ROUND 15 諸葛孔明 vs アレクサンドロス大王
「……っしゃぁあっ! 『英雄ガチャ』当たりだっ!」
『諸葛孔明』を引いた瞬間、王伟と李静は小躍りした。2人とも、生前は頭の出来が宜しくなく、学歴の低さがずっとコンプレックスだった。王伟は初級中学校を卒業後、地方の工場に勤めていたが、程なく退職。サービス残業の多さと、パワハラを繰り返す上司に嫌気が差したからだった。
一方、同級生だった李静は躺平族になっていた。地元で再開した男女は、家賃無料の高齢者施設で暮らし始めた。週一でゲーム会社のデバッグを手伝い、残りの時間はタトゥー・アーティストになるための練習に当てる。当時中国では、若者の失業率は20%を超えていた。
もしも頭が良かったら。
もしも頭が良かったら、名門大学を出て、難関資格試験を突破し、一流の企業に入る……一体どれほど人生が変わっていたことだろう。頭が良ければ、今頃、夜市でブランド品を平替したり、高齢者食堂で残り物を弁当に詰める生活からも再见していたのに。
そしてその願いは、図らずも、彼らの死後叶えられることとなった。
「失败的是事、绝不应是人」
玉座に座り、白い羽扇を口元で靡かせながら。王伟は意味深げにほくそ笑んだ。今や彼らは、三国志に登場する武将のほとんどを手中に収めていた。魏も呉も蜀も、全て孔明に降った。歴史は此処に書き変えられたのである。
やはり、智力。智力は武力を凌駕する。王伟は目を細めた。戦略は戦術に勝る。たとえどんな強力な武器を持っていようとも、凡庸な使い手が持て余していれば、何の意味もないではないか。自分なら出来る。大陸に名を轟かせた策略家、稀代の天才軍師を引き当てた自分たちなら。
さらに彼らは、他の英雄バッヂを素材にして、孔明バッヂを強化できることに気がついた。元々『ガチャ』と言っていた時点で何やら怪しかったが、運営の死神に問い合わせたらあっさりと教えてくれた。明文化されていないが、バッヂは強化できるのだ。彼らはこれを裏ルールと呼んでいた。
数々の英雄を溶かし、今や2人のバッヂは『孔明+12』に強化されていた。もちろんSSRである。
とうとう蜀が、中国が世界の覇権を握る時が来た。四川省は白帝城にて。現在はダムに沈んだこの劉備終焉の地で、数万、いや数十万もの配下を見下ろし、李静=孔明が叫んだ。
「天下三分の計……いや、今こそ天下統一の時よ!」
天下を三分すれば均衡が保たれる……しかしそれは、最終的な統一のための手段にすぎない。
駆虎呑狼の計、
十面埋伏の計、
虚誘掩殺の計、
美女連環の計、
など、十八番の戦術・戦略を巧みに使いこなし、孔明の2人は破竹の勢いで連戦連勝を重ねた。荀攸も周瑜も司馬懿も、ローマ帝国の五賢帝も、黒田官兵衛もプロイセン王国モルトケも、全て孔明の罠に膝をついた。苦労して『+12』まで強化した甲斐があったと言うものである。元々頭の良い奴らが、元々頭の悪い自分たちに跪くのが痛快でならなかった。
「それで、次の敵は?」
「アレクサンドロス大王とかいう夷狄よ……王伟」
李静が王伟の肩にしなだれかかりながらほほ笑んだ。
「嗚呼……識ってる。確か、32歳で死んだなり損ないだろ…… フン」
王伟が顎鬚を撫でながら不敵に嗤った。諸葛孔明になりきるため、彼は死後立派な顎鬚を蓄えていた。
孔明曰く、『謀事在人、成事在天』。
どれほど偉大な野心を抱こうとも、道半ばで倒れた者は結局、天に見放された者なのだ。アレクサンドロス三世は確かに若き世界征服者たり得たかも知れないが、アラビア遠征前に彼は高熱に倒れた。つまり天は彼を生かさなかった、ということだ。※中国には古代から、易姓革命と云う儒教思想があった。これは要するに、天は己の代わりに王に地上を治めさせるが、万が一為政者が徳を失った場合、さらに徳の高い指導者が現れ革命を起こす……と云うものである。
王伟が斗篷を翻し、玉座から立ち上がった。三世だか反対だか知らないが、今や智力も、それから武力をも手に入れた自分たちにとっては、何ら恐るるに足らず。
「曹操と劉備と、孫策を前線に送れ! 三国志オールスターズで敵を迎え撃つ!」
右腕に黄龍、左腕に鳳凰のタトゥーを彫った王伟が、轟くような声で唸った。地平線の彼方まで広がる兵たちが、空が割れんばかりの掛け声を上げる。彼らは勝ちを確信していた。この戦力で負けるはずがないと思っていた。ナポレオンの名言に、『最も大きな危険は、勝利の瞬間にある』と云うのがあるが、要するに彼らは油断していたのである。
次の瞬間。
空が白く染まった。太陽と見間違うほどの閃光に人々の眼は潰れ。轟音と同時に衝撃波がやって来て、鉄筋で補強した白帝城が、瞬く間に薙ぎ倒された。空中で炸裂した灼熱の火球は摂氏100万℃を超え、爆心地周辺の温度はほんの数秒で4000℃を超えた。
超高圧の爆風と熱線が四方に放射され、さらに初期放射線により、爆発の半径1キロ圏内にいた人々はほぼほぼ即死した。その数は10万とも、20万とも言われる。
辛うじて生き残った人々も、ある者は建物の下敷きになり、ある者は皮膚が焼け爛れ、またある者は窓ガラスの破片が全身に刺さったまま、水を求めて彷徨い歩いた。全身の水分が一瞬にして奪われて、喉が渇いて仕方ないのである。崩城では熱線により至るところで火災が発生し、逃げ場を失った人々が次々に断末魔の叫び声を上げながら消し炭になった。
上空にキノコ雲が立ち上がった。放射能を含んだ塵が、孔明の領土を覆い、それからコールタールのような黒い雨が降り注いだ。水を求めて彷徨っていた人々は、喜んで喉を潤した。それが天の恵みではなく、地獄への片道切符であることも知らずに。
「彼奴らは……戦争を、武勇智略を競う檜舞台か何かと勘違いしているのか?」
その様子を、遠く離れたバビロン神殿から、アレクサンドロス大王が哀れんだ目で眺めていた。
「哀れな生き物よ。戦略も戦術も、今や何ら意味をなさないと云うのに。智力も武力も、この武器の前では、一切が無力」
玉座で頬杖を付き。赤ワインの入ったグラスを傾けながら、アレクが小さく眼を細めた。
「核兵器だ」




