ROUND 18 織田信長 vs アレクサンドロス大王
「次の対戦相手が決まったよ」
泥梨が言った。舞は、みたらし団子を食べているところだった。団子を口に運びながら、江戸の町をほっつき歩いていると、橋の向こうから黒服姿の死神がふらっ、と現れた。うららかな午後だった。空は晴れていたが、雲の流れが疾く、夕方からまた一雨来そうな匂いがした。
「君たちのお望み通り、次はアレクサンドロス大王との戦いだ」
「応」
「ま、他に希望者がいなかったから、すんなり決まったけどね……待ってよ」
からん、ころん、と下駄の音が小気味よく響く。そのまま何事もなかったかのように歩いて行こうとする舞に追い縋って、泥梨が慌てて横に並んだ。舞は尖った八重歯で、串から団子をひとつ引き抜いて、怪訝な顔をした。
「ンだよ? まだ他に言うことあんのか?」
「その……怖くないの?」
「あ?」
「だって、あのアレクサンドロス大王だよ?」
2人は横並びで歩き始めた。歩きながら、泥梨が真顔で尋ねた。
「向こうは核兵器持ってるんだよ? 正直、みんな避けてるのに、わざわざ自分から喧嘩売るような真似しなくても」
「避けるっつっても、あっちから怠絡みして来んじゃねーかよ、あのボケ」
「だけど……」
「どの道避けらんねーんだ、だったら殺るしかねーだろ」
舞が串に残ったタレを舐めながら、ニヤリと嗤った。
「私は、斬るだけだ。他は考えてねえ。そいつがどんだけ偉い奴だとか。どんだけ凄い奴だとか。王様だろうが、神様だろうが、そいつが邪魔すんなら、私が斬ってやるよ」
「だけど……どうやって?」
「さぁな」
「え?」
「それを考えんのは……あっちの”信長”の方だろ」
そう言うと、舞が前方を顎でしゃくった。いつの間にか2人は信長カフェの前にいた。店内では、着物を着た少女達が何やら真剣な顔つきでヒソヒソと話し合っている。もう1人の信長……東禅寺花凛が、皆を集めて熱弁した。
「良いか? 私たちは今、幽霊だ」
机の上には、ノートパソコンやら資料やら地図やら、様々なものが積み上げられていた。泥梨は地図を覗き込んだ。作戦の一部なのだろう、図面には何やら赤ペンでびっしりと文字が書き込まれている。
「幸か不幸か、生きていた頃ほど腹も減らんし、そこまで眠くもならない」
「痛みも感じないしね」
花凛の横からローズが相槌を打った。地図を覗き込むには少々背が足りず、ソファの上に立っている。
「そう。つまり、我々に兵糧攻めは無意味ということだ。無論、敵にもな。それに、戦いが無駄に長引かないよう、戦場も20km以内と決められている。否が応でも、殺し合いをしなければならない状況に追い込まれているんだ……あの死神によってな」
そう言うと花凛は、やってきた泥梨をジロリと睨んだ。泥梨は気づかないふりをして、カウンターで信長団子(¥600)を注文した。もちろんみたらしがたっぷりの奴である。
「う〜ん、美味、美味……だけどここの商品、信長要素無くない? ただの団子でしょこれ。詐欺だよこんなの」
「居たら居たで五月蝿ぇ奴だなぁ」
「……しかし、今回はそのルールを逆手に取らせてもらう」
花凛が地図に目を戻して言った。
「どういうこと……?」
「20km以内と言うことは、だ。もし敵の障壁を解除できれば……」
「あ、そうか!」
ローズがソファの上で跳ね上がった。
「あまりに強力すぎる武器だから……」
「嗚呼。この距離なら核兵器を無力化できる。障壁がなければ、自分たちも巻き添えになるだろう。たとえ爆発による被害は防げたとしても、放射能は雨に乗り風に乗り、何処までも広がっていくからな」
「近すぎて撃てないってことね!」
「強すぎる武器は諸刃の剣にもなる。上手く障壁を解除できれば、奴らを戦場に引きずり出すことが……」
「あのねえ」
すると、少し離れた場所で信長タピオカミルクティー(¥1800)を飲んでいた小麦が、呆れたような顔で口を挟んだ。
「障壁を解除できれば……って、そんな、何もかも都合良く行くわけないじゃない!」
小麦が口を尖らせた。足を乱雑に投げ出し、何となく態度が悪い。
先日の戦いで、自分が囮役にされたのをまだ根に持っているらしい。
「一体どうやって、それを実行するかが問題なんでしょ? まさか核の局地豪雨の中、敵の城に突っ込んで行って、障壁とやらを壊すわけ? 無理無理! そんなの、いくら命があっても足りないでしょ! 不死身の化け物でもない限り……」
不意に店内に静寂が訪れた。気がつくと、全員の視線が小麦に向けられていた。
「へ……? 何? どうしたの? 私の顔、何かついてる?」
小麦がキョトンとした顔で目を瞬かせた。
カフェの外では、ぽつ、ぽつと雨が降り始めた。
※
「つまり……同盟と言うことですな?」
刻を同じくして。
また別の場所にある非武装地帯で、5人のバッヂ持ち達が円卓を囲んでいた。
ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東、ポル・ポトの5人だった。
5人ともそれぞれの国のセーラー服を着ていた。元々は女子高生だったようだが、皆、『英雄バッヂ』により精神を乗っ取られてしまっていた。白眼を剥いたJK・ヒトラーが、涎を垂らしながら叫んだ。
「あの若造に、このままやられっぱなしでは腹の虫が治らん!」
淡いシャンデリアの光の下で。ヒトラーが青筋を立てて拳で机を叩くと、隣に座っていたムッソリーニがそうだそうだ、と声を荒げた。
「向こうもやっていることだ。我々が同じことをして何が悪い!」
「どの道このままでは、あの古代の大王とやらに全て持って行かれてしまう」
暗がりに半分顔を隠したまま、スターリンが顎を撫で、円卓のメンバーを眺めた。
「よかろう。今から我々は不可侵条約を結ぶ」
「決まりだ」
「意義なし」
「我ら5人が結託すれば、世に敵うものなし!」
「そして我々が核兵器を手に入れた暁には……うひ、うひひ、うひひひひ……!」
光と闇の狭間で、5人が固く握手を交わした。
「お互い戦っているフリをして……アレクサンドロス大王の戦場に割り込もうというわけですな」
毛沢東が嬉しそうに目を細めると、
「ルールには、④それぞれの軍の人数は同数からの開戦とする、とある」
ポル・ポトも暗闇の中、抜け目なく目を光らせた。
「一億人にしよう。一億と一億、合計二億の兵士がアレクなんとかに襲いかかるわけだ。こりゃいくら何でも一溜まりもあるまい」
「それも四方向からね」
「待てよ。20km圏内に一億人じゃ、いくら何でも身動きが取れんだろう。せいぜい100万ってとこじゃないか?」
「何人でも良いさ。どうせ戦うのも死ぬのも、指導者じゃなく、名もなき兵士だしな」
「我々は此処で、ワインでも飲みながら、のんびり勝利報告を待てば良いということですな」
「ワハハハハ」
「ウワッハハハハハ……」
「総統!」
すると、ヒトラーの部下らしき男が円卓の部屋に転がり込んできて、緊張した面持ちで最敬礼した。
「エニグマ暗号解読班が、次のアレクサンドロス大王の対戦相手を傍受しました! 日本の、織田信長という輩です!」
「おぉ!」
「日本か」
「みな、乾杯だ」
5人が立ち上がり、並々と注がれたワインを頭上高く掲げた。
「勝利のために」
「勝利のために」
「征くぞ! 日本へ!」




