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ROUND 16 諸葛孔明 vs アレクサンドロス大王②

「全く……王はいつも無茶をなされる」

「へファイスティオン」


 ふと、玉座に寄り添っていた男が、呆れたように声を上げた。アレクサンドロスよりも一回り大きく、筋肉質で、彫刻のような美貌を持つ男。アレクの唯一無二の友人・へファイスティオンである。


 2人は今回のゲームでも相棒(バディ)同士だった。へファイスティオンもまた、歴史に名を残した傑物には違いないが、彼は喜んでアレクと同じバッヂを着けた。

 有名なエピソードがある。

 イッソスの戦いで破れ、捕虜にされたダレイオス三世の母・シシュガンビスは、アレクとへファの2人と対面した際、どちらが大王か分からず、より逞しく美しいへファイスティオンへとひれ伏した。


 間違いに気づいたシシュガンビスが慌ててアレクサンドロスに謝ると、アレクは

「心配されるな。彼もまたもう1人のアレクサンドロスなのだから」

 と笑って許したと云う。


 自分の分身と呼べるほど気を許したアレクの親友・へファが、彼の前で戯けるように肩をすくめた。


「いきなり先制攻撃で敵を殲滅してしまっては、バッヂを回収できないじゃありませんか」

「だから、今回もお前が良きに計らってくれたんだろう?」


 アレクが相好を崩し、白い歯を見せた。へファもまた親しげな笑みを返し、肩からぶら下げていた小さな水晶玉を、顔の高さに掲げた。


「当然です。私がこの『魔法障壁(ファイアーウォール)』で護っていなければ、我々の命も危ないところでしたよ」


 それは、テニスボールほどの大きさの水晶玉であった。

 勿論ただの水晶玉ではない。

 範囲内に特殊な防壁を張る、魔法型&盾鎧型の『武器』であった。


刀剣型(ソード)

射撃型(ガンナー)

打撃型(アタッカー)

魔法型(マジック)

生物型(モンスター)

盾鎧型(ガーディアン)


 と、大まかに6種類の武器があるのは、第一部で紹介した通りである。中にはへファイスティオンも持つ水晶のように、複数の性質を同時に併せ持つ武器も存在する。


「目ぼしいバッヂには『防護』をかけてありますから、早速ドローンに回収に向かわせましょう」


 へファはそう言うと、そのままアレクの前に跪き、彼の手の甲に軽く接吻した。


 一部史料では2人は恋愛関係にあったと示唆されている。当時マケドニアでは……というより古代ギリシア世界では……同性愛が社会の絆を作る重要な要素であった。一説では、ギリシア世界で巻き起こった数々の暗殺事件も、政治的な動機よりも、恋愛関係のもつれが原因なのではないか……と云われている。


「……お前には何もかも世話になるな、へファ」

「貴方に何処までも着いて行きます、神の子よ」


 ※エジプト遠征を成功させたアレクサンドロス大王は、事実上のエジプト王(ファラオ)となり、アモン神殿で神託を受けた。具体的な内容は側近たちにも秘密にされたが、それ以来彼は『神の子』を自称することとなる。


「見ていろ、へファ。私はマケドニアの王からアジアの王へ、そして今度こそ、世界の王に成ってみせるぞ」


 アレクは血のように赤いワインを飲み干し、子供のように目を輝かせた。彼の肩にふわりと黒い烏が止まる。烏は黄金に輝く玉座の間と、それから障壁一枚隔てた惨劇を眺め、不思議そうに喉を鳴らした。


「しかし、これほど圧倒的な戦いを見せつけてしまっては……次の対戦相手が尻込みして、中々見つからないかも知れませんな」


 へファがクスリと笑った。


 事実、そうであった。

 各地で同時生中継されていたこの戦いは、観客を……大会の参加者たちを……茫然自失とさせるには十分な効果があった。


 しばらく誰もが、一言も声を発さず、食い入るように画面を見つめていた。バビロン神殿の、勝利を祝って開かれている豪勢な饗宴を、ではない。大量破壊兵器を投入され、文字通り地獄と化した敗者の惨状を、である。


「何だよ……それ……」

「ひどい……」

「ずりぃよ……卑怯すぎんだろ、そんなんアリかよ」

「どうやって勝てって言うんだよ……核兵器に!」


 騒ぎはやがて恐怖の色を帯びていき、パニックが人々の心を飲み込んで行った。この戦いはあっという間に参加者の間に広まり、今や知らぬ者はいないほどとなった。


 アレクサンドロス大王と戦うべきではない。

 次は自分がああなるかも知れない。

 核兵器に勝てるわけがない。


 そんな呟きが世界中を駆け巡った。へファイスティオンが予見した通り、参加者はこぞって彼との戦いを拒んだ。中には彼との衝突を避けたいがために……かつてのエジプトがそうであったように……無血開城する者まで現れた。およそ少なくない数の英雄たちが、戦う前から彼の軍門に降ったのである。

 畏怖。

 それは王が王たる証でもある。人々に畏れられ、崇め奉られてこその王。アレクサンドロスは、まさにその体現者であった。


 しかし。


 そんな中、恐怖の大王を、畏怖の眼で見つめていない者たちもいた。宇喜多舞もその1人である。彼女は、他の観客と同じように、食い入るように画面を見つめていた。と言っても、他の観客とは視線の先が違う。彼女が見つめていたのは、アレクの肩に乗った黒い烏の方だった。


「あれは……」

「アイツか!」

 舞が獣のように唸り声を上げ、髪を逆立てた。

「あンの※※野郎が、良くも……!」

「待て、待て」


 今にも画面に斬りかかろうとする舞を、花凛が首ねっこを捕まえて制した。


「此処で刀を抜いてどうする。戦うなら、戦場でだ」

「戦うって……あれと?」


 隣にいた小麦が、驚きを通り越して呆れたような声を上げた。


「どうやって?」

「ふむ。まずは核シェルターは必須だろうな。現実でどれだけ核攻撃に耐えられるかは分からないが、()()今はデス・ゲームの最中だ。強力な盾鎧型(ガーディアン)武器(シェルター)があれば、或いは」

「私、探してみる」

 横からローズが口を挟んだ。

「お姉様のコレクションの中に、色々な武器があったはずだから」

「殺す! ぶっ殺す!」

「舞、五月蝿いぞ。貴様はそれしか言えんのか。しかし、驚いたな。まさか核兵器を持っているとは……」

「驚いたのはこっちだよ」


 泥梨が舞たちの様子を眺めて、冷や汗を拭った。


「あの戦いを見せられて、まだ戦おうとする人がいるなんて」

「敵が自分より強かったら諦めるのか?」

 花凛が澄んだ瞳で泥梨を見据えた。

「そう言う訳にも行かんだろう。どの道あの男を倒さなければ、天下統一はない」

「だけど……」

「まぁ、待て」


 花凛が腰に下げた『正宗』を撫で、不敵に嗤った。


「それにしても、余裕だな。自分の戦いを生中継させ手の内を晒してくれるとは。牽制の意味もあったのだろうが……フン。その余裕が、せいぜい命取りにならなければ良いがな」

「本当に……勝つつもりなの? 日本刀で? 核兵器に?」

「ぶっっっ殺すッ!!」


 舞が吠えた。これにはさすがの死神も、戸惑うほか無かった。


 一方その頃。


 舞たちとは遠く離れた場所で。

 同じく、恐怖の大王に畏怖しない者たちがいた。江戸とはまた別の非武装地帯(ノーサイド)。黒い森に囲まれた洋館で、黒髪の少女が椅子に座っている。薄暗い部屋の中、チェックメイトをかけられた盤面を、少女は感心したように見つめていた。


「さすが、強いわねえ……彼。だけど、本物の戦争が、果たして盤戦(ゲーム)と同じように進むかしら……フフフ」

「若造はいつだって無茶をする」


 試合が終わると、黒髪の少女の元に、ぞろぞろと人が集まってきた。黒い影の向こうから、最初に姿を現したのは、矍鑠(かくしゃく)たる老人であった。老人とはいえ、背筋は真っ直ぐに伸び、紺色のスーツ姿が見事に決まっている。


「功を焦って、足元を掬われんと良いがな」

「あら、心配ないわよアレクなら」


 その向こうから、今度は老人の腰の高さほどしかない、小柄な幼女がやって来て、屈託のない笑顔を見せた。


「アレクサンドロス大王に、核兵器よ? まさに鬼に金棒じゃない! 全人類が束になってかかったって、誰も勝てっこないわ」


 艶やかな橙色のチャイナ服を着た幼女が、老人の太ももを、お団子頭でポンポンと頭突きし始めた。彼女なりの愛情表現で、老人の方もそれが分かっているから、何も言わない。どうやら2人は知り合いらしい。


「それを普通は、油断というのだろう」


 そして、影の中から最後に現れた男は……この男が一番異様な雰囲気を身に纏っていた。長身で細身、声質は若い。だが顔は見えなかった。顔も全身も、全部白い包帯でぐるぐる巻きにしたその男は、隙間から覗くギラギラとした瞳で、先に歩いていた老人と幼女を睨んだ。


「何が核兵器だ。派手なばかりで、大味な戦いしやがって。あの目立ちたがりめ」

「あら、嫉妬?」

「違う!」

「男の嫉妬は見苦しいぞ」

「だから違うと言ってるだろ!」

「みんな喧嘩しないで」


 黒髪の少女が集まった3人にほほ笑みを浮かべた。この3人も、勿論この大会の参加者である。ここで正体を明かしておくと、


 メソポタミア文明のハンムラビ王、

 中国文明の始皇帝、

 エジプト文明のツタンカーメン、

 

 である(※もう一つ、インダス文明には強大な権力者や宗教的カリスマは存在せず、今のところ、王はいなかったとされている。そのインダス川流域で、現代まで続く強力な身分(カースト)制が根付いているのは、何の因果か知らないが)。


「せっかくこうして集まれたんだから。仲良くしましょう?」


 そんな四大文明の王たちが、華奢な、黒髪の少女の前に跪き、深々と(こうべ)を垂れた。


「仰せのままに。Crown様」

 

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