入り口が……?」
キョロキョロと辺りを見渡していると、突然目の前の壁が揺らぎ始め、丸い窓のような、薄い霧のような空間が出現した。まるで魔法である。小麦は腰を抜かした。
「わッ……何!? 何これ!?」
「驚いたな。『若い少女が爆撃の中、無傷でこちらに歩いてくる』という報告を受けた時は、耳を疑ったよ」
突如現れた丸い小窓の中に、見知らぬ美男子の顔が浮かび上がる。小麦は逃げるのも隠れるのも忘れ、思わずその顔に見惚れた。
「貴方……誰? もしかして、貴方がアレクサンドロス大王?」
「ハハハ。よく言われる」
男が白い歯を浮かべた。小麦はゴクリと生唾を飲み込んだ。さっきから動悸が止まらなかった。
「だが私は王ではない。王の側近の、ヘファイスティオンだ」
「へふぁ……? おぢさんは、そこで何してるの?」
「おぢ……?」
ヘファイステイオンは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、やがて爽やかな笑みを取り戻し、そっと手を伸ばした。
「来なさい。王がお待ちだ」
「王が……!?」
小麦は驚いた。なんてことなの。潜入任務どころか、入る前に見つかってしまうとは。まさか戦場で、お城からお迎えがこようとは。
核兵器よりも激しい衝撃が、小麦の中で爆発した。
もしかして……これがアラビアン・ロマンスって奴かしら?




