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ROUND 13 織田信長 vs ナポレオン・ボナパルト⑫

 西から東へ、風に流されつつ、天主の周りを鳥たちが羽ばたいた。山頂ともなると遮るものが何もなく、触れる空気は肌寒いくらいである。風に揺らされ天主の格子がガタガタと鳴った。


 最上階は、それほど広い間取りではなかった。ボクシングのリングほどの狭い室内で、2人の少女が死合っていた。


 障子の向こうから金属が打つかり合う音がする。

 部屋の中で、舞=信長とエマ=ナポレオンの刃が交錯し、持ち主の目と鼻の先で軽い火花を散らす。至近距離で、互いの眼を食い入るように覗き込んだ後、両者は再び剣を振るった。


 紫電一閃。ナポレオンのサーベルが光の線となって空間を両断する。セーラー服の赤いリボンの先が千切れ、はらりと宙を舞った。同時に、村正の先端がエマの皮膚をかっ割き、雫がぱたた、と畳の上に溢れ落ちた。


 刹那、時が止まる。刀を挟んで、2人が無言のまま睨み合った。


 それも一瞬の事だった。

 返す刀で、舞がエマの頭部をかち割らんと村正を振り下ろす。その勢いで風が唸った。エマはそれを刃の腹で受けて、そのまま刃を滑らすようにして、舞の手首を斬り落としに来た。舞が義手で無かったら、彼女の手は熟した果実のように斬り落とされていた事だろう。再び、鈍い音。2人の手元で火花が弾ける。


「Eh!」

「……だらっしゃあぁッ!」


 エマが懐からフリントロック式のピストルを取り出した。引き金が引かれるその瞬間、今度は舞が村正をしならせ、銃身を叩き斬る。斬った。古い銃とはいえ、銃身部分は鋼鉄である。エマが驚いて目を見開いた。


 発砲音が天主に轟いた。


 放たれた弾丸は、わずかに狙いを逸れ、舞の肩口に命中する。噴水のような血が溢れ出たが、舞は怯む様子もなかった。痛みを感じない以上……よほど致命傷でもない限り……動きに支障はない。それでも銃口を向けられた時の恐怖はあるはずだが、舞はその素振りすら見せず、むしろ薄っすらと笑みすら浮かべていた。


「何が可笑しい……」


 エマが苛立って斬られた銃を投げ捨てた。2人の位置が入れ替わり、再度殺陣が始まる。両者とも、手を緩める気などさらさらなかった。ひたすら相手の命を狙い合い。五月雨の如く、花が乱れ咲くように、互いの刀と剣が打つかりあった。


 上段、下段、袈裟斬り、打突。

 (しのぎ)を削り、(つば)を割り。

 天井が、障子が、畳の上が徐々に赤く染まって行く。やがて両者に差が現れ始めた。


「フン! しかし、哀しい哉……」

「ぐ……!」


 押され始めたのは、舞の方である。エマが下から掬い上げるように相手の鍔を打った。舞はバランスを崩し、たたらを踏んで壁際に背中をついた。


 ロープ際に追い詰められた。間髪を容れず、エマが容赦なくサーベルで顔付近を突く。慌てて首を引っ込めた舞が、ズルズルと床に腰を付いた。


「はぁ……はぁ……!」

「バッヂを付けただけで、英雄に、信長公になれるとでも思っていたのか?」


 エマがダウンした舞を見下ろしながら、刀剣を振りかぶった。

「体格差がそのまま出たな。お前はただの女子中学生だ」

「はぁ……はぁ……っ!」

「鍛え方が足りん。それでは戦場を生き残れまい」

「チッ……強ぇえ〜ッ、ナポレオン!」


 舞が苦笑いを浮かべ、血の混じった唾を吐いた。エマが、舞の首筋に、ギロチンのように尖った切先を添えた。


「チェックメイトだ。さぁ、大将の居場所を明かせ」

「……私が大将だ」

「嘘を付け。お前のようなバ……大将がいるか」

「そりゃどーいう意味だよ? あ? 私が……」

「待て」


 すると突然、すぱーん! と北側の障子が開かれた。処刑執行寸前のエマも、管を巻きだる絡みを始めた舞も、同時にそっちの方を見た。


「そこまでだ。2人とも剣を納めてもらおう」

「お姉様……!」

「ローズ!」


 ナポレオンが驚いて剣を取り落とした。障子の向こうに立っていたのは、もう1人の信長とナポレオン……東禅寺花凛とエマの妹・ローズだった。


「ローズ! ど、どうして此処に……!?」

「私が連れてきた」

「何!?」

「フランス領を正面突破させてもらったぞ。フフ……敵軍を左右に引き付けている間に、な」


 花凛が小柄なローズの肩に手を起き、不敵な笑みを浮かべた。エマが舞を追っている間に、花凜は左右に広がった鶴翼の陣の、裏の裏をかいて、フォンテーヌブロー城まで一騎駆けをしたのだった。


「ひ、卑怯な……人質を取るなんて! それが英雄のやることか!」

「そうだそうだ。今に私がコイツをぶっ殺してやるから、お前らは黙ってそこで見てろ」

「五月蝿いぞ浮玉」

 花凛が舞をジロリと睨んだ。

「ナポレオンとやら、この子がそちらの大将だな?」

「ローズ……あれほど隠れておくように言ったのに……!」

「違うのお姉様! 私が、自分からこの人に頼んだの。お姉ちゃんの元に連れて行って、って」

「何……!?」


 エマが目を丸くした。


 信長とナポレオン、三つめの違いは、③家族愛の違いを挙げさせてもらう。


 ナポレオンは家族想いだった。

 彼の遺した書簡の多くは恋人、妻に宛てた恋文である。早く逢いたい早く逢いたい、おぉ愛するジョゼフィーヌ、どうしてすぐに返信してくれないんだ、既読無視するのはやめたまえ……ナポレオンもまさか自分のラブレターが後世でこれほど晒されることになろうとは夢にも思っていなかったであろう。ナポレオンも既読無視に悩んでいたのだなあ……以上余談。


 また子供が出来るのが遅かったこともあり、遺された手紙からもその溺愛ぶりが伺える。そこには愛する人を想い、我が子の成長を願う等身大の父親の姿が垣間見える。


 一方、信長。彼に家族愛がなかったと言うわけではない。実の息子に『奇妙』『人』『良好』と名付けたりもしたが、ネーミングセンスが壊滅的だっただけで、もちろん親として一端の愛情は持っていただろう。


 ただ戦国時代は、家族というのは、政略結婚や他の武将への人質役にされる事が多かった。信長の娘・徳姫は徳川家康の長男・信康に輿入れしたし、その家康は幼少期から今川家や織田家の人質だった。乱世である。何なら兄弟同士で敵対することもままあったし、己が覇権のため親や子を誅殺することも少なくなかった。


 家族と云う在り方が今とは全く違った時代だった。


 有名な話だが、信長は弟の信勝を暗殺した。信長の父亡き後、葬儀で抹香を投げつけたうつけ者の兄・信長と、礼儀正しく毅然としていた弟・信勝を見て、周囲の人は「やはり後継者は信勝様が相応しい」と噂していた。そして信長の後ろ盾となっていた斎藤道三が討ち死にした後、弟・信勝はとうとう信長に反旗を翻す。


 下剋上の時代。勝てば官軍、だが着実に力を付けていた信長は冷静にこれを撃破した。一度は許されたものの、どうしても兄に従う気になれなかった信勝は、再び謀反を企てた。信勝の家臣・柴田勝家からこれを聞いた信長は、病気のフリをして、見舞いに来た信勝を暗殺したのであった。


 要するにこの時代、親兄弟と言えども殺し合うのが当たり前、相手の武将と同盟を結ぶ『保険』として、人質が使われていた。


「ローズ……!」

 果たして家族を人質に取られたエマが帽子を取り、放心したようにその場に立ち尽くした。

「ど、どうしてそんなことを……!?」

「だって……」

 ローズが姉を見上げ、静かに涙ぐんだ。


「元に戻って欲しかったの……お姉様に」

「何?」

「剣や銃を持たなかった頃の、優しかったお姉様に」

「そ、そんな……私は……」

「お姉様。お姉様はナポレオンじゃないのよ」

「……!」

「無理やり敵を作ったり、敵を殺したり……無理して英雄になろうとしなくても良いのよ」

「ローズ……!」


 エマは眉を八の字にして狼狽えた。

「私は……ローズのために……」

「どうして幽霊になってまで殺し合わなくちゃいけないの? 私、ヤだよ」 

「それは……しかし」

「……な〜んか流れ変わって来たなァ」


 倒れていた舞が、村正を杖代わりにして、よっ、と掛け声を上げて起き上がった。いつの間にか、雨は止んでいた。何処かで烏の鳴く声がする。山の斜面は今や赤く染まり、西の向こうにゆっくりと夕陽が沈んで行こうとしていた。


「……で? どうすんだ? 大将を討ち取らねえと勝ちになんないんだけど……どっちが大将なんだよ?」

「……私だ! 私の首を持っていけ! この子には手を出すな!」

「そんな、ダメよ! お姉様!」

 エマが哀しそうに首を振り妹を眺めた。


「分かってくれローズ……これは真面(まとも)な大会じゃないんだ。生き残るためには殺し合わなければならない、死神の用意した、デスゲームなんだよ……」

「だからって、何でお姉様が殺されなきゃならないの!? そんなのもっとヤダ!」

 ローズが花凛の裾を引っ張った。

「ねぇ日本人、何とかしてよ! 貴女、偉い人なんでしょ!?」

「何で人質が偉そうなんだよ」


 舞が呆れつつも、ニヤニヤと笑みを浮かべてローズを眺めた。こう言う状況でも強気な少女は、舞も嫌いではない。花凛がローズとエマを交互に見て、頷いた。


「ふむ。ではこうしよう。妹を返して欲しかったら、そちら側のバッヂを寄越せ」

「な……!?」

 エマがぽかんと口を開けた。


「どう言うことだ?」

「ルール上、大将を討ち取らなければ確かに勝ちはない。だが、バッヂがなければ戦に参加できないのも事実。この勝負、此処らで手打ちにしようと言う話だ」

「TEUCHI……?」

「このままお互いの首が捥げるまで血みどろの戦いを続けるよりは、至極真っ当な提案だと思うが?」

「つまり人質交換てワケだな、呵呵呵(かかか)!」


 舞が村正を肩に担ぎ、嬉しそうに笑った。さっきまで刀を振り回していたとは思えないほど爽やかな顔をしている。エマにはそれが驚きだった。あれほど殺気だっていたのに、そう簡単に切り替えられるものだろうか? 私は……エマが肩を落とした。


「……じゃあ、お姉様も私も、助かるの?」

 ローズがキョトンとした瞳で花凛を見上げた。花凛がほほ笑んだ。


「嗚呼。元々こっちはそのつもりだった。寝返り工作や調略活動は戦の常。命懸けで敵を倒すよりは、味方にしてしまった方が良い」


 柴田勝家、宇喜多直家、中川清秀など、信長は敵対した武将であっても積極的に調略・懐柔した。『戦わずして敵に勝つ』これが孫子の『兵法』の基本戦略である。


「ウソ……やったぁ!」

 花凛と姉の顔を交互に見比べていたローズが、たちまちぱあっと顔を明るくさせた。

「私たち、助かるのね!」

「けど、お前らのバッヂは私らが持ってんだからな。戦になったら馳せ参じてもらうぞ、ナポレオン。今からお前らは私らの、同盟国ってワケだな。もちろん大将は私だ」

「……本当に良いのか、それで」


 エマはまだ不思議そうな顔で2人を見つめていた。


「私は……私は敵は打ち破るものばかりと思っていた。勝利こそが平和をもたらすと。何があっても勝たなければならない、それが戦争なのだと……敵を殺すのも、戦争なのだから仕方ないことだ、と……」


 黄金の天主に西陽が差し込む。駆け寄って来たローズに、腰の辺りに抱きつかれ、エマにもようやく笑みが溢れた。


「味方にしてしまう……か。そういう戦い方もあるんだな……」

 エマが血だらけになった手を拭い、おずおずと舞に差し出した。


「ありがとう……悲惨な大会だったが……こう言う結末を迎えられて、私も嬉しい」

 先ほどまで全力で殺し合っていた相手である。それがこうして握手を交わそうとしているのだ。それ以上言葉は要らなかった。舞は軽く息を吐き、その手を握り返そうとした、


 その時だった。


 天主の上空で、烏が鳴いた。


 黒い烏は、大きく口を開けると、嘴の奥からアサルトライフルの銃身を吐き出した。

 そして、

「……お姉様!」

 ローズが目を見開いた。銃声が天主に轟く。


 次の瞬間。


 舞の目の前で、エマの胸に、真っ赤な血花が咲いた。

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