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ROUND 19 織田信長 vs アレクサンドロス大王②

 إسكندر(イスカンダル)は、アレクサンドロスのアラビアでの異名である。紆余曲折を経て、今だに中東での英雄で存り続ける彼は、ロシアの核弾頭(戦術ミサイルシステム)にもその名を冠している。


 試合開始1秒。


「撃て」


 アレクサンドロスの命令で、安土城の上空をマッハ5の極超音速ミサイルが襲う。

 低い弾道と変則的な軌道で、従来のミサイル迎撃システムをも掻い潜る、現代の革新的兵器(ゲームチェンジャー)であった。


 目標に到達したミサイルが、瞬きをする間に爆発した。一瞬だった。一瞬で、灼熱の炎と閃光が、山頂ごと城を削り取った。天主は跡形もなく吹き飛んでしまった。


「試合終了……」


 黄金の玉座に腰掛けたまま、アレクが目を細めた。

 古代オリエントのメソポタミア地方に建設された大都市・バビロン。

ハンムラビ王、

ネブカドネザル2世、

そしてアレクサンドロス大王と、数多の王に統治され、栄華を極めた。


 内外を高く分厚い壁で囲まれたバビロンの名は、

神の門(バーブ・イリ)

に由来すると云われる。街には高さ12メートルほどのイシュタル門があり、青と金の彩釉(さいゆう)タイルで、竜などの珍獣奇獣が左右対称に描かれていた。


 そしてその神殿の一つ、

エ・テメン・アン・キ(天と地の礎の家)

が、一説によると旧約聖書に登場するあの『バベルの塔』のモデルだとも云われている。この聖塔(ジッグラト)は、塔の上に第二の塔が立ち、さらにその上に第三の塔が……と言った具合に、合計八層にまで及んでいたと云う。天まで届きそうなこの聖塔を見た古代イスラエル人が、聖書に例の挿話を入れたのだとか。


 そんなバビロン神殿の最上階にて。

 アレクが興味深そうに小首を傾げた。このゲーム、大将を討ち取ったら勝ち……のはずだが、あいにく勝利のファンファーレが鳴り響く様子もない。


「……チェックメイト、というわけではないようだな? フム……」

「どうやら敵は地下に潜っているようですね」


 王の隣にいたへファイスティオンが、魔法の水晶玉で敵を探りながら言った。


「それだけではない」

 すると、2人を遠巻きに見ていた老人が、低い声で唸った。

「先生」

 アレクが脇に佇んできた老人を振り返った。彫りの深い顔立ち、サンタクロースのようなモジャモジャの髭。先生と呼ばれた老人を前にして、アレクは日頃の不遜な態度を引っ込めた。その声色には(うやうや)しさすら(まと)わせている。


 大王すら一目置く、この老人こそ、

「奴等、周囲に敵を分散しておるぞ。『ペントミック師団』じゃ」

 アレクサンドロスの教師役・アリストテレスであった。


 アリストテレス。一度は耳にしたことがある名前かもしれない。万学の祖とも呼ばれる古代ギリシャの哲学者は、41歳の時、アレクサンドロス大王の家庭教師になった。


 それから3年間に渡り、哲学に政治学、文学、医学や幾何学など、知の巨人から数々の薫陶を受けたアレクは、 

「父フィリポスからは生を受け、アリストテレスからは良き生を受けた」

 と語ったとされる。


 師の影響を受け、自然科学に強い関心を示したアレクサンドロスは、東方遠征では多くの学者を随行させた。その土地の風土や動植物の研究を奨励し、さらにそれに感化され、同じようにエジプト遠征で数多の学者を連れ立ったのが、あのナポレオンでもある。


 ※余談だが、アリストテレスが異民族に差別意識を持っていたのに対し、アレクサンドロスは制圧した都市では協調政策を取っていたため、大王はこの哲学者からさしたる影響を受けていない、とする説もある。この辺り、思想家と政治家の違いだろうか。実際、両者とも有名(ビッグ・ネーム)であるため、2人の関係は美化されやすく、彼らの間で交わされた書簡も、ほとんどが後世に創作された偽書だと考えられている。


「『ペントミック師団』?」

 アレクが師に尋ねた。

「左様。兵士を5個に分散させ……要は一方がやられても、もう一方が反撃できるという、対核兵器を想定した部隊編制じゃ」

「へぇ……それで」


 アレクは頷き、玉座の前にずらりと並んだ巨大モニターを見上げた。モニターには衛星から映し出された地図が表示され、敵の位置が赤く点滅している。なるほど神殿の周りに5つ、赤い点がゆっくりと進軍してくる。


「フフン。小賢しい真似を」

「しかし、おかしいですね。いつの間に囲まれていたんでしょう……?」

「関係ないさ。全部叩きのめせば良い。後何万発残ってると思ってる」


 へファは首を傾げたが、アレクは余裕の表情を崩さなかった。グラスを差し出し、従者にワインを注がせる。


「『The Blue(美しき青き) Danube(ドナウ)』をかけてくれ。少し気が早いが、勝利の美酒と行こうじゃないか」


 やがて玉座の間に、捕虜として捕まっていた音楽家たちが呼ばれ、外の景色とは大違いの、優雅な演奏が始まった。普墺戦争に破れ、敗戦ムードを吹き飛ばそうとウィーンで作られた合唱曲『美しき青きドナウ』は、イギリスが初めて開発した実験用核兵器にもその名を冠している。


 オーケストラによる贅沢な生演奏が部屋に響き渡る。天上の調べに耳を傾けながら、アレクは今日も美酒を呷った。


 Drum(だから) trotzet(こんな時代) der Zeit(吹き飛ばそうぜ)

 Was nutzt(落ち込んだって) das Bed(くよくよ)auern(したって),

 das Tr(仕方)auern(ないさ),

 Drum(だから) froh (楽しく)und lustig(陽気に) seid!(行こうぜ!)

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