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interval

「人は皆、誰かになりたがっている……」


 昼下がり。

 黒髪の少女はか細い小首を傾げながら、これまたか細い右手の人差し指と親指で、駒を掴んだ。それからその駒をゆっくりと一歩前へ進める。▲3三歩。窓枠に停まった黒い烏が、テーブルの様子を不思議そうに眺めていた。


「スポーツ選手になりたい、漫画家になりたい、研究者になりたい、教師になりたい、神様になりたい、王様になりたい、英雄になりたい……たとえ今の命を捨ててでも、異世界に生まれ変わって、自分以外の誰かになりたい……」


 少女の向かい側に座っていた男が、それを受け、彼もまた駒を動かした。Qc2。こちらはチェスの駒だった。奇妙なことに、盤上では将棋と、チェスとが対戦している。勝負はまだ始まったばかりだが、中々白熱しているようだった。一体どんなルールなのか見当も付かないが。


「本当に不思議ね。どうして自分自身で在ろうとしないのかしら」

「中原中也ですか」

「皆、よっぽど今の自分のことが嫌いなのかしらね」


 観客は烏一匹である。黒髪の少女がクスリと笑った。▲2八飛。男の方が顎に手をやって、難しい顔で盤面を覗き込んだ。しばしの沈黙。やがて彼はゆっくりと黒いチェスの駒を前進させた。


「誰だって隣の芝生は青く見えるものですよ、クロー様」

「日本の将棋では、『成る』と云うのは敵陣に突っ込む必要があるのよ、アレク」


 言いながら、クローと呼ばれた少女が、先ほどの歩でナイトを弾きながら、駒を裏返す。赤く『と』と書かれた文字が、盤上の隅に浮かび上がった。


「何かになりたいのなら……リスクを背負わなければ」

「それは……私に出撃せよ、と言うことですか?」

「中途半端に戦力の逐次投入はしたくない。やるなら徹底的にやるべきよ」

 クローが妖しく目を光らせた。

「貴方の持っている()()なら、それが出来るでしょう?」

「ナポレオンの少女は……」


 黒装束の男……アレクがふと手を止めた。


「……最後の最後で、なりきれなかった。あの仔は貴女のお眼鏡にかないませんでしたか」

「何言ってるの、アレク」


 窓枠から烏が黒い翼を広げ、けたたましく哭いた。クローが()ったナイトに軽く口付けしながら、可笑しそうにほほ笑んだ。


「戦争は将棋(ゲーム)じゃないのよ。自分の駒が盗られようとしているのに、みすみす見逃す手はないでしょう?」



「とにかく、しばらくintervalを挟もうと思ってるから」


 場所が変わって、信長カフェにて。


 呼び出された死神の泥梨が、舞たちに囲まれ、詰められていた。泥梨は両手に手錠を付けたまま、正座の姿勢で困り顔をして見せた。


「正直、僕にも良く分からないよ。他のチーム同士の対戦に介入するなんてことは……そりゃ理論上は可能なのかも知れないけれど」

「ルール違反じゃねぇのかよ、こんなの!」

 舞が噛みついた。だが、確かに『他人の試合に割り込んではいけない』などとは明文化されていない。


「言うなれば、自分の陣地(コート)でバスケをしながら、同時に隣の陣地(コート)でバレーをするみたいなもんで……そんなこと、こっちも想定もしてないというか」

「そんなの……無理ぢゃん」ギャルの小麦がポカンと口を開けた。

「いや」


 すると、離れたところで紅茶を飲んでいた花凛が、舞たちに視線を投げかけた。


「出来なくはない。両面作戦ということだろう。想定もしていない第三国が参戦するというのも、おかしな話ではない。ただ、同時に2つの戦争をしなければならないので、もしやるのならよっぽどの戦力が必要だろうな……」

「じゃあ、敵は……」

 赤髪のローズがゴクリと唾を飲み込んだ。


「相当強い、誰か……ってこと?」

「嗚呼。バッヂを26個持っていたナポレオンよりも遥かに……な」


 しばらくカフェ内がシン……と静まり返った。


「関係ねぇよ」


 沈黙を破ったのは、舞だった。舞は腕を組んだまま、椅子の上から、噛み付くように吠えた。


「誰が敵だろうが。敵がどんなに強かろうが、神様だろうが、王様だろうが、邪魔する奴ぁ全員ぶっ殺す!」

「まぁまぁまぁ」


 今にも刀を抜きかねない舞を宥め、泥梨が立ち上がった。


「せっかくのintervalなんだし、次の試合までしっかり体を休めて。そうだ。気分転換に、他のチームの対戦、見学に行ってみない?」

「見学?」

 

 皆の視線が泥梨に集まる。黒スーツ姿の死神が、訝しげな皆を見渡して、にっこりと笑った。


「そう。ちょうどもうすぐ、諸葛孔明 vs アレクサンドロス大王の試合が始まるんだよ」

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