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ROUND 11 織田信長 vs ナポレオン・ボナパルト⑩

 単純にナポレオンが一点の曇りなき正義の味方で、織田信長が最低最悪の第六天魔王と言いたいわけではない。


 ナポレオンも残虐性は持っていた。

 敵を××したり××したこともあったが、それも向こうから、相手が悪逆非道を働いたからである。彼の犠牲者は500万人に上るとも言われ、フランス以外では『コルシカの怪物』『食人鬼』の異名で畏れられていた。


 ただ彼は、自分が英雄視されることに何よりこだわっていた。子供の頃からカエサルやアレクサンダー大王に憧れ、いつか自分も彼らのような英雄になりたいと夢見ていた。


 ナポレオン最大の武器は何か。それは『新聞』である。


 ナポレオンが20歳の時、フランス革命が起きた。暴徒と化した市民の殺戮と阿鼻叫喚を、夥しい死体の山と、血塗られた街並みを目の当たりにし、彼は激しい嫌悪感を抱いたと言う。革命とは決して、綺麗なことばかりではなかった。


 やがて35歳の時、彼は皇帝となり、天下を獲った。

 それ以来、ナポレオンは市民の動向に特に気を配っていた。


 フランス国中のカフェを監視させ、裏切り者がいないか常にチェックしていた。また、パンが値上がりしそうになると、積極的に市場に介入し、庶民の食卓に負担がかからないようにしていたと言う。庶民に寄り添った政治と言えば聞こえは良いが、ある意味彼は、革命の幻影に怯えていた。


 そしてナポレオンは遠征に行くたびに戦報を出し、フランス軍が、自分が如何に英雄的な活躍をしたかを広く喧伝した。新聞によるプロパガンダの重要性をナポレオンは重々理解していた。時には戦略的に何でもない戦いも、如何にも祖国のための壮絶な聖戦と言った具合に書き立て、広く市民の支持を集めていた。


『三つの敵意ある新聞は千の銃剣よりも怖ろしい』とは、彼の遺した言葉である。

 それほど彼は自分の評判に気を配っていたのだ。


 一方で信長も、周りからの評判はかなり気にしていたようだが、彼の場合は大うつけ……道化を演じ油断させる方向に舵を切っていたのは広く知れたところである。


 そしてその残虐性も。


 一族郎党皆殺しは当たり前、比叡山焼き討ち、一向一揆殲滅など、数え上げれば枚挙に暇がない。しかもそれを「気晴らし」と言っているのだから筋金入りだ。


『小谷城の戦い』というものがある。

 

 現代の滋賀県長浜市。信長と浅井長政の戦いである。この戦いで、信長は浅井領の坂田郡、東浅井郡などを焼き払った。自分のお膝元、護るべき城周辺の村や寺院を攻められ、籠城していた長政は激怒した。そして野戦に引っ張り出されたのだった。


 果たして敗北を喫した浅井家は一族滅亡。死亡後、その髑髏を箔濃(はくだみ)にされて宴会の肴にされたのは、余りにも有名なエピソードである。


 信長の名誉のため一応書いておくと、この時代、根切り(皆殺し)や焼き討ちは決して珍しい戦法ではなかった。殺るか殺られるかの戦国時代。他の大名も当然同じことをしていたし、比叡山の僧だって他宗派の寺院を焼き討ちにしている。当時は僧兵がいて、寺院が一種の軍事要塞となり、独立国家のように点在していた。日本にも宗教戦争があったのである。


 さらに、信長の前には源平時代があった。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 源氏を取り逃したばかりに滅んだ平家の物語は、学ぶべき()()として次の時代に引き継がれた。秀吉だって根切りを行ったし、家康もまた一向宗と戦いこれを弾圧している。何も信長だけがホトトギスに厳しかったわけではない。



「もしもし!」


 ナポレオンが、ジャケットの内側から携帯電話を取り出した。


「後輩、そっちの様子はどうだ!?」

 雨を避け、木陰の下で彼女は電話に向かって叫んだ。最新式の、2年契約の奴である。もちろん定額使いたい放題だ。

 

 この携帯電話こそが、エマ=ナポレオンが今回戦場に持ち込んだ例の現代兵器であった。

『情報』の重要性。

 手早く情報を伝達できれば、それだけ大軍を自在に動かせる。人を動かすのは理論や理屈ではない、感情なのだ。新聞を武器にしていたナポレオンは、それを識っていた。


『ナポレオーネ先輩。それが……』

 受話器の向こうで、董卓が戸惑ったように告げた。


『確かに敵と遭遇したのですが……』

「どうした?」

『相手は深く攻め入っては来ません。こちらが追えば引き、今は川を挟んで膠着状態が続いています』

「もしかしたら敵は人質を用意しているかも知れん」

『人質?』

 ナポレオンが森の中で遭った経緯を説明した。董卓が憤りの声を上げた。


『何と卑劣な! 彼奴に人の心はあるんですか!?』

「良いか、敵の策に乗るなよ。前線を高く維持しておけ」

『うぃ〜っす!』

「悪は滅びる。それが神のお召ぼしだ」

 それだけ言うと彼女は通話を切った。


 森の中は依然嘆きの声で溢れていた。このまま人質を放っておくわけにもいかぬ。自ら英雄たらんとしていたナポレオンにとってはなおさらだ。


 彼女はジャケットの内側からバッヂを2〜3個取り出した。新たに召喚した英雄を人質の護衛につけ……数は減ったものの……残りの兵士で進軍を再開した。


「信長め……! 見ていろよ、正義は必ず勝つ……!」


 山頂を見据える彼女の瞳は、沸々と怒りに燃えていた。その時点で、すでに信長の術中に嵌っているとも知らずに……。


 しばらく山を登ると、さらに分岐点に出た。日本の城を見学したことのある人なら分かると思うが、城壁が迷路のように各所に聳え立っていて、真っ直ぐ本丸には進めない。途中途中に曲輪(くるわ)、あるいは二の丸、三の丸と言った区画があって、そこが敵を迎え撃つ拠点となっていた。


 その拠点の一つで、ナポレオン軍はまたしても人質に遭遇した。


「助けてぇ!」

「お願い……助けて!」

「またか!」


 ナポレオンは顔を歪ませた。もちろん、同じ手に二度、三度と引っかかってやる必要もない。周囲に兵士を展開し、敵が隠れていないか探らせた。おかげで二度目の奇襲はならなかった。だがその分、時間も体力も消耗してしまった。


「ナポレオーネ先輩。このままでは……」

「分かっている!」


 苛立ちを押し殺せず、ナポレオンは歯軋りした。さらにバッヂを取り出し、2〜3人の英雄を人質の護衛に付ける。そうやってこちらの兵力を削いで行こうと言うのだ。だからと言って素通りもできない。残虐性の違い。あるいは正義感の違いとも言えるだろうか。信長はそこを突いてきた。


「大将を倒せば良いのだ。大将さえ倒せれば……」


 さらに雨が強くなってきた。叩きつけるような雨が肌を刺す。頂上に辿り着くまでに、もう二、三度、拠点があり、そこにも人質が置かれていた。こうしてナポレオン軍は徐々にその数を減らしていった。黒金門を抜けると、やがて木々の向こうに、黄金に輝く天主閣が現れ始めた。


「これが安土城か……」


 安土城は地上6階、地下1階の7階建て。最上階は内も外も全て金色に塗られていた。信長は此処に住んでいたと言う。当時には珍しく、地下1階から5階まで西洋の大聖堂のような吹き抜けがあり、茶室や、敦盛を踊るブースまで作られていた。日本で初めてライトアップ・イベントを行ったのもこの安土城、信長の時である。何というパリピな戦国武将であろうか。


 この天主を再現したものが安土城跡の近く、『信長の館』に在る。金色の室内に、壁や天井まで釈迦や天女、極楽浄土みたいな絵画が描かれていて、巨大な仏壇みたいだなと思った。まさに豪華絢爛。時代が平和になるに連れ、城もまた軍事拠点から贅の限りを尽くした権威の象徴へと変わりつつあった。


「行くぞ!」


 疲労困憊気味の兵士を奮い立たせ、ナポレオンがとうとう安土城に殴り込んだ。


 中は薄暗かった。勇んで侵入(はい)ってきた兵士たちの足元を、冷んやりとしたスモークが撫でていく。だが、中々織田軍と出会わない。安土城は広かった。一階だけで333坪ほどあり、大体体育館1個分くらいはあった。7階まで合わせると全部で42LDK、それに加えて4階は丸々物置になっていて、信長ですら自分のお城で迷子になっていたと言う。


 慎重に進んでいくと、やがて城の中央、吹き抜け部分に出た。


 その瞬間。


「何だ……!?」


 眩いばかりの七色の光が頭上から降り注ぎ、兵士たちは思わず目を細めた。と同時に、城が揺れんばかりの音楽が何処からともなく鳴り響く。周囲は騒然となった。


「何だ!? 敵の攻撃か!?」

「見ろ! あそこに!」


 誰かが頭上を指差し叫んだ。吹き抜けの途中に、敦盛(ダンス)ブースがあって、そこに小柄な、セーラー服の少女が仁王立ちしていた。手には日本刀を持っている。少女は、集まったフランス兵を見下ろして高笑いした。


「ギャハハ! 本当に来やがった!」

「信長……織田!」

「よぉおうこそ日本へ……とりま、首置いてけや」


 ナポレオンが信長を睨み上げた。数百年の時を越え、とうとう東西の英雄同士が邂逅した。光と音の爆発。DJのスクラッチが会場を掻き鳴らす。敦盛 -REMIX - に乗せ、2人の死闘が始まろうとしていた。

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