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「明日にはヴェマに到着ですね」
「ヴェマはすぐに出ますか?」
「はいヴェマに到着した翌日、なので明後日にヴェマを出発します」
キナレル、ラミーウと3人で焚き火を囲んで夕食の準備をしながら話している。今はディニを出てから4日が経ち、クロアの最後の街ヴェマの手前で野営をしている。
「ちょっと顔洗ってきますね」
「いってらっしゃい」
ランタンを持って川まで歩く。前に狼に襲われたことを話したら、火を持っていれば大丈夫だとラミーウが教えてくれた。そのために明かりも兼ねたランタンを持ってきた。
川の水は冷たく顔を洗うと寒いくらいで、馬車まで歩いている今もまだ顔がひんやりしているのを感じる。いつも野営をするとき近くに川があったら、必ず顔や頭を洗うようにしているが、この感覚はやめられなくなる。
ふと視界の端に明かりが見えた。明かりの方を見ると、生い茂った木々の向こうに揺れている光がある。何かと思ってその光に向かって行くと、それはまだ火が付いている焚き火だった。しかしその焚き火の周りには誰もおらず、人がいた形跡もない。ただ火が付いた焚き火だけがそこにあった。
頭の中にあの男の影がよぎった。すぐにここから離れなければ、あの男がいるかもしれない。
俺は小走りになって馬車まで戻った。息を切らした俺を見て、2人はどうしたのかと驚いた表情をした。
「熊でもいましたか?」
キナレルは膝に手を着いて息を整える俺の背中をさすりながら聞いた。
「いえ、何もいませんでした」
「じゃあどうしたんだ?」
ラミーウが武器を持って立ち上がりながら聞いた。
「あの、この近くで誰か見ましたか?」
「いや誰も見てないな」
「俺も見てないですね。どうしてですか?」
2人が不思議そうに聞く。
「戻ってくる途中で焚き火があったんですけど、そこには誰もいなくて人の形跡もなかったんです」
ラミーウが下を向いて考え込んでから、顔を上げて話した。
「ちょっと見てくる、どっちにあった」
「あっちの方です」
焚き火があった方を指さして教える。呼吸が落ち着いてきて、体を起こした。
「わかった、行ってくる」
「気を付けてください」
ラミーウの姿が茂みの中に消えていった。あの焚き火を起こしたのがあの男かはわからないが、俺が恐怖を覚えるのには十分だった。
キナレルと2人で片づけて寝る準備をしていると、葉の擦れる音が聞こえてラミーウが帰ってきた。
「ラミーウさんどうでしたか?」
ラミーウの方に駆け寄ってランタンを受け取りながら聞いた。
「セガスが言ってた方を見た後、この辺りも1周してみたが、何もおかしなものはなかった」
「焚き火もなかったんですか?」
「ああ、なかったな」
おかしい、俺は確かに火が付いた焚き火を見たはずだ。
「まあセガスさんも長旅で疲れてたんでしょう。今日のところもう寝ましょう」
あの男の恐怖を味わっていない2人に、俺のこの気持ちが伝わらないのは仕方ない。ひとまず今は護衛のラミーウもいるので、安心して寝ることにしよう。
「さあ着きましたよ」
森で焚き火を見てから9日馬車に揺られ、ラミナの最初の街であるフェレナに到着した。あの焚き火以降は何もおかしなことは起きなかった。
荷物を持って馬車から降りた。初めてのラミナの街でまず思ったことは、冒険者が多いということだ。今馬車の乗り場から見える範囲だけだが、装備を着けていたり屈強な筋肉だったりと、見るからに冒険者だとわかる人が半分以上だ。
「短い間でしたがありがとうございました」
馬車から降りた俺とラミーウに、キナレルは頭を下げて挨拶した。
「俺は依頼があればまた護衛するからな」
「そのときはお願いします」
「俺もまた戻ってくるかもしれないので、その時はまた乗らせてください」
「はい、ぜひ乗せさせてください」
3人で別れの挨拶をしてから宿を探しに行こうと後ろを向いた。その途中に視界に映った路地に、人影が見えた気がした。その人影が気になり路地に視線を戻して確認する。もう一度路地を見た時に、俺の体はぴしゃりと固まって動けなくなった。
あの男だ。
あの男が人気のない路地に立って、俺のことを見ている。やはり森の中で見た焚き火は、あの男で間違いないだろう。ここまで近づいてきたのは初めてで、俺が宿を探すためにはあの男のすぐ近くを通らなければいけない。
「セガスさんどうかしましたか?」
立ち尽くしていた俺に、キナレルが声を掛けた。その声で体から力が抜けて、動けるようになった。一度キナレルの方を振り向いてからまた路地を見ると、そこに人影はなくなっていた。
「今あそこの路地に誰かいませんでした?」
俺が指をさした路地を見たが、キナレルは首を振って答えた。
「誰もいませんよ、見間違いじゃないですか?」
「そうかもしれないですね」
キナレルはあの男を見ていなかった。エルパムの宿から見た時もそうだったが、歩いている人は誰も立ち止まって宿を見上げている男を、気にする様子もなく一瞥すらしていなかった。もしかすると、どうやってるのかわからないがあの男は俺にしか見えないのかもしれない。
あの男が近くにいるとはいえ、冒険者が大勢いるこの街では簡単には手を出せないだろう。その安心感を心に、宿を探しに歩き出す。




