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中に入ると開いていた岩が閉じて、外から入れなくなった。中から出る方法もわからないが、それは出る時に考えることにする。
ぼんやりと光る明かりを頼りに奥へと進んで行く。この通路を照らしている明かりも、よく見ると今まで見たことのない形をしていて、どうやら中で火が付いているわけではなさそうだ。さっきの岩の扉といい、この明かりといいここには不思議な技術が他にも色々ありそうだ。
長い通路の先にはまた扉があり押し開けて中に入る。扉の向こうには部屋のような空間があり、一歩中に足を踏み入れると通路と同じ明かりが部屋全体を照らした。部屋の中は紙の資料と見たことのないものが床や棚に雑然と置かれている。
俺は部屋の端にある机に歩み寄り、上に置かれているものを観察する。そこも同じように資料と未知のもので散らかっている。その隅に一つ綺麗に置かれている台座のようなものがある。
それは一見何の変哲もないただの台座のようだが、よく見ると俺の知らない不思議な技術が組み込まれているのがわかる。そこには謎の球体を置く場所だと、俺の記憶ではなくもっと奥の何かが知っている。俺は導かれるままに両手で抱えていた球体をそっと台座の上に置いた。
すると球体がぼんやりと光り、部屋の中をまるっと包み込んだ。その光はぼんやりと強いものではないが部屋を照らしている明かりよりも明るく感じ、俺の心の中のまで入ってくるようだった。
光に心安らいでいると、かすかに足音が聞こえて入り口の方を振り返る。音が聞こえた瞬間に嫌な予感がしていたが、その予感は当たり入り口にはあの男が立っていた。その男を見た瞬間に緩んでいた俺の心は一気に引き締まり、今度はしっかりと見つめて足に力を入れる。もうあの男から逃げない、目をそらさない、そう決めたから。
男がゆっくりとこちらに近づいてくる。球体の光に当たって初めて男の顔がはっきりと見えた。その顔は目元や口元に細かいしわがあり中年男性といった感じで、どことなく俺に似ている気がしなくもない。今までこの男を恐れて逃げるようにここまで来たが、今は不思議と恐怖はなく落ち着いていられた。すると男が口を開いて話し始めた。
「お前はそれを使って何をする?」
男の質問に俺は考え込む。これを使って何をするかなど考えたこともない。それどころか俺の使い方も知らなければ、これが世界の知恵であるという確証もない。
「これは世界の知恵なのか?」
「、、、そうだ」
静かに男が答えた。俺がずっと知りたくて追い続けた答えが、この男のたった一言で解決した。こんなにも簡単に。
「俺はこれを何にも使う気はない。使い方も知らない」
「使い方を教えても何もしないのか?」
俺の答えを聞いて男はまた質問を投げかけた。
「しない。俺は普通に生きられればそれだけでいい」
「どんな願いでも叶うとしても?」
「そうだとしてもだ」
そこで一度男は言葉を止めて俺の目をじっと見つめた。眉間にしわを寄せているわけでも、俺のことを威嚇しているわけでもないが、その視線の凄みに俺はじりっと後ずさりしそうになったがなんとか踏みとどまった。
「お前は力が欲しくないのか、人の上に立ちたいと思わないのか?」
再び男が俺に同じような質問を繰り返した。
「しつこいな。俺は何もしないし力もいらないんだ。そんなものがあったところでどうするというんだ」
「大抵の人間は人の上に立ちたいと、本人に自覚がなくても心の底では願っている。人間というのはそういう生き物だろう。お前も同じ人間ならばそう願っていても不思議はない。なぜいらないと言い切れる」
その言葉に一瞬返答に詰まったが、俺の気持ちは変わらない。そのままを男に返す。
「俺は普通を知らない、だから普通に暮らしたい。理由なんてそれだけだ。俺がそれ以上を望んでいないんだから言い切れるんだよ」
「普通の暮らしに飽きたら?普通の暮らしの中で力が欲しくなったら?あいつのことを見下したいと思ったら?」
「大抵の人間がそう願っているのなら、それが普通なんじゃないのか?それも含めて普通の暮らしなんじゃないのか?」
男は一貫して力の欲求を主張してくるが、俺の心は一切揺るがない。それほどに俺の意志は強く固まっている。
「なるほど、それは考えてもなかった。お前がそう望むのなら、それに普通の暮らしを願えば叶えてくれるぞ」
男が机の上の台座に置かれた世界の知恵を指さして言った。俺は世界の知恵を振り返って答える。
「必要ない。それでは意味がないから、俺が自力で手に入れてこそ意味があるものだから」
「そうか、まあ好きにするといい」
そう言って踵を返して部屋から出ようとしたところを引き留めて、ずっと聞きたかったことを聞く。
「待て、お前は誰だ?なぜずっと俺を追いかけてきたんだ?」
男はもう一度こちらを見て答えた。
「俺はお前だよ」
男の答えに俺は何も言えず固まっていると、気にすると様子もなく男は続けた。
「名前はセガス、それはお前も知ってるだろ。世間じゃ大賢者なんて呼ばれてる。この部屋にあるものは全部俺が作った、そこにある世界の知恵も。使い方は机の上の資料に書いてあるから好きにしろ。他に聞きたいことはあるか?」
驚きのあまりまだ何も言えなかった。それを見て男、俺は部屋から出ていこうとする。
「食料はそこに棚の下にある」
最後にそれだけ言い残して部屋から出ていった。
俺が部屋から出ていったのを見届けてからようやく動くことができた。あまりの衝撃に言葉が出なかったが、一度深呼吸をしてから机の上の資料に目を通す。
先ほど見た時はただ乱雑に紙が散らばっているだけに見えたが、書かれている内容を読むとそれらは全て世界の知恵について書かれている。使い方は単純、願いを強く鮮明に頭の中で思い描くこと。だとするとなぜ俺が食料を願ったときには使えなかったのだろうか。俺がいなくなった今ではそれは確認できないが、命は助かったからよしとしよう。
そして机の上に世界の知恵の資料とは別に、まとめられている資料がありそれは俺の日記だった。日記を手に取り読み始めると、失われていた俺の記憶が順番に思い出されていく。
自分の生まれのこと、自分が生み出した発明のこと、統一帝国革命の時のこと、世界の知恵を作り出した時のこと、世界の知恵の力を知った権力者がそれを求めたこと、世界のバランスを崩さないように世界の知恵を持って逃げ出したこと、この洞窟に籠ってひたすら世界の知恵について研究をしたこと、研究をしているうちにその力で若返り寿命がなくなったこと、1人で暗い洞窟に籠り段々と心を病んでいったこと、その生活に耐えられなくなり世界の知恵を持って洞窟を出る決意をしたこと。
日記はそこで終わっていたが、俺はその先の記憶もはっきりと思い出していることに気づいた。
洞窟を出た後は過度のストレスから自分を追いかけて来る幻を見るようになり、ひたすら逃げ続け大陸の反対側にあるヴィオラまで移動した。そこで力尽きて俺は記憶を失い、今度は俺の旅路をなぞるようにまた旅に出た。
今まで俺が逃げ続けていた影は自分で作り出した幻、そしてそれは俺自身だった。俺は自らの生み出した幻に怯えてひたすら逃げていた。これでもう恐れるものはなくなった、さあ戻って普通の暮らしを謳歌しに行こう。
どの街で暮らそうか。やはりあの図書館をいつでも利用できるバルトがいいだろうか、しかし様々なものが揃っているエルパムで暮らすのも楽しそうだ。ラミナのどこかの街で冒険者に専念するのも悪くない。ディニで暮らしたら間違いなく他のどの街よりも幸せに暮らせるだろう。ヴィオラはまだごたごたが続いているのだろうか、それを確認しに行きたい気持ちもある。
まあ今すぐに決める必要はない、帰りの道のりは長いのだから。棚の下にあった食料をかばんに詰めて準備を終える。コロン樹海からの出方は頭の中に入っているから食料は十分に足りている。
部屋を出ようとして一度足を止め机の上を振り返る。台座に置かれた世界の知恵はまだぼんやりと柔らかい光を放ち続けている。この先の俺に世界の知恵は必要ない、前向いて歩き出す。その足取りに迷いはなく、普通の暮らしに向けた希望が満ちていた。




