ROUND 12 織田信長 vs ナポレオン・ボナパルト⑪
城内に銃声が鳴り響いた。
それも、1発や2発ではなく、数百、数千の銃音が。舞のいた敦盛ブースに向けて、一斉射撃が火を吹いた。
と同時に、吹き抜けから顔を出した織田軍が、下の階にいるフランス兵に火縄の銃をお返しする。地鳴りのように飛び交う銃声。この一瞬で、一体いくつの命が吹き飛んだだろうか。バタバタと積み重なる死体、死体、死体。霧状に吹き上がる鮮血がミラーボールのライトに照らされ、踊るように宙を舞った。
銃弾が当たる刹那ーー舞はくるりと踵を返し、紙一重の差で奥の間へと姿を消した。
「追え!」
そう叫びつつ、エマ=ナポレオンは自ら先頭に立って階段を駆け上がっていた。
広い城内で追いかけっこが始まった。襖を開けると、火縄銃を構えた織田軍の兵士たちが待ち構えていた。
「ナポレオーネ先輩!」
「危ない!」
胸甲騎兵たちがエマの前に踊り出る。
鼓膜が破れるほどの、激しい発砲音が十畳の和室に轟いた。至近距離で撃たれた兵士たちは翻筋斗を打って背中からひっくり返った。だが、銃弾は貫通していない。重たい甲冑を背負って山を登ってきた甲斐があったと言うものだ。その間に、エマが鉄砲隊の首をサーベルで刎ねた。
畳部屋が白煙と、怒号と、DJのスクラッチで満たされる。ぱたた、と噴き出る赤い血が、血飛沫模様になって白い障子を彩った。転がった死体の上を踏み越え、フランス兵たちが、徐々に奥へ奥へと踏み込んでくる。
3階。此処には合計10の部屋があり、北の八畳の和室が信長の常住諸室だったと言われている。ナポレオンが障子を開けると、天井付近に描かれた、竜と虎が激突している障壁画が彼女を出迎えた。その下に、またしても鉄砲隊。
「えぇい、埒が明かんな……」
言いながら、ナポレオンが顔にかかった返り血を拭った。茶座敷に血花が舞う。分厚い胸甲で銃弾を弾きつつ、織田軍を排して行くフランス兵たち。広い部屋だったが、もちろん全員が入りきるほどではない。階を登るに連れ、徐々にナポレオンたちは縦長に分断されつつあった。まるで『桶狭間』のように……。
竹や松、桐に鳳凰など、狩野永徳が描いたとされる名画の数々の下を通り過ぎ、吹き抜けにかかった橋を渡る。此処からは2階の敦盛ブースや地下の宝塔が眺められるが、あいにく今のナポレオンたちにその余裕はなかった。転がるように北側までたどり着くと、そこには、
「いたぞ!」
いた。信長=舞が、右手に刀、左手にはうら若い少女の首根っこを捕まえて、不敵な笑みを浮かべていた。入り口を埋め尽くした兵士たちが、一斉に舞に銃口を向ける。
「動くな!」
「おぉっとぉ! それ以上近づくなよ!? この女殺すぞ!」
「な……!」
「……この後に及んで! 下劣な真似をするな! 信長!」
畳の縁に足をかけ。ナポレオンが顔を真っ赤にして激昂した。その様子を見ていた部下が、ふと首を傾げた。
「ナポレオーネ先輩、あれ……?」
「……何だ!? こんな時に!」
「あの人質の少女……自分、見たことがあります」
「……何?」
エマは一瞬、部下が何を言っているのか分からず、ぽかんと口を開いた。すると、他の部下たちも一斉に口を開き始めた。
「そういや……俺も見たような」
「そうか? 外国人の顔は皆同じに見える……」
「確かにそうだ。俺、さっきあの子を治療したんだ。死にかけてて、お腹に包帯を巻いてやったから、間違いねぇ」
「さっきの、森の中にいました。あの時、銃撃を受けた時……縛られていた少女の1人です」
「どう言うことだ?」
ナポレオンは眉をひそめた。信長に刀を突きつけられた着物の少女は、青い顔をして怯えた目をしている。日本人にしては珍しい、金髪の、浅黒い肌をした少女だった。
山の中にいた人質は、ついさっき厳重な警護を付け、保護したばかりだった。その少女を、わざわざ此処に連れてきたと言うのか?
「待てよ、おかしいぞ……」
周囲がざわざわと騒ぎ始めた。
「どうして人質はあの時、痛がっていた……? 幽霊なのに」
「そうだ。言われてみれば……俺たち幽霊は痛みを感じないはずだ。なのに銃撃を受けて、皆血を流して痛がってた」
「ぎくっ!」
「ぎくって口に出して言う人初めて見た……」
ナポレオンが信長を睨んだ。
「つまり、この少女は、人質はあの時死んでなどいなかった……」
「死んでない……? どう言うことですか先輩?」
「そういう武器なのかも知れん。銃撃を受けても無事な、魔法の武器……この大会では、摩訶不思議な武器を持つ者が大勢いる」
「つまり、あれは」
「……ありゃ、演技だったんじゃ?」
「この女を狙って撃ってたんだ! コイツ、参加者だ!」
「俺たちを足止めするために、わざと痛がるフリをしてやがったのか!」
「ヤベェ、バレた」
言うが早いが、舞は人質の少女を……不死身のギャル・長南小麦を……ナポレオンたちに向けて突き飛ばした。
「きゃあっ!?」
ギャルを盾にして、舞はひらりと身を翻した。
「待て!」
城の外にぶら下げられた縄を伝って、信長=舞がするすると、猿のように壁を登って行く。ナポレオンが下から発砲した。だが舞はその時には、すでに5階に辿り着いていた。
「くそっ、追うぞ!」
DJのトリックプレイが炸裂する。曲が転調した。ナポレオンは急いで階段へと取って返した。途中、4階は全て物置になっている。とはいえこの中に信長が身を潜めていないとも限らぬ。部下たちに下知を放ち、鼠一匹見逃さぬよう、隅々まで調べるよう申し立ててから、ナポレオン自らは5階へと向かった。
安土城5階。正八角の形をした部屋は柱も天井も朱に塗られ、法隆寺の夢殿のような造りになっていた。
阿鼻地獄図、
天人影向図、
降魔成道図、
双龍争珠図、
極楽浄土図、
など、数々の仏教名画がナポレオンを出迎える。極楽浄土に向かうには、まず地獄から煉獄に登らなくてはならないのだそうだ。この5階は、地獄から天国へと向かう過程を描いた部屋だった。
「登るのは私だ……!」
信長がいないと分かるや、彼女は6階、7階と一気に駆け上がった。上階になればなるほど、さすがに間取りは狭く、大勢の兵士たちは入れない。
「お前たちは此処で待っていろ。私がケリをつけてくる」
「しかし……」
「此処は任せたぞ!」
待ち伏せしていた織田軍の首を刎ねながら、ナポレオンは1人階段を登って行った。
最上階は7階、黄金に包まれた天主閣である。余談だが、普通他の城では漢字で『天守閣』と書くが、『信長公記』では『天主閣』と書かれていため、安土城ではこのように表記されると言う。一説によると、この『天主』はキリスト教の神を意味する『デウス』が訛ったものだとか。
信長は神になろうとしていたのか。あるいは、神をも越えようとしていたのかも知れない。
「信長……織田ぁっ!」
「オゥオゥオゥ……来やがったぜ、仏様が!」
最上階。黄金に輝く神の住処で、日本とフランス、東西の雄が相見えた。




